説明技術:説明技術をとりまく環境問題 |
文章を書くときに一番悩むのは、全体をどのように構成したらよいかだ。それが決まらないと、書き出すことすらできない。文章全体の構成を決める考え方として頻繁に登場するのが、起承転結である。いくつもの作文本で、文章の構成を決める指針として採用されている。例文を挙げ、起承転結に沿った構成方法を紹介することが多い。
これほど広く認められている起承転結だが、それを使った書き方の説明を読んで、本当に書けるようになる人はどれだけいるのだろうか。残念ながら、起承転結を用いた説明で書けるようになる人は非常に少ない。起承転結と言われても、自分が書きたい内容に対し、どのように適用したらよいのか分かりづらいからだ。きちんと分析すれば、あまり役に立たない方法であることが明らかになる。それを説明する前に、構成を決めるときの様子を見てみよう。
文章全体の構成の決定では、どのような要素を用意して、どの順序で並べるのかを確定しなければならない。説明したい内容の主旨を明らかにしてから、それに沿って材料を集める。説得力を持たせるために実例を取りあげたり、予想される反対論への意見を含めたりと、中身を充実させるための要素を加える。それを並べる際には、どの順序なら分かりやすいかを考慮して決める。流れは複数考えられるが、1つの方針に沿って決定することになる。
簡単な例として、新製品を提案する書類を考えてみよう。既存製品の欠点を洗い出し、どの部分を改良したらよいのか検討し、その結果を提案するといった内容だ。全体の流れは「理想と現実のギャップを調べ、解決が容易で改善効果の大きいギャップ項目を見付ける」という方針に合わせる。この場合、改善点を求めるまでの思考過程と説明順序を一致されたほうが分かりやすいので、その順序を採用する。すると、次のような内容が考えられる。
1、製品の理想像を考えて、項目として整理する
2、挙げた項目ごとに、現実の製品の状況を示す
3、項目ごとに、理想と現実でのギャップの大きさを整理する
4、項目ごとに、解決方法を洗い出す。コストや難易度も含めて
5、項目ごとに、実現可能で最高の解決方法を選ぶ
6、魅力ある項目の組合せを複数用意する
7、用意した組合せを評価して、最高の組合せを決める
8、最後の押しとして、1〜7をまとめて見れる表と説明を付ける
以上だが、1〜7番が流れの基本部分で、8番だけは流れとは別の視点で加えたものである。このように、別な考えて加えることもある。全体の流れが決まったら、番号ごとに材料を見直す。主旨と流れを考慮して、説得力を高めるために必要な材料をさらに加えられないか、再び検討するわけだ。そして材料が決まったら、後は書き始めるだけになる。
以上の作業を見てわかるように、説明内容に適した材料や並び順を考える際には、起承転結など出てこない。内容が異なる文章でも同様だ。ある程度書き慣れると分かるが、起承転結を考えることはめったにない。考えるのは、最適な表現をするための材料と流れだ。自分の経験だが、論文や雑誌記事はもちろん、物語風の連載とか、自作ムービーの脚本などを書いたときも、起承転結を使ったことはない。もちろん、使えるとも思ってない。
文章を書くのには使われそうもない起承転結だが、4コマ漫画を作る際には役立つ。その大きな理由は、起承転結と4コマ漫画の要素数が一致しているからだ。最初のコマを「起」を、次のコマに「承」をと割り当てれば、非常に考えやすい。ただし、逆は真と限らないため、何でも起承転結で作れるわけではない。
同じ漫画でも、4コマ以外だと急に難しくなる。1コマや2コマでは、要素数が少なすぎて割り当てるのが大変だ。逆に10コマ程度だと、4つの要素ごとに2コマまたは3コマを割り当てることで、それほど面倒ではない。もっと増えて100コマや1000コマだったらどうだろうか。100コマなら、25コマずつ割り当てるという訳にはいかない。起承転結の各要素に何コマを割り当てるのか仮に決まったとしても、その次はどうするのだろうか。「起」に割り当てた25コマの各内容は、どんな風に考えて決めればよいのであろうか。ここでも起承転結で4分割し、どんどんと4分割し続けるのであろうか。
そろそろ、起承転結の限界が見えてきたようだ。大きな欠点は2つある。ここで整理してみよう。最初の欠点は、要素数が4つと固定され、しかも少ない点だ。たった4つの要素しかないと、少し長い文章を書く際には困ってしまう。4つに分割した後でどう考えればよいのか、何か別の指針が必要となる。また、4つと固定してある点も問題だ。どんな内容でも4つの要素にまとまるのであろうか。もしまとまったとしても、それは無理矢理に4つに分けただけでしかない。4つ以外に分けたほうが自然に理解できる内容も数多くあり、そのままのほうが良い。
2番目の欠点は、流れが決まっていること。結論や結果を最初に述べ、理由や経過を後に続ける書き方もある。何でもかんでも起承転結の流れに固定したのでは、主旨に最適な表現などできない。流れを決める際には、伝えたい内容を重視して考えるべきである。
以上のように、起承転結で構成を決める方法には無理がある。ほとんどの文章では、起承転結とは別な視点で考え、要素や流れを決定する。起承転結による考え方では、最適な構成を導き出せない。
あまり役に立たない起承転結なのに、なぜ広く採用されているのだろうか。おそらくは、文章構成法の上手な説明を思い付かないからではないかと推測する。作文本を書く以上、構成に関するルールを何か提示しなければならない。自分では作れないので、とりあえず使えそうなルールとして、昔からある起承転結を採用してしまった。単にそんな理由ではないだろうか。
起承転結のように要素数が少なく、各要素の意味が抽象的であると、ほとんどの内容を当てはめることが可能だ。例として用意した文章を、何でもかんでも4要素に分割して起承転結に当てはめる。元の意味が抽象的なので、それなりの説明は作りやすい。こうして出来上がったのが、多くの作文本であろう。
もしそれでも役立つと主張するなら、役立つ条件を示すべきである。伝えたい内容の種類とか分野とか。さらには、4分割後の要素内の構成方法も一緒に説明すべきだ。そこまでしなければ、説明したことにはならない。ただし、これを実際に試みると、起承転結の限界が明らかになるだろう。つまり、起承転結による構成法とは、その程度のものなのである。
ここまでの説明で、起承転結の価値が理解できたと思う。今後も起承転結による文章構成法が出るであろうから、あえて明確に言っておこう。「起承転結による構成法は、書き方を説明しないのに等しい」と。
これを読んだ作文本の関係者(とくに執筆者)は、よく検討してほしい。自分が文章を書くときに、頭の中で何を考え、構成を決めているのかを。その過程を説明できないのなら、作文本を書く適任者ではない。少なくとも今後は、起承転結による文章構成法を書かないほうがよい。
(1997年11月4日)
起承転結による文章構成法はほとんど役に立たない |