ブロモ山の生け贄

これは、東ジャワのブロモ山にまつわる伝説です。ブロモ山は、頂上から見事な朝日が望めることで知られている、美しい山です。

13世紀から14世紀にかけて栄えた、マジャパヒト王朝の最後の時代。王の妻の一人ブラウィジャヤが、女の子を生んだ。女の子はロロ・アンテンといい、後に僧侶階級の出身者ジョコ・セゲルと結婚する。しかし、とある事情から、二人は王国を出なければならなくなり、山の中で暮らすことになった。二人の住む地域は「テンゲル」と名付けられた。

何年経っても、二人の間には子供が生まれなかった。そこで彼らは山の頂上に登り、火の神ベタラ・ブロモに祈った。ブロモは彼らの間にたくさんの子供が生まれることを約束したが、その代わり一番下の子供を生け贄として捧げなければならないと言った。

ロロとジョコは、25人の子供を授かった。そして一番下のケスマを生け贄として差し出さなければならなかったのだが、子供の命を惜しんだ二人は、ケスマを隠してしまったのである。すると山が突然火を噴き、ケスマはこう言いながら火口の中に落ちていった。「みんなが無事に生きられるように、僕が犠牲になります。ただしこれから毎年、ケソドの月の14日に、儀式を行ってください」


ケスマの兄弟姉妹たちは、毎年ブロモ山に果物や野菜、米、肉などを捧げた。この習慣は、現在もジャワの原始宗教を信じるケジャウェン派によって引き継がれている。



マリオ・ルスタン

子供の生け贄
子供の生け贄とはいかにも残酷なので、実際に行われていたらしき古代のカルタゴなどはごうごうたる非難を受けますが、実は世界のあちこちで広く行われていたようです。聖書で、アブラハムが息子イサクの代わりに羊を捧げるのは、そんな風習に終止符を打つためだったと言われています。

ケソドの月
「テンゲル」という地域で実際に使われていた暦に基づくもので、「ケソド」は1年のうち12番目の月に当たります。




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