川村渇真の「知性の泉」

別世界の人間だと思わせるための無駄ルール


特別なルールで壁を作りたがる人々

 多くの人から認められたい気持ちは、ほとんどの人が持っている。通常なら、自分が得意な分野や方向性を見いだし、それに関した能力を身に付けて実現する。しかし、そんな努力はせず、別な方法で実現したがる人も存在する。
 そんな代表例として真っ先に挙げられるのは、王室、皇室、貴族などの集団だ。これらに属する人々は、一般の社会とは少し異なるルールを持っている。よく使われるのは、服装、態度(しぐさ)、言葉遣いなどを、一般の人々とは違ったルールに変える方法だ。王室や皇室の人の手を振るしぐさが、通常の人とは違っているのを見たことがあるだろう。また、言葉遣いが違っているのを聞いたことがあるだろう。
 こんな集団に属する人々は、集団独自の決まったルールに従って行動する。このように異なる態度や言葉遣いのルールを設けるは、別な世界の人間だと強調するためである。その集団に入るためには、決まったルールに従うことが求められる。そうでないと、集団の一員としては扱ってもらえない。そのルールは、集団と外界との壁の役割を持っている。
 他の例としては、芸能界やカルト教団が挙げられる。たとえば、日本の芸能界では、言葉に含まれる文字を前後に入れ替える方法で、通常とは異なる表現を使っている。これなども、一般の人と違う点を強調するためのルールだ。その他、お茶やお花といった習い事、趣味や仕事における特定分野のグループなどにも、同じような役割のルールがある。

子孫を一目置かせるために権力者が作ったもの

 この種のルールには、大きな特徴が3つある。1つは、外見や少しの行動を見ただけで、ルールを守っているか素早く判断できる点だ。集団の一員かを容易に見分けるために必要となる。
 2番目の特徴は、特別な能力がなくても、練習によって身に付けられる点だ。この種の集団には、家系で継承するものが多い。もし能力の有無で参加が決まるルールなら、子孫の中には条件を満たさない人も出てくる。そうなると困るので、誰もが身に付けられるルールにしてある。努力して実力を付ける方法だと、確実性がないので適さないのだ。
 3番目の特徴は、なくても困らないようなルールである点。言葉遣いや態度をわざわざ変えると、覚える内容が増えてしまう。とくに言葉遣いは、余分な言葉を暗記する必要がある。ルールを身に付ける行動を、外部から冷静に眺めると、無駄なことに労力を使っているように見える。マトモに考えたら、習得自体が時間の無駄である。その意味で「無駄ルール」と呼んでよいだろう。
 あまりにも無駄ばかりのルールだと馬鹿にされる危険度が増すので、少しは意味のあるルールも加えるのが一般的だ。代表的な例は食事のマナーで、音を立てない食べ方は、他人に迷惑をかけない目的を達成している。ただし、食事のマナー全部が意味のあるルールなのではない。この種のルールの場合は、意味のないルールのほうが多いのが普通だ。
 この種のルールが生まれた背景には、家系による継承が大きく関係している。王室、皇室、貴族などが最初に生まれたときは、何らかの成果を上げてその地位についた。一度得られた地位は、家系による継承という形で子孫に受け継がせる。自分の子供はかわいいというのが大きな理由だ。その際に問題となるのは、受け継いだ子孫が、地位に見合うほどの実力を持っているとは限らない点である。しかし、自分の子供はかわいいので、周囲から一目置かれるようなルールを設定してあげる。権力を持つ側にいるため、ルールは自分たちで作れる。そんな風にして作られたルールも、何世代か続くうちに、権威の象徴として見られるようになる。
 家系による継承といっても、子供の中で一番優秀な人間を選ぶのではなく、たいていは長男に権利がある。つまり、女性差別を伴った継承なのだ。現代社会では時代遅れの考え方であり、無駄ルールと合わせて自慢できるものではない。

無駄ルールの仕組みを、多くの人が理解することが大切

 以上のように、無駄ルールは、実力がない人を一目置かせるための仕組みである。そのため、実力で勝負できない人ほど使いたがるし、頼りにしがちである。もし実力で尊敬を得たいなら、無駄ルールなどを用いずに、普通の態度や言葉遣いで行動したほうがよいのだが、それができないから使いたがる。
 無駄ルールで権威を保っている集団にとって一番イヤなのは、無駄ルールの仕組みを暴くような解説である(つまり、この文章)。無駄ルールの役割を人々が知ることで、権威が低下するからだ。そんな権威は見かけだけものなので、本当の姿がバレただけに過ぎないのだが、集団にとっては死活問題となる。
 逆に、無駄ルールを活用する集団にとって嬉しいのは、戦略にまんまとハマって、無駄ルールをありがたがることだ。ありがたがる人が多いほど、集団の地位は安泰となる。残念なことに、多くの人は無駄ルールの仕組みを知らないので、ありがたがる人がかなりいる。
 ここまでの説明で、無駄ルールの価値のなさが理解できたと思う。今後は、冷静な目で見つめよう。無駄ルールを使うような人間は、姑息な手段で権威を保とうとしているのだと。そんな人を見かけたら、「もっと普通に喋ればいいのに」とか「普通に行動したらいいのに」などと周囲に解説しよう。無駄ルールの仕組みを知る人が増えれば、そんな手で権威を保とうとする集団も減るはずだ。

(1998年4月30日)


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