童話 鶏に転生 


生まれたと思ったら、昼も夜も、たらふくエサを喰わされて、名もないままに、私は死んだ。わずか、45日の命だった。その間、考える暇もなく、魂の成熟もないまま、私は人に食される為に死んだ。

宇宙に命が誕生して以来、多くの命が栄えては滅びた。その中でも、人間という種の強欲さには、ほとほと呆れるばかりだ。こうして、死の世界に来て、何かほっとした気がする。45日の生涯をふり返れば、ただただ、食される為に飼料を食わされる毎日だった。

こうして、私のブロイラーとしての生は終わった。

かつて人間として生まれた時、ある僧侶にこう言われたことがあった。
「君、そんなにガツガツ食べて、何をそんなに慌てているんだ。君は食べる為に生まれてきたのか。そうじゃないだろう。何かしら、自己の魂に実りある一ページを加える為に生まれてきたんじゃないのか・・・?」

そんなことなど、考えたこともなかった私は、一瞬食べる手を止めたが、美味いモモの唐揚げだったもので、何を坊主は言っているんだ、とばかりに、ワザと、さらに激しくガツガツとやった。

すると、その僧侶は、眉をしかめ、「君は、食される側の経験をしなかればならぬな」と言って去っていった。「何を言ってやがる。この生臭さ坊主が・・・」と吐き捨てた時には、既にその姿はなかった。

今にして思えば、あの人は神の使いだったと思う。私はおそらく、その人の最終判断で、食料鶏ブロイラーとして生まれた。食す側から食される側を経験し、初めて分かったことがある。

それは命とは、残酷なるものだ、ということだ。一方の死があって、他方が生きる。しかし死ぬ側が余りに顧みられぬようになった時、神は判断によって、利己的な種を滅ぼすことがあるということだ。

かつて、中生代という時代に、恐竜という種は、地球という星の全体を覆うようにして栄えた。ところが、彼らの肉体の巨大化と爆発的な繁殖により、食料難の時を迎えた。それに追い打ちを掛けるように、空から巨大な小惑星が降って来て、空を死の灰が覆い、気候は大変動し、猛烈な寒さが恐竜たちを絶滅に追いやった。でも宇宙では、こんなことは頻繁に起こっていることだ。種の絶滅は、何も特殊な出来事ではない。人間だって、いつそんな時が来ないとも限らない。いやその日は、明日かもしれぬ・・・。

ところで、恐竜が全世界の王者だった頃、人間の祖先であるほ乳類は、ネズミの如き、まるで冴えない哀れな生き物だった。ところが、穴ぐらや森林の奥で、食料にならぬように、ひっそりと暮らしてきた人間の祖先たちは、恐竜というガツガツとすべてを喰らう生き物がこの地球上から、絶滅した途端、この地上を我が物顔で歩けるようになった。

それからほ乳動物の爆発的な進化が始まった。そして人間は、今や恐竜以上の恐怖の支配者となった。何でもガツガツと食べ、何でも食料にする。今や人間の人口は六〇億を超えて、早晩100億にも達する勢いだ。いつか地球の重さを人間全体の重さを超えるかも、と冗談を飛ばした友がいたが、本当にそうなりかねない事態だ。

かつて神は、大洪水をお越し、あらゆる種を一度、根絶やしにして、もう一度、ゼロから豊かな星の地球を取り戻そうとしたことがある。あるいは、ソドムとゴモラという道徳的に腐敗した都市を焼き滅ぼしたこともある。支え合わねばならない生物界が、人間のエゴによって、神の怒りは心頭に達している。そのことを真に気づいている人間は少ない。どうにかなると思っている。神は救ってくださると思っている。神の怒りを知らぬ人間は幸せだ。二度とあのような恐怖を私は味わいたくない。

あの時、どこからか声が聞こえた。
「お前はブロイラーになる。もう決めた。あの小さな光の中に行け。因果は巡る糸車!!」

ああ私は、そしてやっと、恐怖の45日から解放されたことになる。何という安堵。何という静寂。死は私にとって安らぎと解放であった。遠くから、来る人がいる。どんどんと近づいてくる。かつて、「君は、食される側の経験をしなければならぬな」と言って去った神の使いか・・・。


「やあ、君、ブロイラーの生を終えし者、名もなき食物になったは感想は?」
「な、なんとも言葉になりません。ただ悪夢を見ているようでした。」
「ガツガツ食べていた者が、ガツガツと喰わされ、最後にはガツガツと喰われる肉となった。ほら、君の体は、塩コショウが振られ、こんがりと焼かれている。見えるか、その姿が?」
「これが、私ですか?ちっとも実感がない。でも何とも嫌な気分です。魂にジンジンと響いて来ます。」
「そして、ほら、君の肉を、ノドを鳴らして待っているアベックがいる。彼と彼女だろうか。もう直結婚することになるかもしれない。彼はこのうら若いご婦人を自分の妻にしたくてしょうがない。確かに美しい女性だ。」
「もういいです。見せないでください。魂が痛くなってきます。どんどん、どんどん。助けてください。」
「ならぬ。君の魂は、このことを正視しなければならぬ。経験とは成長のこと。成長したければ、目を背けてはならぬ。」
「でも、どうして、これが正視できましょう。自分が喰われているんですよ。この痛みは、どう言ったらいいか・・・とにかく見たくないんです」
「食すという行為は、人間だった頃の君にとっては、楽しみだった。何て美味しい肉と思って食べた頃を思い出しなさい。君は、その時、天国の神に祈る習慣があったが、その意味を理解してはいなかった。そうではないかね。」
「食事の前の祈りですが、もちろんそれは感謝の祈りです。神に感謝をし、食物の実りに感謝をする・・・」
「通り一遍の答えなど、百万遍唱えても無駄だ。そこに真実があると思うかね。習慣の怖さだ。君は感謝などしていなかった。ただ昔から、両親に教わったことをその通りにマネているだけではないか。」
「そうでしょうか。私は、深く祈りました。子供の頃は、両親の愛に感謝をし、天国の神様に感謝をし、ありがとうと念じました。」
「では聞くが、君はその時、何を食べていたと思うかね?」
「何って、野菜やお肉やパンや時には、魚やチーズや卵にパスタなんかも・・・」
「まったく、答えになっていない。君が食べていたのは、人間以外の命だ。そうではないかね!!」
「は、はい。もちろんそうです。そうでした。確かに人間以外の命を食べていました」
「その命に感謝をしていたかね?」
「ええ、私は、していたつもりですが?!」
「つもり?」
「ええ、つもりです。」
「君は深く祈った、と言ったが、つもり、とは深いことかね?」
「でも、その”つもり”でした。」
「見るが、いい。ほら、こんがり焼き上がった君の命を食べる女性の姿を、君の魂に対する感謝が波動となって君の魂に伝わっているかな?」
「痛いです。ただ痛いんです。」
「そうだ。痛いだろう。その痛みは、彼女に感謝の祈りがないからだ。この女性は、前世の因果で、美しく生まれたようだが、心は以前の生より退化してしまったようだ。美味しい食事をし、男たちには、美しいと言われ、いつか自分が分からなくなった。さっき、”いただきます”といったね。君を食べた後は、”ごちそうさま”とかなんとか言うだろう。一通りのマナーは習得していて、感謝の祈りは捧げるが、彼女には真心がない。だから君の魂には鋭い痛みが走る」
「そうなんですか。でも、美しいって、何でしょう。肉体をなくしてしまった私には、彼女が美しいとはとても見えません。怖ろしい餓鬼のように見えます。今だって、私を食べた食事代を払うのは、恋人の彼の方だ。全然、彼女には痛みがない。ただ魂の奥に真っ黒な欲望をしまい込んで、鮫のように尖った歯で、他の命をどん欲に喰らう、きっとこの男も彼女の餌食になる。彼女は餓鬼か悪魔です・・・」
「そうか。彼女が、悪魔なら、では君は何かね」
「私も、悪魔だったのでしょうか。ところかまわず、他の生物の命を喰いあさる・・・」
「そうだ。君もまた餓鬼だった。だからブロイラーの生を経験した。そこで君は自分の命の意味をもう一度考え直した。」

その時、目の前がパッと明るくなった。その目映い光に包まれて、私の心は幸福感に充たされた。さっきまでの魂への刺すような痛みは、ウソのように消えた。
 


私は光の中をただ心地よい風に乗って進んだ。ゆりかごに乗って光の海を飛んでいる気がした。アンドロメダ銀河のようにひときわ明るい光の固まりが近づいてきた。眩しくて、目を開けていられないほどだ。無意識で、私はその光に吸い寄せられるのを避けていた。するとやがて私は、あっという間に、その光の束から遠ざかっていた。ふり返った時には、大分小さくなって、さっきまで青白く輝いていた光が、少し黄ばんだ白色に変化した。声が聞こえた。さっき別れた神の使いの声のようだ。

「君は、一度目のチャンスを逃した。君の魂は、神の祝福を眩しいという思いから避けてしまった。運命は正直だ。君の魂はもっと彷徨わなければいけない。もっと様々な価値があることを知らなければならない。」

「意味が分かりません。なぜ、ボクは彷徨わなければ行けないのですか。十分分かりました。ボクは、生きるということが、他の生命の命の犠牲の上にあることを知りました。それだけでは不十分なのでしょうか?」

「・・・」

それっきり、声は聞こえなかった。仕方なくボクは、また風に乗って、光の中を進んだ。遠くに、どこかで見たことのある光が近づいてきた。そうだ、ちょうど、駅前の裏道を入って目にする赤提灯のような光だ。むかし、確かに、ボクが、人間だった頃、入ったことがある。串に刺した鶏を食べたことがある。美味しかった。甘いタレがたっぷりと付いてあった。お酒を飲みながら、食べた記憶が、沸き上がって、ボクは思わず、その光の方に近づいていた。もう少しで、その光の中に入るというところまで来た。その時であった。ボクの中で、「待て、その中に入ってはならん。思い出せ。思い出せ」という声がした。神の声ではない。きっとボクの理性だろう。その声はボクを必死で、引き留めている。ハッとした。分かった。この赤提灯のイメージは実は騙しなのだ。この光の中に入ったが最後、とんでもないことになる。程よい光というものがくせ者なのだ。中に入ったが最後、その魂は、辛い経験を覚悟しなければならない。

前世の生まれ変わりの瞬間が浮かんだ。この光に入って、ボクはブロイラーの短い喰われるだけのために生まれる生を経験することになったのだ。神はこの私を試したのか。そんなことを思った。何度も同じあやまちを繰り返す者もいる。ボクは、何とかこの光の持つ程よい光具合に再び騙されるところだった。

「それではいかん。これは受け付けられない」

強い、意志をもって、ボクは叫んだ。すると、一気にボクの意識は、もの凄い速度で上昇し始めた。


少しすると、雲の中にふっと吸い込まれた。中では、粉雪が日の光を浴びて輝きながらキラキラとボクの周囲を舞っている。なにかとても懐かしい感じがした。一晩降り続いた雪が上がって、ウソのように晴れ上がった空に逃げ遅れた小さな雲が、申し訳なさそうに、朝日を浴びながら流れて行く。ボクはその雲の中にいるのだ。そのように感じた。

ふと眼下を見下ろすと、広大な山脈がタテに連なっている。雪を頂く山々には、神々しい威厳のようなものがあった。
突然声がした。
「おい、そこのお前、新しい命を探しているお前。」
「は、はい」
思わず、そう答えたが、誰が話しているのか、分からない。
「はい、じゃない。こっちへ来い」
「こっちって、どっちでしょう?」
「こっちは、こっちだ。真下を見ろ」
すぐに下をのぞき込むと、コニーデ型の火山の噴火口から声が聞こえる。
「分かりました」
ボクは、その噴火口の方に吸い寄せられるように降りていった。
気が付くと、ボクは、白髪の老人の前に、立っていた。神殿のようにみえる。高い柱が天に向かってすっくと立っている。宮殿の前には、大理石で出来た人工的な池があり、色とりどりの鳥たちが、泳ぎ回っている。小鳥たちのさえずりも聞こえる。
「よく来たな?」
「はい」
「お前は、どこに行こうとしているのだ?」
「分かりません」
「分かりません?とは情けない。ではもう一問、何をしてみたいのだ」
「・・・」
「今度は沈黙か?」
「はい・・・」
「ワシの質問に答えようと必死になって、お前は自分の魂の中に答えがあるのを忘れておる。いいか、答えはお前自身の中にのみあるのだぞ」
「自分の中にですか?!」
「そうだ。多くの者がそうだが、答えを他人の中に見つけようとする。それがそもそも間違いの基になる。めいめい誰もが、魂の目的は違うのだ。違うからこそ、個々に生きる意味がある。新しい生を探しながら、行き当たりばったりになって、結局は何度も何度も同じ過ちを繰り返しては、別の生を送る。それを苦と定義する者もいるが、ワシは違う。それはチャンスだ。他人の立場になって考えるチャンスなのだ」
「チャンスですか?」
「そうだ。チャンスだ。例えばお前は、なぜブロイラーの苦の生を送ったと思う?」
「それは、ボクが以前人間だった頃、大食漢で、余りにも他の生き物の肉を喰らいすぎた罰が当たったと思いますが」
「半分は当たっている。しかし半分は間違いだ。生の法則に罰なんてものはない。あるのは、他の者の立場を理解するチャンスを自身でセットしたということだ」
「天罰はないのですか?本当に」
「あえて言えば、天罰ではなく自罰ということになる。お前の中には既に神の住む神殿があるのだぞ」
「もしかすると、ここは自分の魂の中にあるという神殿ということになるのですか?」
すると白髪の老人はニヤリとして、言った。
「そうだ。ワシはお前の中に住むもう一人のお前自身である」

気が付くと、ボクは再び光の中を進んで行く自分を感じた。あの白髪の老人の言葉が、頭の中で響き渡っていた。「お前の中には既に神の住む神殿があるのだぞ」


ふいに甲高い声が聞した。
「おい、待て、こら!!」
子供の声だ。それも一人ではない。辺りを見渡しても、光しか見えない。
「待てって、ボクに言ってるの?」
「そうだ。お前だ!!」
すると、当然目の前に、小便小僧のような丸々と太った少年たちが、ボクの前に現れた。彼らは5人で、ゆらゆらと重そうに宙に浮いている。その様子が、たいそう滑稽に見えたので、クスクス笑ってしまった。
「何が、おかしい」
「いや、そんなにおかしくはありません」
「『そんなに』とは、少しおかしいということではないか?」
「ごめんなさい。言い直します。少しもおかしくありません」
ウソを言った。おかしいのだ。丸々と太った顔に、少年とは思えないゲジゲジ眉毛に、ドングリ眼で、声を合わせて、目の前でしゃべるものだから、漫画を見ているようで、吹き出してしまったのだ。
「ほんとうか。ならば、許す。今度、笑ったら、その場で、むしゃむしゃ、お前を食べてしまうから、そう思え」
「冗談はやめてくださいよ、エヘヘ・・・」
背筋が凍った。こんなに太っているのは、色んな魂を喰ってしまって、こうなったのかと思ったのだ。
「大丈夫。ほんの冗談だ。誰がお前のようなデブブロイラーの前世を送ったものなど喰ったりするものか」
「デブブロイラーはやめてください。私にはれっきとした名前があるのですよ」
「ほう、名前があるのか?」
思わず、前々生の人間の時代の名を思い出せるだろうと、軽口を言ったが、簡単には思い出せない。
「エヘヘ、まあ、ありました」
「言ってみろ、何という名だ」
「エヘヘ、」
「お前、ウソを言ったな、本当は、名もないアリかイノシシのような前世に見えるぞ」
「いえ、ありました。確かに人間の時代には、ミ、ミツオとか言われてました」
「ミツオ?名はミツオか、では名字は?」
「ク、クルマです」
「クルマ、ミツオ。ほう。ではどんな人生を送ったのだ」
「食べることが大好きな人生を送りました」
「ほう、食べることが好きだったのか?」
「では、なぜブロイラーの生をその後送った」
「それは、その神様の使いが来て、食べられる方の生を送らなければいけない、とかなんとかで、45日ほどの苦しみを与えられました」
「それで、お前は変わったのか?食べることが好きだったお前が、食べられた。また食べる側に回ればいいではないか。おあいこだよ」
「いや、それはもう、あんな苦しみを味わうのなら、少しは食べるのを減らそうかと、マジに思いましたよ。色々と勉強しました」
「お前は、次の生でどっちになりたいのだ」
「どっちってどういう意味ですか」
「どっちは、どっちだ。喰う方が喰われる方かだ」
「それは、もう一度喰われる方は、経験しましたから、喰う方に生まれ直したいと思いますが・・・」
なにか妙な気分がした。この子供たちと話していると、自己の大食漢としてのボクの感覚が強く、呼び起こされるのだ。なぜなのかは分からない。古い友達に会ったようなとても懐かしい気持ちがしてくるのだ。
「そうだ。自分の感覚に素直でなければならぬ。生というものは、詰まるところ、喰うか喰われるかだ。そうだろう。だとすれば、喰う側に回ればよい。反省は反省としてな」
「はあ、でもその、喰う側も痛みというものを持たなければとは思いますが」
「もちろん、痛みはどんな生にでもある。その上でお前は、自分に成りきればそれでいいではないか。さあ、何をためらっている」
そう言い終わるか終わらないうちに、5人の子供はたちまち、ひとつの巨大な餓鬼に合体して、ボクをその大きな口で呑み込もうとした。
「ヒェー、助けてください」
ボクは、必死でその巨大な排水溝のような口から逃れようとした。その餓鬼の口の奥には、ほの暗い明かりに照らされた汚れた喉チンコがぶらりと垂れていた。
「さあ、来い。オレはお前自身。お前はオレさまなのだ。何をためらうことがある。来いクルマ・ミツオ、クルマ・ミツオ」
 


「助けて、助けて、ママ、助けて、ママ・・・」
気が付くと、ボクは、汗まみれになって、ベットのなかにいた。
遠くから、妻の声がした。
「あなた、早くしなさいよ。遅刻するわよ」

クシャクシャになった髪を手で直しながら、食卓に行くと、長男のミツオは、すでに会社に出勤していて、食卓には、ゾウリのような巨大なハンバーグがあった。ボクは、ぞっとして、「ママ、これなによ?」言った。

「なに言ってるの、あなたがチキンハンバーグ食べたいって言うから、昨日、大きなチキンを買ってきてあげたんじゃないの?寝ぼけて居ないで、早く食べて会社に行かないと」
「朝から、こんな大きなハンバーグ食べられないよ」
「なに言ってるの。いつも小さいから、もっと大きなのにしてくれって、あなたが言うから私が、腕によりを掛けて作ってあげたんじゃないの。ミツオは美味しい、美味しいって、喜んで食べて学校行ったわよ」

箸をつけたが、余りにも、怖ろしい夢が頭から離れず、そのまま、箸を置いた。
「どうしたの、調子でも悪いの?」
「いや、そうじゃないけど、今日はいいや。色々考えていることもあって」
「どうしたのよ。ねえ。熱でもあるんじゃないの?」

そのまま、洗面所に行くと、ぶよぶよと生白く太った顔が、鏡に映った。よく見れば、夢のなかの子供ににていないこともない。眉をゲジゲジにすれば、そっくりだ。逃げるように洗面所を出ると、「食べて」という妻の声を振り切って、朝刊を握ってバス停に向かった。新聞を拡げると、「鳥インフルエンザの責任を苦に養鶏場経営者夫妻自殺」の記事が重たく踊っていた。了

 

2004.2.14
 

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