川村渇真の「知性の泉」

宗教の作成意図と社会的な役割


宗教は人間が作り出したもの

 宗教の社会への影響を検討するなら、宗教の特徴を調べなければならない。まず最初に、宗教の誕生を分析してみよう。
 たいていの宗教には、その内容を記述した聖典がある。キリスト教なら聖書、イスラム教ならコーランだ。代表的な宗教の場合、かなりの量の文章が書いてある。こうした文章は、誰が作ったのであろうか。何もしないで生まれてくるはずがない。誰かが作ったと考えるのが当然だ。では、作れるのは誰だろうか。どう考えても、人間しかいない。そう、過去に生きていた誰かが作ったのである。1人が作ったかも知れないし、だんだんと追加する形で何人もの人が関わったのかも知れない。いずれにしても、人間が作ったことに変わりはない。
 これだけの内容を作るのは非常に大変。何の目的もなしに作るとは考えにくい。明確な目的があって作られたと考えるのが妥当である。普通に考えて、「宗教を用いることで、何かを変えよう」と思って作ったはずだ。その何かとは、作成者の周囲で起きていた問題か、作成者が問題だと感じたことである。それは宗教のない状況で存在し、宗教を使うことで解消される。正しくは、そうした状況を解消できるようなものを、宗教として作ったわけだ。
 何を解消しようとしたのかは、宗教の役割や効果から推測できる。宗教は、幸福感や生きる拠り所を人間に与える。悪い行為を禁止する方法で、良い方向への導く。こうした人が増えれば、社会も平和で安全になって、全体として都合がよい。こんな感じで深く検討し、宗教を生み出したのだろう。
 では、どのように検討したのだろうか。宗教が主張する中身や宗教組織の運営方法を分析すると、かなり深く考えて“設計した”と思わずにいられない。もし1人で作ったのなら、天才的な才能を持つ人間が設計したに違いない。逆に年月を経て今の形になったとすれば、度重なる修正によって、設計したと言えるレベルに達したのだろう。ともあれ、設計レベルに達していると思う理由を、少し解説する。

宗教に必要な条件を満たす形で設計した

 宗教を成功させる(多くの人に信じさせる)ためには、中身の完成度が非常に重要である。完成度を高めるためには、宗教に必要な条件を明らかにして、それらを1つでも多く満たさなければならない。
 どんな条件を満たせばよいのか、既存の宗教の中身から洗い出してみた。その主たるものは、次のような内容だと思われる。

宗教が満たすべき条件(本来の目的を達成するために)
・心の拠り所(安心感)を与える
 (人生の指針が何もないより、ある方が安心して生きやすい)
 (不安なことがあるとき、すがる相手がある方が生きやすい)
・普段の生活での幸福感を高める
 (指針を守っていることで、幸福感が得られやすい)
・他人に対して親切になれる
・自分の欲望を上手に抑える
・悪い行為を防止する

 これらは、本来の目的を達成するための条件である。中心部分としては、心の拠り所を与えて、普段の生活でも、何か起こったときでも、安心して生きられる基礎を提供する。人間は、本当に信じられるものがあると、それだけで安心するものだ。また、信じる対象の内容が、良い人間になるためのものなら、それを守ることで満足感も得られる。さらに、良い行為を守らせるので、悪い行為を防止する効果も得られる。
 代表的な宗教のほとんどが、上記の条件をほぼ満たしているのではないだろうか。そうすることで、宗教の完成度が上がり、普及しやすさを高める。

宗教の効果を高めるための条件も満たす

 宗教の成功確率をさらに上げるには、本来の目的に適合しているかだけでなく、その効果を最大限に高めることも求められる。それを達成するための条件も、既存の宗教の特徴から求めてみた。代表的なものは、以下のとおりである。

宗教が満たすべき条件(宗教の効果を高めるために)
・誰も見ていないときのも効果を発揮する
・いったん失敗しても、途中から復帰できる
・どんなことが起こっても、信じ続けさせる
・困ったとき、相談できる相手がいる
・仲間を作って、一緒に行動する
・毎日や毎週の周期で、必ず行う行動を用意する

 以上のような条件を満たすために、神のような存在を用意する。信者の行動を常に見ているし、何でもできる絶対的な力を持つ。また、たとえ悪い行為をし続けたとしても、後で本人が改心すれば、それを許して何とかしてくれる役割も持たせる。信者の中には、宗教の決まりを真面目に守ったとしても、不幸な状況に陥る人もいる。そうした人にも宗教を信じ続けさせるように、「神があえて試練を与えている」とか「不幸に耐えることにも意味がある」といった内容まで盛り込む。
 さらに、宗教組織として運営する面でも、効果を高めるために工夫する。信者が困ったときに相談できる相手として、宗教上の上位者を用意する。該当するのは、司祭や牧師などだ。さらに、決まった曜日に集まるといった、仲間と一緒での行動を用意する。同じ宗教を信じる仲間と定期的に集まれば、より安心して信じられるからだ。また、毎日や毎週のように決まったタイミングで行う行動を用意し、信仰を生活の中に組み込んで、宗教を常に意識させる。決まった時刻や食事前などの祈りが該当する。

 ここまで説明した条件を可能な限り多く満たすようにと、宗教の中身は設計されている。さらに信用度を高めるためには、宗教として提供する内容が、できるだけ具体的な話の方がよい。しかし、記述内容が具体的になるほど、別な問題も生じる。長い年月による世の中の変化によって、人々の価値観が変わったとき、時代に適さない内容になってしまう点だ。特定のグループに属する人を差別するとか、特定の行為が時代遅れに感じられる問題が生まれやすい。こうした相反する両面から考えて、最適と思われる妥協点を見付け、聖典の記述が書かれたのだろう。この妥協点の違いが、各宗教で差が生じる一因となっている。
 実際、一部の宗教には、明確な女性差別が含まれている。かなり頭の良い人が作ったものの、その人が生きていた時代の価値観が、無意識のうちに反映されたと推測する。男女が平等な社会が到来することまで、予想できなかったのであろう。今の時代の価値観に照らし合わせて評価すると、明らかな設計ミスだが、その時代に生きていた人に、そのレベルまで要求するのは酷といえる。

神のような要素は必然的に求められた解かも

 どの宗教にでも、神(または、それに近いもの)が含まれている。まったく別なところで作られた内容なのに、似たような神が含まれているのは、どうしてだろうか。
 1つの原因として、ある宗教が最初に作られ、それを参考にして他の宗教が作られたと考えることも可能だ。しかし、神という形式だけではないので、それだけとは考えにくい。おそらく、宗教の目的から中身を設計していくと、神のような要素が必然的に求められたのではないだろうか。そう考えて、神が導き出される条件を整理してみた。

神のような要素が導き出される条件
・信者の行動を常に監視できる(1人でいるときも見ている)
・悪い行為に対して処罰するなど、強力な力を発揮できる
・悪い行為をした後でも、本人が改心すれば許しを与える力を持つ
・目に見える形の姿が必要で、人間と違和感のない姿が望ましい
 (奇妙な姿だと、信者を包み込んでくれる対象には思いにくい)

 こうして挙げてみると、絶対的な力を持つ何かが必要だと分かってくる。何事も見通せる圧倒的な能力を持つ存在が必要で、決められたことを守られるための絶対的な力として作用する。ここが重要な部分である。
 また、その姿も意外に大切だ。不安に感じている信者を包み込んでくれるためには、人間に近い姿で少し違う方が、違和感なく受け入れやすい。少し違う部分は、光る輪が頭上に浮かんでいるなどの形にしている。
 このように分析してみると、神のような能力を持つ要素は、信者に決まりを守らせるために必要だと分かる。絶対とは言えないまでも、必然的に求められた解の可能性が高そうだ。そのため、似たような要素として、ほとんどの宗教に含まれている。

宗教の効果を最大限に高める組織活動

 ここまでの中で少し触れたが、宗教を広めるためには、組織的な活動が欠かせない。困ったときに相談できる相手を用意したり、一緒に活動する場所や機会を提供したりと、幅広いサポートが可能になる。
 もっとも重要なのは、同じ宗教を信じる仲間がいる点だ。語り合いながら信仰すると、1人の場合よりも何倍もの喜びが得られやすい。また、くじけそうになったときや困ったときに、手助けしてくれる仲間がいれば、信仰を長く続けやすい。
 もう1つ重要なのは、宗教内の位だ。深い信仰によって成長した結果、それに応じた地位が与えられるとしたら、信仰にかける努力や意気込みが違ってくる。宗教上の上位者になれば、他の信者から尊敬されるだけに、信者にとっての価値は極めて大きい。こうした仕組みは、組織がなければ提供できない。
 組織が大きくなるほど、運営に費用がかかる。それを得るための方法も、組織と一緒に用意する。全体としては、宗教を信じる人が増えたり、宗教の地位が高まるように、組織や仕組みが作られている。

 以上のように分析してみると、宗教の内容は、かなり深く検討して設計されていると分かってくる。組織的な活動内容まで含めてだ。だからこそ、多くの社会で普及しているし、人々の幸福感や安心感を高めるために、重要な役割を担っている。
 こうした分析結果は、宗教を心底から信じている人にとって、あまり気分が良くないかもしれない。しかし、未来社会における宗教の役割や影響を検討するうえで、欠かすことのできない分析作業なので、あえて冷静に解説してみた。

(2002年1月17日)


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