川村渇真の「知性の泉」

活用可能な説明になってない作文本が多い


書き方の説明になってない内容が多すぎる

 作文の本を何冊も買って読んだけれど、役に立つ本に非常に少なかった。おかげで、どのように書いたらよいのか未だに分からない。そう思っている人は多いのではないだろうか。
 作文に関する本は、世の中に数多く出ている。一般的な作文を扱ったものから、特定の分野や目的に限った解説書まで幅広くある。しかし、本当に役立つ本となると、探すのが大変なほど少ない。例外は、1つの文を書くための説明で、句読点の使い方や修飾関係の整え方などを取りあげている。内容が単純だけに説明しやすいためだ。ところが、1つの文の上手な書き方をマスターしても、ある程度まとまった文章を書くのにはほとんど役立たない。もっとも大切なのは、文章全体を上手に組み立てる方法なのだが、それを解説した本は非常に少ない。
 もう1つの問題は、書いてある内容の質だ。読んだ人が実際に活用できるレベルまで、内容を掘り下げていない。そのため、いくら読んでも役に立たないのだ。抽象的な話だと分かりづらいので、具体的な例を挙げよう。作文本の多くは、1ページや2ページ単位で区切り、いろいろなポイントを並べている。その中の1つに、「最初の3行で読者を引きつけろ」という項目があったとする。言われてみれば、そのとおりだ。最初の部分で読者を引きつけないと、最後まで読んでもらえない可能性は高い。しかし問題なのは、この項目に関する説明である。どのように書けば読者を引きつけるのか、まったく説明していない。例文を1つか2つ挙げて、文章の良さを誉めているだけだ。こんな感じの内容ばかりが延々と続く。ひどい場合には、「わざわざ説明する必要はあるまい」などと言って、説明を逃げてしまうこともある。
 「最初の3行で...」の項目なら、本を読む人が一番知りたいのは、どんな風に書いたら読者を引きつけられるかだ。どんな点を考慮するとか、どんな表現を用いるとか、実際に活用できる形で説明してほしい。それを満たしていないとしたら、書き方を説明したことにはならない。残念ながら、作文本の多くは、そんな内容なのだ。当然、読んだ人が文章を書けるようにはならない。

実際に活用できるレベルまで説明を掘り下げることが必要

 では、どのような説明だったら、役に立つ内容になるのだろうか。前述の「最初の3行で..」を例にして考えてみよう。
 文章を書くのであるから、どのような話題を取りあげるかと、どのように表現するかの2つに分けられる。まずは、取りあげる話題に関してだ。読者を引きつけるのであるから、興味を持ちそうな内容を選ばなければならない。それを満たす条件として、どのようなものが考えられるのか、一覧表形式で列挙する方法もあるだろう。たとえば、次のように。

・できるだけ多くの人に関係がある話題を選ぶ
 ・多くの人が経験したか、日頃から感じていること
 ・その時期に話題になっていること
 ・前から知りたいと思っていること
・取りあげ方で興味を持たせる
 ・一般に正しいと思われていること(常識など)を否定する
 ・非常に困ったり大きく得をすることが起こったと仮定する
 ・気持ちよくなったり恐くなったりする状況を想像する
(以下、省略)

これらの条件の1つまたは複数を満たすような話題を探すといった、一覧表の使い方を解説する必要がある。その説明には、書きたい内容に関係させる方法や、それから導く考え方なども含める。
 次は、文章による表現に関してだ。書き出しとして選んだ話題を、どのように表現したらよいのかを示す。これも同様に一覧表で列挙してみよう。

・疑問を投げかける形で「〜と〜はどちらが貴重?」
・読者自身のことだと意識させる「アナタの××が〜」
・感情を前面に出す「超ラッキー。毎月50万円も収入が増えるなんて。〜」
・何のことだか分からないように始まる「朝出勤したら自分の机がない。〜」
(以下、省略)

この場合も、一覧表の使い方を説明しなければならない。選んだ話題の種類により、どの表現方法が適するのか示せればベストだ。
 話題選びと表現の他にも、解説したい点がある。続いて書く本題へのスムーズな流れ方などで、より親切に書くなら加えたほうがよい。また、どんな文章にも適用できる訳ではないため、活用に適するケースも述べておくべきだろう。
 以上のように、説明する内容をどんどんと掘り下げなければならない。ここで示した方法は絶対的なものではなく、あくまで一例だ。もっと違うアプローチもあるだろう。大切なのは、実際に活用できるレベルにまで、説明を詳しく具体的に書くことである。どの程度まで掘り下げるかは、想定する読者のレベルや使えるページ数などで決まる。説明の詳しいほどよいが、1つのテーマに多くのページ数を割くと、取りあげるテーマの数が減ってしまう。実際に本を作るときは、両者のバランスを考慮しつつも、できるだけ活用しやすい内容に仕上げなければならない。

ノウハウを説明できない人が本を書いている

 もう1つ、大きな問題がある。このように役に立たない本が、なぜ何冊も世の中に出てくるのだろうか。もし役に立たない本がもっと少なかったら、良い本に巡り会う可能性が非常に高くなる。つまり、悪い本に邪魔される機会が減るわけだ。同時に、無駄な出費も抑えられる。
 役に立たない本が多く出る理由は、まず執筆者にある。文章を書くのが上手だから、作文本を執筆している可能性が高い。実は、この発想が一番まずいのである。文章が上手なことよりも、書き方を上手に説明できるかのほうが重要なのだ。天性の才能で上手な文章を書ける人は、どのように書こうか悩まなくても書けてしまう。そんな人は、一般の人に説明できるだけのノウハウは持っていない。執筆者を選ぶ際には、読んだ人が役立つ内容を書けるかどうかで判断する必要がある。
 ただし、書ける人を見付けるのは、そう簡単ではない。もうそろそろ、作文技術に関して大事な点を理解すべきだ。“作文技術は簡単にマスターできないこと”と“その方法を説明するのは非常に難しいこと”を。そうすれば、作文本を作るときに、もっと違うアプローチを採用するだろう。解決方法は難しいとしても、今よりも良い本は作れる。
 ダメ本が出る最大の原因は、やはり出版する側の人(たいていは編集者)の意識である。残念なことに、読む側の立場に立って、書かれた内容が本当に役立つのか評価する姿勢が見られない。また、手近な人に執筆を任せるだけで、上手に書ける(=説明できる)人を見付けようとしていない。
 おそらく、現在の作文本の執筆者や編集者の多くが、きちんと説明していると思っているだろう。しかし実際には、説明の最低レベルに達していない。理由は、「活用できるレベルで説明とは何か」について理解していないからだ。それをクリアーすることが、これから作文本を作る場合の第一歩であり必須事項だ。加えて、よい執筆者を真剣に見付けなければならない。そうしなければ、読んでも役に立たない作文本が、今後も登場し続けるだろう。

(1997年10月23日)


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