川村渇真の「知性の泉」

もちろん限界もある


難しい内容を、超簡単に説明することは不可能

 説明技術がいくら進歩したとしても、非常に難しい内容を、誰にでも分かりやすく説明することはできない。たとえば、難解なことで有名な相対性理論を、理科系が苦手な人はもちろん、得意な人にさえ理解させることは難しい。分かりやすい説明といっても、限界はあるのだ。
 だからといって、説明技術が不要だという理由にはならない。より一般的な内容を説明するときにこそ、説明技術が大きく役立つ。ところが、世の中のいろいろな情報を見ると、下手な説明のほうが圧倒的に多い。情報の専門家が書いている大手の新聞記事でさえ、説明技術の下手な例を目にするような状況だ。たとえば、インターネット上でフランスの核実験反対の署名運動をしている記事で、アクセスに必要なアドレスであるURLを書いていないものがいくつもあった。これなどは、説明技術の基礎である「必要な要素が欠けている」典型的な例である。説明技術をマスターすれば、この種の“初歩的なミス”も減るだろう。

説明しづらい条件を知って、適切に対処したい

 説明技術には、説明内容が上手に伝わりにくい条件を知り、ある程度の対処を試みることも含まれる。代表的な条件をいくつか紹介しよう。
 もっとも大きな条件は、相手が想像できない内容の説明だ。それまでに存在しなかったまったく新しい内容を説明する場合、相手が想像できないだけに、理解してもらうのが非常に難しい。対策としては、基本的な考え方を強調するとともに、徹底的に詳しく説明するしかない。
 説明する内容が複雑な場合も、難しい条件となりやすい。だが、複雑だと判断する原因として、説明者自身が内容を整理できていないケースも意外と多い。大切なのは、説明内容の構成や関連をきちんと整理することだ。そのうえで、構成や関連を説明する図を提示することで、分かりやすさを向上させられる。もちろん、極端に複雑な内容では、図を利用しても限界がある。
 相手の知識の不足も、難しい条件の1つだ。とくに専門性が高い内容では、読む側にもある程度の専門知識が必要となる。基礎的な専門分野まで説明していたのでは、説明内容が大きく膨らみ、要旨がぼやけてしまう。必要な基礎知識に関しては、他で調べてもらうのが現実的な対応だ。ただし、どのような知識が必要なのかは、必要に応じて明示したい。
 必要となる基礎知識の問題は、ネットワークの発達によって、いくらか解消できると予測している。関連する知識を必要なときに調べられれば、そちらに任せることが可能になり、より要旨に絞った説明が当たり前になる。将来は、今よりも良い説明環境が得られるはずだ。

理解する人を増やすのに加え、時間の節約も目的

 説明が難しい状況はあるものの、一般的な内容では説明技術が役立つケースは多い。直接的な効果として、次の3つが挙げられる。

1、ある程度までだが、より多くの人が理解できる
2、同じ内容を、より短い時間で理解できる
3、より正しく理解でき、誤解が少なくなる

このうち2番目の項目は、かなり大切だ。下手な説明のために無駄な時間を費やした経験は、誰もが持っているだろう。より短い時間で内容が分かると、世の中全体での効率を向上できる。3番目の項目でも、誤解による無駄な問い合わせが減り、同様の効果がある。
 波及効果で重視すべきなのは、理解しやすい内容が増えることで、質の高い議論や適切な意思決定の基礎となることだ。誤解による議論が減れば、間違った意思決定や行動も少なくできる。様々な問題が数多く噴出する現代社会では、理解や対話の効率は、現在よりも重要となる。効率的なコミュニケーションは、より多くの問題解決を実現する基礎となるはずだ。今後の社会では、説明技術をマスターすることが、誰にとっても必須となるだろう。

(1995年9月1日)


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