川村渇真の「知性の泉」

マニュアル型対応への批判の背景にあるもの


マニュアル型の対応を悪く言うけれど

 新聞、雑誌、テレビなどで、マニュアル型の対応が良くないという意見を耳にする。対象となるのは、マクドナルドに代表されるチェーン店だ。店員の言葉遣いや態度が全員同じで、心がこもっていないと感じるらしい。こうした意見を述べる人は、もっと普通の店のように、個々の顧客に応じた対応を望んでいるのだろう。
 確かに、顧客へ個別対応できて、きめ細かなサービスが提供されれば、それに越したことはない。もっと気持ちよく店を利用できると思う。しかし、それが可能だろうか。他の条件を今と同じ状態に保ったままで、顧客への対応だけが改善できるのだろうか。その点をよく考えなければならない。
 こうした問題を検討する場合は、対象の中心となる要素に関して、十分に検討する必要がある。マニュアル型対応の場合は、それを指導する際の教材として使われる接客マニュアルだ。実際には、接客以外の作業もマニュアルによって指導され、店舗の作業全体がマニュアルの対象となる。
 というわけで、チェーン店で使われるマニュアルの役目や効用を検討してみよう。それが理解できれば、前述の問いへの回答も導き出せる。

マニュアルがない状況を考えると、その効用が理解できる

 まず最初に、マニュアルがない状況を考えてみよう。きちんとしたマニュアルが存在せず、チェーン店を運営した場合の様子だ。
 接客に関しては、店員によるバラツキが大きくなる。顧客が非常に満足するような、非常に丁寧な態度で接する店員もいるだろう。しかし、ろくに挨拶もせず、横柄な態度で接する店員も現れる。挨拶の言葉も決まってないため、顧客によっては失礼だと感じてしまう。
 全体としてみれば、どうなるだろうか。アルバイトを使っているため、教育の質に左右される。マニュアルがないと教育するのが難しいため、今よりも悪い態度になりやすい。良い態度よりも悪い態度のほうが目立つため、全体としては相当に悪くなったと感じるだろう。
 商品を加工する作業も、丁寧なマニュアルによって支えられている。マニュアルがなければ、商品の質が低下して、顧客に渡せない出来になったりする。そのまま渡せば評判が低下するし、作り直すと時間がかかる。チェーン店の場合は、質の悪い商品でも顧客に渡す店舗が一部に出てくるだろう。
 商品を作り直すと、その分だけコストが増える。また、マニュアルがないと商品を作るのに慣れにくいため、どうしても作業時間が延びる。これもコスト増の要因だ。全体としては、いろいろな点でコスト増の要因が発生し、結局は商品価格に反映される。全体としてみれば、質の低い商品を高く売る方向へと向かう。
 作業時間が長いことで、商品を素早く渡せない。また、作り直すとさらに遅くなる。結果として、お客がより待たされるというオマケが付く。
 その他にも影響が出る。店舗を清潔に見せるとか、快適さを向上させるレイアウトなどもマニュアル化してある。また、上手に掃除するとか、余った段ボールなどを見せないように始末するとか、いろいろな作業でもマニュアルが手助けする。その助けがなくなると、顧客から汚い店に見られたり、安っぽく感じに見られたりする。つまり、店のイメージが低下するわけだ。
 以上を総合すると、マニュアルのないチェーン店の姿が見えてくる。態度の悪い店員がいて、商品の品質も悪く、しかも待ち時間が長く、おまけに価格は高い。さらに店も汚く感じる。あまり行きたくないと思うだろう。
 念のために付け加えるが、以上の話は絶対にそうなるという内容ではない。その方向になりやすいという一般論である。もし店長が非常に優秀で、店員を細かく教育できれば、マニュアルなしで良い店舗を作れるかもしれない。しかし現実には、チェーン店のように数が多いと、マニュアルなしでの教育は不可能に近く、全体の平均は以上のような傾向に落ち着く。

上質な接客を実現すると、商品価格が大きく上昇

 今度は、マニュアル型でない上質な対応の実現方法を検討してみよう。マニュアルは不可欠なので、マニュアルを使ってもよいこととして。
 数多くの素人店員を教育するためには、マニュアルとして用意するしかない。だとしたら、上質な対応をマニュアル化できるのだろうか。これは非常に難しい。笑顔の作り方、視線、ちょとした仕草、微妙な言葉遣いなど、マニュアルで規定するのは困難な内容ばかりだ。
 仮にマニュアル化できたとして、アルバイトがマスターできるかという問題もある。上質な対応の場合、マニュアル化するためには、様々な状況での上手な対応を説明しなければならない。マニュアルとして作れば、相当な量になるだろう。その全部を習得するのは難しいし、時間も長くかかる。ということは、新しいアルバイトがすぐに使えないことを意味する。実際には、習得自体が無理だろう。
 アルバイトを教育するのが不可能だとしたら、上質の接客ができる人を雇うしかない。その種の能力は非常に重要なので、持っている人は、人並みよりも上の人材に位置づけられる。当然、報酬も平均より高く払わなければならない。安いアルバイトとして働いてほしいなどと、正気なら絶対に言えない。
 つまり、上質の接客を実現するためには、多額の人件費が必要なのだ。利益率の高い商品を販売するのなら可能だろうが、低価格の商品では適さない。もし無理して雇うことも可能だが、商品価格を相当に上げないと、人件費を払えない。
 価格が上がると、競争力が落ちて販売数が減少する。その結果、商品1個あたりの人件費割合が増えて、商品価格をさらに上げなければならない。凄く上質な接客だけど、普通の質のハンバーガーが1000円以上する店に、どれだけの顧客が行くだろうか。深く考えなくても結果は見えている。売り上げが減少して、すぐに閉店するだろう。
 これも念のために付け加えるが、上質な接客は絶対に成功しないわけではない。それに見合う商品と組み合わせ、対象顧客を適切に絞り込めれば、きちんと成功できる。

マニュアルのおかげで低コスト商品の供給が可能に

 ここまでの話で、マニュアルの役割りが理解できたと思う。簡単に述べるなら、次のようになる。ある程度のレベルで構わない標準化された作業内容を、コストの安い人材に対して、短期間で教育するための道具といえる。
 効用としては、そこそこの品質の商品を、低コストを維持しながら、多量に供給できる点が挙げられる。ここでいう商品の内容には、顧客に渡す品物だけでなく、接客態度やお店への印象なども含まれる。それらを全体的に向上させ、顧客満足度を維持するのにマニュアルが役立つ。もちろん、素人でも扱えるような機器を用意し、合わせて用いることで実現する。
 このような内容は、マニュアルを使わないで実現するのは不可能に近い。良く知っている人が全員に教えれば可能だが、それだと教育内容に漏れが生じやすい。教える人は漏れないようにと、教育内容を記述した資料を用いる。実は、これもマニュアルの一種である。
 マニュアルのうちでも良質なものは、トラブルの対処方法まで記述してある。たとえば店員が顧客の服にコーヒーをこぼしたときどうするとか、トラブルの内容ごとに最良の対処方法が決めてある。狭い視野で考えてお金をケチるのではなく、多少お金を使っても良いから、顧客に良い印象を与えるような解決方法が選んである。長い目で見て、最良の方法だからだ。そのおかげで、大きなトラブルに発展せず、被害を最小限で押さえられる。
 このような対処は、店舗数の多いチェーン店の場合はとくに、マニュアルがないとなかなか実現できない。全部のトラブルを網羅するのは無理だが、主なトラブルだけなら取り上げられるし、その効果は大きい。

マニュアル型対応への批判の背景にある思考

 マニュアル型対応を批判する人は、ここで述べた程度の内容を考えていない。それどころか、マニュアルの効用に関して調べてもいないだろう。もし事前に調べたとしたら、マニュアル型対応を批判するような意見は出てこないはずだ。もし調べても出てくるなら、論理的な思考能力に大きな問題がある。現実には、調べていない人がほとんどであろう。
 批判的な意見を述べるのであれば、それに対して少しは調べるのが当然なのだが、最低限のことすらやっていない。しかも、そのような低レベルの意見が、テレビ、新聞、雑誌といったマスメディアを通して多くの人に広められている。相当に情けない状況である。こうなるのは、マスメディアに所属する人々もまた、あまり考えてないで行動しているのが原因だ。採用した意見の質など、検討することはない。
 こんな状況なので、あまり考えてない意見や、物事の一面だけ見て判断した意見が、マスメディアを通じてどんどんと広がる。マトモな意見は非常に少なく、低レベルな意見が蔓延している。マスメディアの伝えることは正しいと思いがちの素直な人は、無条件に信じてしまうだろう。
 実際、深く考えろと言い続けても、そう簡単には改善しない。言われた人は、どうしてよいのか分からないからだ。意見の対象を事前に調べるといった基本的な方法を、具体的な作業手順として教える必要があるだろう。それを習得できれば、低レベルな意見を区別できるし、そんな意見を言わなくなる。
 こういった状況を改善するための根本的な対処は、基礎的な思考方法を教育内容に含めることだ。そうすれば、代表的な思考方法を多くの人が身に付けれる。しかし、高等教育機関でさえ、そうなる可能性はゼロに近い。教育関係者も、マスメディアに属する人と同様で、物事を深く検討する人が少ないからだ。
 改善の見込みがないため、情報を受け取る側が、自分で防御するしかなさそうだ。これから記事や意見を読むときは、低レベルな意見に惑わされないよう、本当かどうか自分でも考えて判断しよう。こうして言われると当たり前のことだが、できている人は非常に少ない。これもまた、同じ理由で。

(2000年3月26日)


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