川村渇真の「知性の泉」

社会問題への遅い対処は大被害を生じさせる


影響が素早く広がる時代になった

 コンピュータやネットワークの発達により、いろいろな情報が素早く伝わるようになった。テレビや新聞でさえ、裏のほうの製作段階ではコンピュータやネットワークを利用しているので、実質的にはすべての人が進歩の影響を受けている。
 このように情報技術が発達すると、いろいろな記事や噂が広まる速度が向上する。新しい商品が登場すると、雑誌などで取り上げるよりも早く、インターネットなどに情報が載る。また、真っ先に購入した一般の人が、使用感などをウェブページで公開する。それがクチコミの情報源となり、一気に広まる。情報が素早く伝わるだけでなく、より多くの人に伝わるようになっている。
 商品が良ければ良いほど、それらの情報を見て購入する人が増える。逆に悪ければ、購入する人が減ってしまう。このような効果があるため、購入が良い商品へと集中する傾向が高まる。ただし、その人ごとに価値観が異なり、完全に集中することはない。また、商品が成熟するほど嗜好の要素が高く、個性的な商品が登場して、分散する傾向が出てくる。そんな分野の商品あっても、いろいろな人の評価が入手しやすくなって、全体としては、良くできた商品に人気が集中しやすい。
 どの程度の速度で広まるかは、価格と必要度に大きく関係する。価格が安くて必要度が高いと、一気に広まってしまう。逆に、簡単には買えないほど高価なら、ほしくても購入できるようになるまで待つだろう。
 商品が何らかの被害を及ぼす場合は、広まり方が早いほど影響が大きくなる。もちろん、被害が見付かったときに、その情報も素早く広まる。しかし、広まる速度が早いので、全体として影響が大きく出てしまう。もし人体を傷つけるような問題なら、被害を受ける人の数は昔より多い。この点が現代社会の怖いところだ。

重要な問題に対処しないと膨大な損害に

 素早く広まるのは、商品の被害だけではない。産業廃棄物の不法投棄といった悪い行為も、“やり得”だと知れば一気に広まる。たとえば、産業廃棄物の不法投棄の問題をテレビ番組で放送し、役所などが助けてくれなくて住民が困っている様子を伝えたとする。これを見た廃棄物業者が「なーんだ。役所は手が出せないのかぁ」と感じたなら、「だったら、オレも捨てよう」と思う人が出る。こうして、不法投棄は国内中に広がっていく。
 この種の問題では、対処の遅れが膨大な被害につながる。産業廃棄物の不法投棄を例に考えてみよう。投棄された後での対処は非常に大変で、土地の回復には膨大な費用がかかる。また、回復させるといっても、汚染が相当にひどい箇所だけに限られる。使える費用に限界があるからで、それ以外の箇所は汚染されたまま残される。これでは、とても回復したと言えない。また、汚染された場所に住む人には、身体に様々な影響が出て、一生の苦しみを背負う人もいる。このような被害者の体も、回復できない部分の1つだ。以上のように、コスト面でも人間の幸福面でも、後から対処するのは得策ではない。
 身体に大きく関わる医薬品の場合も同様だ。悪い薬をほおって置くと、その薬の表面的な評判が良いほど広まってしまい、被害を受ける人の数が増える。薬害エイズのように、次々と人が死ぬ事態も起こる。医薬品のように身体に影響を与える場合は、後から回復する不可能な場合が多い。それだけに、早急な対処が重要となる。
 コンピュータやネットワークの進歩は今後も続くので、良い商品が広まる速度は今よりも早くなる。同時に、悪い行為や商品による被害の規模も大きい。その意味で、今よりも将来のほうが、問題への対処を迅速に実施する必要性は増す。現在はもちろん、これから先はますます、モタモタしていられないのだ。

先進国の中でも対処が常に遅い日本

 産業廃棄物の不法投棄の“やり得”をテレビ番組で知ったからといって、放映した番組の制作者が悪いのではない。不法投棄の実施者を迅速に罰せられない状況が問題なのだ。報道番組では、その点を指摘し、関係者に改善を求めている。しかし、残念ながら日本では、目立った対処が行われることは非常に少ない。
 現在の世の中は、先進国に限れば、コンピュータやネットワークが相当に発達している。自宅や職場に居ながら、インターネットを利用して世界中から多くの情報が入手できる。ウェブページで見付からないなら、その分野の専門家に電子メールで尋ねることも可能だ。どんな問題が起こっているのか、各国の政府や専門家がどのように対処しようとしているのか、最小限の費用と時間で調べられる。
 このような状況になると、各国が対処を“実施する時期の差”は昔より小さくなる。つまり、同じ問題への対処は、ほぼ同時期に行われるように変わる。逆に言えば、1国だけ遅れるような状況だと、きちんと仕事をしていないことを意味する。
 各省庁の担当者は、自分が関係する分野で起こっている問題を把握する責任がある。調べるのがこれだけ簡単になったのだから、できない理由は見付からない。やならいとすれば、本人の能力が極端に低いか、仕事に対する怠慢かのどちらかだ。
 実施する時期の差が小さいことは、担当者の評価にも役立つ。先進国の対処を全部調べて、実施内容と時期を比べればよい。まず、自分の国の対処内容が、他の国よりも劣っていないかを調べる。法律での規制値が緩いとか、抜け道が残されていないかとか、対処の質を比較する。もう1つ、実施する時期も比べる。いろいろな対処を集め、平均すると何番目ぐらいに位置するのか明らかにする。突出して遅れているようだと大問題である。また、極端な遅れはないものの、いつも最後のほうなら悪い評価を下すしかない。このように、1国だけ見ていたら分からない対処の質も、先進国を集めて評価することで明確になる。
 残念ながら、日本の対処はいつも遅すぎる。薬害エイズのように、ひどい例も実際に起こっている。ダイオキシン対策にしても、まだ本格的には実施していない。他の分野に関しても、本格的に調べれば、対策が遅れている点が明らかになるだろう。このような担当者の怠慢は、国民の体や国土へ大きな被害を与えるので、本当なら重罪に相当する。

国土や人体への影響は謝罪で済まない

 きちんとした対処をしようと思えば、いろいろな手が打てるはずだ。法律をすぐに作れない場合でも、次のように表明することで、悪い行為を牽制できる。「我々は、○○問題への対処を真剣に進めている。法律の制定にはあと1年ほどかかるが、それまでの間に行った行為も処罰の対象にする予定だ。被害を受けそうな人は、悪い行為の現場写真を撮影するとか、立証できるような証拠をできる限り集め続けてほしい。集めた証拠はきっと役立つだろう。この表明の後で悪い行為をした人には、まったく容赦しないので覚悟すること」などとだ。加えて、法律を作っている間にも、厳しい処罰の内容をどんどんと発表する。こうして何種類かの方法を併用すれば、たいていの行為を本格的に止めることができる。
 悪いことをしたら謝罪するのが当たり前だが、謝罪すれば済むという種類の問題ではない。国土の汚染は、そう簡単に回復できないので、汚染したままにしておくしかない。被害を受けた人々は、早死にしたり、一生の苦痛を背負ったりする。被害の深刻さを考えたら、被害が発生する前に手を打つのが、もっとも有効だと分かるはずだ。相当なアホでない限り。
 ところが、大きな問題といえる薬害エイズですら、真剣に謝罪する様子は見られなかった。自分たちの失敗に対して謝罪すらしないのに、きちんとした対策が打てるはずがない。責任を取らないでよい組織では、何事も改善する見込みがない傾向が強い。それだけに将来の期待が持てず、非常に困ったものだ。この国は、どんな方向へ進むのだろうか..。

(1998年12月18日)


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