奥羽観蹟聞老志
デジタル化への序文

奥羽観蹟聞老志は、1719年に完成した全20巻に及ぶ仙台藩の地誌である。著者は仙台藩の儒学者で絵師でもあった佐久間洞巌(本名:佐久間義和。字は子拔。別号は 容軒、太白山人など。1653〜1736)である。仙台藩四代藩主伊達綱村公は、この人物に命を下し、自藩の地誌を編纂させた。佐々木洞厳は、幕府の高官にして朱子学者の新井白石(1657-1725)とも親交を持っていた人物であった。この著は、その後に書かれる仙台藩の地誌の先駆的な役割を果たした名著である。 名勝旧蹟、神社、山川、街道などを、漢文にて表記。和歌などはかな交じり文で書いている。但し、中には、地元からの聞き書きや伝説伝承伝説などを精査しないで、書いている部分も多く、その後の研究によって少なからぬ誤謬や錯誤が指摘されているのである。それでもこの書が、地誌としての文献的価値を失っていないのは、膨大な仙台藩の名所、旧跡、土産、伝説、和歌などを、伝え聞く限り、細大漏らさず記すという貪欲な知的好奇心に溢れているためであろうと推測される。また民俗学的な側面からも、この書を研究する価値は十分ある。でもやはり今日これを持って、郷土の歴史の掘り起こしや、史跡の研究をしようとする者は、十二分に注意をしてこれに当たる必要があることは言うまでもない。

2002年九月吉日 

佐藤弘弥
凡例
 
1、底本は、仙台叢書十五巻(上)、十六(下)所収のものを使用。
2、漢文の一、二点、返り点などは、省かせていただいた。 
3、旧漢字が変換できずやむを得ず■で表記している部分もある。
4、最終的には全文を掲載するつもりであるが、当方が任意で選んだ部分からデジタル化を開始することとする。
5、またその中の任意の文節に句読点(、。)を付したものもあるが、これはすべて読解をしやすくするために私自身が行ったものである。
6、デジタル化に際しての明らかな誤謬や錯誤、誤読と思われる箇所は、指摘していただきたい。
  
2002年9月吉日 
佐藤弘弥 


 
仙台叢書 第十五巻
郡 名
奥羽観蹟聞老志巻之八
黒川登米志太玉造賀美栗原
奥羽観蹟聞老志巻之九
桃生遠田本吉牡鹿気仙
奥羽観蹟聞老志巻之十
磐井胆沢江刺


奥羽観蹟聞老志補修篇
補修篇への序文
奥羽観蹟聞老志補修篇は、伊勢斉助という人物が、佐々木洞厳(義和)翁が編纂した大著「奥羽観蹟聞老志」の誤謬や不備を補修し、大正12年(1923)に完成したものを、後にその補修分だけを「補修篇」として抄出したものである。これは時代の制約の中で書き足りなかった事や錯誤などを補修し、後の世に真実を伝えたいという人間の「知」に対する執念のようなものが見え隠れしているようで、実に興味が惹かれるのである。

考えてみれば、洞厳翁が完成させてから204年の時代を経て、補修篇が書かれたことになる。補修篇の名は、後に伊勢斉助の功績を称えて命名された呼び名である。伊勢斉助は、「記念刊行の小言」と題した著者「識」の中で、この奥羽観蹟老聞志の補修について、このように述べている。

「(前略)実に本書は奥土の沿革来歴名勝旧蹟の研究材料の経典たることは論を待たざるなり。然れども本書は仙台領分の記述に詳しくして他領郡村の部に粗略、蓋(けだ)し封建時代の国法として他領に関する事情を記載する能はざるが為にして洞厳先生の時代にありてはやむを得ざる事と云ふべし。故に本書奥羽の二字を冠するは、是非とも之に増補修正を加へざるべからず。然るに享保以来殆ど百九十余年、今日に至るまで之が増補を試みたるものなく、空しく奥羽の二字を冠するは遺憾至極と云ふべし。是をもって余は、無学をも顧みず此補修の事業を完成せんと欲し身の窮達、家の興廃をも顧みず一心に思ひ立てり。(中略)洞厳先生に対しかかる不文をもって補修を加ふるは己を図(はか)らざる不敏の罪にて恐擢(きょうたく)に堪へず、是謹みて先生の霊に陳謝する所なり。(中略)大正二年十二月上浣 仙台旧市井臣 伊勢斉助 謹識」

上には、「識」を書いた日が大正二年十二月とあるが、これは十二年の誤記かもしれない。ともかく、伊勢斉助という人物は、並々ならぬ決意をもって、この奥羽観蹟聞老志の補修事業に執念を燃やし、二十年という歳月を要して、完成させたのである。当時、伊勢斉助は、商売を生業としていた市井の人であった。研究者でもない素人の彼がこの事業にこれほど心血を注いだ裏には、以下のような訳があった。本家の奥田家に直輔という人物が居て、この人物がこの事業を完成させるようにとの遺言を遺した。これを受け、斉助の父静雲堂という人物がこの思いを引き継いだ。しかし、思いを果たせず世を去る。そしていよいよ息子の斉助が本家筋の当主から数えて三代に渡る執念の種を実らせて、この補修事業を完成させたのである。

まさに一人の人間の思いというものは偉大だ。それは種子の如く、別の世の別の人間の心に当然のように引き継がれ受け継がれて、やがて美しい花を結ぶものなのであろうか。

仙台の市井の人の努力にて奥のいにしへ伝ふ華咲く ひろや

平成14年10月吉日

佐藤弘弥
仙台叢書 第十六巻
郡 名
奥羽観蹟聞老志補修篇巻之八
黒川登米志太玉造賀美栗原
奥羽観蹟聞老志補修篇巻之九
桃生遠田本吉牡鹿気仙
奥羽観蹟聞老志補修篇巻之十
磐井胆沢江刺



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