川村渇真の「知性の泉」

今後気を付けますは、何も対策しないこと


今後気を付けますは、改善効果をほとんど生まない

 電車の事故などが起きると、事故原因の究明が行われ、釈明会見などで原因を公表する。同時に、今後の対策も表明することがある。対策の発表でよく聞くのが、「こんな事故が発生しないように、今後気を付けます」というものだ。このような釈明は、社内で発生するトラブルでもよく耳にする。似たような表現に「厳重に注意します」というのもある。
 「今後気を付けます」といった対策は、今まで以上に注意しながら作業を進めるということなのだろう。それなら、これまでは注意深く作業していなかったのだろうか。そうではないはずだ。人間の集中力には限界があり、1日中神経を張りつめ続けることは不可能である。だからこそ事故が起きるのであって、注意するといっても長続きはしない。たしかに、事故が発生した直後は、そのことが頭にあるため、通常の状態よりは注意深く作業できる。しかし、1カ月も経つと、前と同じ状態に戻ってしまう。
 つまり、「今後は気を付けます」は、何の対策にもならないのだ。ハッキリ言えば、まったく対策を打たないことに等しい。

対策は大きく3つに分類可能

 「今後は気を付けます」と聞いたとき、なんとなくだが、ほとんど改善されそうもないと思う人が多いのではないだろうか。きちんと対策していないことは、たいていの人が直感的に気付くせいかもしれない。にもかかわらず「今後は気を付けます」がなくならないのは、それが無対策だと明言されないためだろう。
 では、どのような内容が対策したと言えるのだろうか。マトモな対策は大きく3つに分けられる。「チェック機能」と「プレッシャー」と「教育と訓練」で、複数を併用することも可能だ。

問題の発生を抑える対策

・チェック機能:作業の流れにチェック機能を組み込んで、問題の発生を防止
・プレッシャー:問題を起こしにくいように、良や悪の圧力を作業者に加える
・教育と訓練 :教育と訓練を実施して、意識や技能を向上させる

順番に、内容と特徴を解説しよう。

チェック機能の組み込みで、仕組みとして間違いを発見

 「チェック機能」は、事故などが発生しないようなチェック機能を、作業の流れの中に組み込むことである。ただ注意しろといっても忘れやすいので、作業の流れの中に確認機能を取り入れる。電車の運転手で用いられるのは、声を出して指差し確認をする方法で、実際の行動として取り入れると効果が上がる。チェックする内容を最初にルール化し、その順番まで含めて決めておくのが基本だ。作業者がルールに従ってチェック作業を進めることで、トラブルを防止できる。
 銀行のような事務処理の場合は、上司の承認といった形でチェック機能を組み込む。役立たない物を間違って購入するとか、無意味なプロジェクトを始めないようにとか、誤った作業内容を見付けるのに効果がある。
 チェック機能を組み込む方法には、作業効率を低下させるという大きな欠点が伴う。いろいろな問題が発生すると、必要となるチェック作業も途中に増えるだろう。チェック作業が増えると、その分だけ余分な作業が間に入ることになり、結果として作業効率が低下する。意思決定などの速度が求められる現代において、素早く作業できないことは致命的だ。重要な問題にだけチェック機能を組み込み、あとは別な方法で対処するのが賢い方法といえる。

プレッシャーは自己変革を求める方法

 2番目の対策であるプレッシャーは、精神的に圧力をかけることで、作業者自身の自己変革を生み出す方法だ。失敗したら罰を与えるとか、成功したら報酬を与えるとか、作業結果によって差が付くような仕組みを用意する。
 電車の運転で、無事故の連続日数に応じて特別ボーナスをもらえるなら、運転手自身が工夫して事故を起こさないようにするだろう。役所の接待費の無駄遣い防止では、あとで無駄だと判明したら、使用した金額の半分を本人に負担させるような仕組みが効果的だ。バレたら請求されると知っていれば、無駄遣いする人は極端に減るだろう。これらの方法では、報酬や罰が大きいほど、得られる効果も大きい。
 ただし、圧力をかける対象によっては、組織の活性化を妨げることもある。新しい研究が失敗したときに大きな責任を取らされるなら、冒険的な研究をする人はいなくなるだろう。それでは研究部門と正反対の状況になってしまう。プレッシャーによる対策は、その効果と副作用をきちんと見極めたうえで、決めなければならない。

教育と訓練は、意識と体を改善する方法

 3番目の対策である教育と訓練は、作業者に教育や訓練を実施することで、問題の発生を防ぐ方法だ。教育は頭に知識を与え、訓練は体に慣れや技能を与える。たいていの場合は、教育と訓練の両方を実施する。
 とくに重要なのが、教育による意識改革だ。教育前なら「まあいいや」と作業するところを、「もっと良いものを作らなくては」とか「より安全で乗り心地の良い運転を追求する」とか、前向きな意識を持つように生まれ変わらせる。それが成功すれば、どんな作業に対してでも良い効果が得られる。また、「社会に貢献している重要な仕事だ」といった責任感や満足感を与えることも意味がある。教育する内容にかかわらず、より前向きな意識を持つようにすることが大切だ。
 訓練は、教育した内容を体に覚え込ませるために実施する。また、作業の一部としてチェック機能を組み込んだ場合も、訓練によってチェック機能を覚えさせる。指差し確認といったチェック作業こそ、訓練と組合せて、より完全な作業を目指す。
 このように、教育と訓練は、前述の2つの対策と併用することが多い。また、前述の2つの対策が実施できない場合に、採用されることもある。すでに教育を実施していて事故が発生した場合は、教育内容や方法を改善することもある。

きちんと対策する社会への脱皮を

 組織というものは、外部から監視や指摘がないと悪い体質のまま続くし、より悪くなることも多い。変革しないまま続くことは、社会的に影響の大きな組織の場合、とくに問題がある。トラブルが発生したらきちんと対策を打つように、社会として圧力をかけるべきだ。そのためにも、対策を実施しているとはいえない状況に対して、何もしてないと伝えることが必須である。
 対策を評価する側でもっとも変革が求められるのは、ジャーナリストだろう。また、ニュース番組のキャスターも大きな影響力を持つだけに、意識を変えてほしい。事故の原因や対策を発表したとき、まともな対策であるかどうかを評価し、きちんとしたコメントを出すべきだ。「今後発生しないように注意するだけですか。これは何も対策しないということですね」などと。そのうえで、本当に対策とは何なのかを教える必要がある。そうすれば、「今後は気を付けます」などと言わなくなり、きちんと対策を実施する組織が増えるはずだ。

(1995年8月27日)


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