童話犬たちの声聞ゆ 

 

カタンと音がして、今日もボクはスイッチを押してしまった。ドアの向こうから、「クー」という声が聞こえた気がした。気のせいかも知れない。いつもそう だ。この前は、空耳とは思うが、「ありがとう」という声が聞こえて来た気がした。いやある時には、「恨んでやる」あるいは「お前も同じ目に遭う」という声 が聞こえたこともある。

犬たちの最後はいつも悲しい。野犬として捕まった時には、あれほど元気だったのに、飼い主も現れず、殺される前日になると、ふさぎがちになり、沈み込ん で、目からは輝きが失われてしまう。きっと犬たちも、自分が殺されることを分かるのだろう。

ボクが、市役所で、犬たちの安楽死を扱ってもうかれこれ、25年ほどになる。もう直、ボクも8月の誕生日が来て退職になる。どこかホットする気がする。ま さか自分が、野犬を処分する仕事に就くとは思わなかった。市役所に勤めたのは、おじさんのコネだった。市役所で、上司に呼ばれて、この仕事を言われた時に は、正直驚いた。自分の家にも犬を飼っていたし、野良犬とはいえ、命あるものを安楽死させる仕事をすることになるなんて。この先どうなってしまうのだろ う。罰は当たらないか、など色々と悩んだ末に、やることに決めた。

上司は、言ったものだ。
「誰かがやらなければならない仕事だ。今度退職する人が、20年間ひたすら続けて来た仕事だよ。是非お願いしたいんだ」

こう言われて断り切れなくなってしまった。江戸っ子ではないが、ボクには、頼まれたらイヤと言えないところがある。それからずっと、犬たちを安楽死させる 仕事を続けてきた。正直、少しばかり、20年過ぎた頃から、この仕事にも、プライドのようなものも出てきた。誰もできる仕事ではない。辛いこともある。結 局、人間の死も犬の死も、死は皆同じように平等にやってくる。しかしボクがやっている仕事は、野犬の命を奪う仕事だ。

人も犬も死ぬことに変わりはない。変わるのは、犬たちには、野良犬たちには人間のような名もなければ、墓もないということだ。いや強いて言うなら。犬の共 同墓地はある。だが、名前が刻印されていなければただの慰霊碑に過ぎない・・・。

この仕事を受け継ぐ時に、
「ありがとうと言って死んで行く犬もあるんだよ。君」という話を聴いた。
先輩の職員の言葉だ。その時は「そうか」と思った。でもなかなかその気持ちにはなれなかった。ボクも後を引き継ぐ職員に、言葉をあげようと思うのだが、ま だ考えがまとまらない。

すると、トントンとノックする音がして、ボクの後を継ぐ若者が入ってきた。 


「倉橋新一と申します。よろしくお願い致します。この課に配属されたからには、一生懸命に職務を全うしたいと思います。」そういって、ペコリと頭を下げた 若者は、小柄な男だった。やたらと愛嬌ふりまく犬のようにも見える。良く笑う子だ。いや、よく見れば、表情がそのように見えるだけか・・・。

「君が新しい人か。君つかぬこというけど、学校で先生に注意されたことはないか。何が可笑しいとか何とか?」
「はあ、それはあります。笑っていないのに、そう言われるんです」
「もしかして君は戌年(いぬどし)生まれか?」
「はあ、そうです。何で分かりました。」
「実は、ボクも戌年なのさ。丁度君とは二回り違うわけだ。」
「そうでしたか。何か、犬に因縁があるのでしょうか。私も」
「うん。どうかな。でも君ねえ。犬の一生を終わりにする役割というものをどのように考えて、ここに来たんだい。」
「それは、その、はじめは戸惑いました。昔、私の家にも犬がいまして、小さなスピッツでしたが、20年ほど母が大切にしていましたが、その母が、病気で亡 くなったあと、一ヶ月ほどして、亡くなってしまいました。」
「ほう、それは後を追ったんだな。ご主人さまの。」
「やっぱりそうでしょうか?」
「そりゃーそうさ。犬というものは、賢い動物だ。人間の理性とは違うんだが、意識というものもあると思うし、これから、君も死に行く犬たちに教わることが 多いと思うよ。」
「はあ、そんなもんでしょうか。あんまり考えると、ボタンを押せないような気がするのですが?」
「君、簡単にボタンを押すなどと言って欲しくないな。私はね。このポジションは、仕事と割り切って、やっているんじゃないんだ。ボタンを押すか押さないか で、決まるんじゃない。だって、君ねえ。野犬といったって、立派な犬も多いんだよ。何でこんな犬が捨てられて、ここに連れて来られなきゃーいけないの。犬 だって、生まれてこのかた必死に生きているんだよ。ここに来ると、大体の犬は、何で、オレこんな所に入られるの。という顔をして、吠えるんだ。早く出せっ てね。そして、ここにいる犬同士が、話をし始める。そして、またひとり、またひとりと居なくなるのを、見ていて、殺されるということを覚ってしまうんだ。 すると、犬は、長い長い遠吠えのような声で、泣くようになる。順番が近いことを知った瞬間さ。そしてどうなると思う次にその犬はさあ・・・」
「えっ、どうなるんですか。騒ぐんですか。檻の中で?」
「いや、その逆さ、静にしている。じっと檻の中から一点を見つめて、その瞬間が来るのを待っているんだ」

その時、犬の遠吠えが聞こえた。月に向かって吠える狼のようだ。
「今の声は、最後の叫びなんですか?」
「ああ、そうだ。今日の午後に君が行う初めての仕事で死ぬ犬だ。」

又、別の犬が吠え始める。
「あれ、別の犬ですか?」
「そう、あれも、今日殺される犬さ。どうした恐いか?顔を真っ青だぞ」
「いや、大丈夫です。」

もう一頭、別の犬が鳴き始め、犬舎の中が、騒然とした雰囲気になる。
「もうすぐ泣きやむだろう。お互いに、心配するな。と励まし合っているのさ」
「犬同士が、励まし合うんですか?」
「そりゃー、そうさ。犬だって、死ぬのは恐いのさ。だから、ああやって、励まし合って、恐怖を消しているんだ」

ピタリと声が止んだ。
「あのー。声がなくなりましたね。」
「どうだ。犬たちの所へ行って見るか。」
「はあ、はい、行きます・・・」


収容室のドアを開けると、犬舎は静まりかえっていた。20頭を収容する第一収容室には、現在15頭の犬たちが、飼い主が救いに来てくれるのを待っている。 根っからの野犬はいない。皆、それぞれの犬たちには、ご主人がいた。ここにいる犬たちには、皆、名前があったのだ。ご主人の側にいて、彼らの生活に癒しと 潤いを与え続けてきたはずだ。

それが今は、首に番号札を付けられて、モノ同然に扱われている。飼い主にも、きっと様々な事情があったのだろうが、愛犬を捨てるという無責任な態度には、 いつもながら、人間の勝手を思わされて腹立たしい。だったら、はじめから飼わなければいいではないか。本当にこの場所にいると、そのことを強く感じるの だ。

後ろから、恐る恐るついて来た新人が、何かにけつまずいて、犬の檻に寄りかかった。すると昨日入所したばかりのシェパードが、威勢良く、ワンワンワンと吠 えた。びっくりしたのは、新人ばかりではない。他の犬も、いっせいに吠えだしたから、たまらない。

「ごめん、ごめん、ごめんなさい」と新人が、犬に誤ったが、とても収まる気配はない。四方八方からの攻撃に、新人は、「どうすればいいですか?」と目で、 ボクの方を見る
瞳からは、今にも涙が溢れそうだ。

「落ち着け。まず、深呼吸しなさい。犬たちは、君を見ているのだ。君は敵か味方か。それを犬たちは探っているのだ。」
「もちろん。味方ですよ。ボクは味方じゃないですか」
「だったら、それを態度で示しなさいよ。ボクの背中で怯えている姿を犬たちは、見て疑っているんだ。」
「わ、分かりました。だけど、どうすればいいですか。」
「ひとりで、君がびっくりさせた犬に誤りに行きなさい。そして自分が味方であることを話しなさい。いいか、怖がっていてはいけないよ。自信をもって、さ あ」

「はい。そうします。」
新人は、ゆっくりと、新人の犬に向かって歩き始めた。
「だいじょうぶ。怖がらなくていい。そのシェパードも、昨日入ったばかりの新人なんだ。」
「はい。では新人同士ということで・・・」
シェパードは、いっそう激しく檻の中でキバを剥いて、新人を威嚇するように吠え続ける。

「ばか。そうじゃない。腰をひいちゃー駄目だ。堂々と、君はその犬のご主人だ。そして友達だ。危害を加えるつもりがないことを、伝えなさい。」
「はい。ボクは、新人だ。君もこの部屋の新人だろう。仲よくなれないかなあ。ねえ。友達になれないかなあ。」
檻から、20cmの附近まで近寄った新人は、震えた声で、話しかけた。するとその犬は、少しばかり、鳴くのを押さえて、ウーと下から新人の顔を覗くように 見上げている。
「駄目です。先輩。襲うような目をしていますよ。」
「だいじょうぶ。絶対だいじょうぶ。ほら、君に親愛の情を示し始めている。」ボクはそうウソを言った。
「そんなんですか。・・・ねえ。友達になろうよ。」
そして新人は、何を考えたか。握手でも求めるように、檻に手を近づけた。危ないと思ったが、もう遅い。新人の運に任せるしかない。

その時、奥の犬舎から、またあの悲しい遠吠えがした。明らかに、本日安楽死することになっている犬の声だ。それに続いて、別の犬が「ワォー・ワォー」と やった。その犬もまた今日、天に召される運命にある犬だ。その叫びが、ボクには「もう止めろ。ボクらのために少し静にしてくれ。」という声に聞こえた。

一番最初に吠えたシェパードが、分かったのだろう。先輩の悲しい願いを了解したというように、ワンと吠えて、静になった。

呆気に取られたのは、新人だった。
「えっ、いったいどうしたんですか。犬って、話せるんですか?」
「もちろんさ。人間ばかりが、会話をする訳ではない。君もいつか犬たちの話し声が聞こえるようになる。必ずいつか、分かる時が来る。」
「すごいなあ。そんな仕事だとは思いませんでした。」
「さあ、来なさい。天に召されるものの表情をみなさい」
ボクは、そう言って、奥の犬舎の方に彼を導いて行った。


奥には、悲しい運命にある二頭の犬がいる。一頭は、ナンバー08番の首輪をつけたメスのハスキー犬で、もう一頭は、ナンバー11番の秋田犬の雑種だ。最近 は、小型の犬が流行っているようで、大きな犬を捨ててしまう身勝手な人間が多くなった。ハスキー犬は、オオカミの血を引いているからか、その精悍を見てい ると畏敬の念さえ湧いてくる。ところが、今は、すっっかり意気消沈していて、その青い瞳からは、精気が消え失せ、ボクが、「やあ」と声を掛けても応える様 子はない。

「ちょっと、恐いですね。」
「何が恐いんだ君?」
「オオカミの雰囲気があるじゃないですか。ハスキー犬は・・・」
「オオカミに似て恐いか。そうか。オオカミは、最後まで人間にシッポを振らなかった種族だからな。オオカミとは”大きな神さま”と書いて”大神”という。 オオカミは山の神さまだった。日本オオカミは、明治まで立派に棲息していたことなんて知らないだろう。」
「ええ、知りません。では100年前には、日本にもいたんですか?」

「もちろん。生きていた。ところがね。人間の身勝手で、自分の生活の領域を山の奥まで、及ぼしたいと思うようになると、オオカミの強さが、邪魔になった。 そこで、狂犬病だとか、何とか、いい加減なデマを流して、結局、彼らを絶滅させてしまったんだ。ボクらの先輩たちがね。人間って本当に身勝手だろう。都合 のいいときは、チヤホヤしておきながら、いざ、邪魔になると、ポイと捨てたり、殺したりしてしまう。でもね。犬は単なるモノなんかじゃないぞ。彼らは犬な りに喜びや楽しみを感じることのできる立派な命ある者たちなんだ。人間という生き物が、はじめて一緒に暮らし始めたのも、犬族だからね。」
「人間の最初の友達が犬だったワケですね。」
「友達か。面白い表現だな。でも犬の友達の人間って、欲が深くて、頭が良いから、犬にとっては、本当に恐ろしい動物だよね。」
「犬の側からすれば、やはり人間は、怖い存在なんでしょうか?」
「そうだなあ。怖いと思うなあ。でも結局、野生の強い種は、繁殖を抑制されて、最近では、吠えもしなくて、従順な犬ばっかりが、飼育され、飼われるように なった。そう思わないか。」
「ああ、そうですね。ウチのスピッツなんか。うるさかったな。人の足音がしただけで、キャンキャンやってました。それが、今は、吠える犬は敬遠されるよう になったんでしょうか。」
「そうだなあ、ブリーダーも商売だから、売れそうな犬しか、育てないんだろうなあ・・・」

ボクは、殺されるハスキー犬の檻の側にしゃがんで、静に話した。
「エイト、君のご主人が現れることを願ったのだが、とうとう来なかった。残念だエイト。ボクは、もう時期この犬舎を離れる。ボクの後に、このクラハシ君と いう若者が来てくれることになった。君に紹介するよ。さあ、クラハシ君、エイトに挨拶してごらん。」
「はい、どうも、ク、クラハシです。何と言ったら、いいか。分かりませんが。一生懸命やります。僕たち、友達になれるでしょうか?」

急に、ハスキー犬が立ち上がって、「ワン」と吠えた。
新人は、びっくりして、その場に尻をついてしまった。
「エイトが、君にエールを送っているぞ。君が気に入ったみたいだな。」
「そうですか。本当にそうですか?」
「ああ、本当だとも。エイトは死を受け入れ、新人の君も受け入れている。素晴らしいことだよ。これは」

その時、犬舎のベルが鳴って、スピーカーから指示の言葉が聞こえてきた。


「清水課長、至急、面会室まで、お戻りください。捕獲犬NO33の飼い主と名乗る女性がお越しです。」

「何だって?」

「清水課長、至急、面会室まで、お戻りください。捕獲NO33の飼い主と名乗る女性がお越しです。」

ボクは、すぐに犬舎の非常電話を取って、「すぐ行きます」と告げた。

面会室に行くと、ふたりの女性がうつむいて坐っている。母と娘のようだ。娘がせっぱ詰まった表情で言った。
「すみません。ウチのアットを引き取りに来ました。」
「それは、どうも、ご苦労様です。まず犬の種類から聞きますから順番にお答えいただけますか?」
「はい」
「種類は?」
「シェパードです」
「性別は?」
「メスです」
「何歳ですか?」
「9才です」
「容姿の特徴は?」
「えーと、額にブッダのようなような斑点があります」
「ブッダって、すると眉間に黒いブチがあるわけですね」
「はい。そうです」
「どの辺りで見失ったのですか?」
「水森公園の川の辺りです?」
「水森公園ね。いつ頃?」
「3日前の夜です!!」
「3日前ね。なるほど、間違いないようですね。NO33の犬に。でもどうしてそんなに沈んだ表情なのお二人とも?」

ボクは、自分の行方不明になった飼犬が見つかったにも、関わらず、余りにも暗い顔をしているので、聞いた。

「それは、その・・・」母親の方が言葉に詰まって泣いた。
「お母さん。どうして泣くんですか?何か事情でもお有りなのですか?」
「・・・。」
娘が、横から助け船を出した。
「あのー。実は、私は娘で、別の所帯を持っているんですけど、母が事情があって、アットを捨ててしまったんです。父が、交通事故にあってしまって、看病や ら、パートの仕事やらで、アットの世話が出来なくなって、思いあまって捨ててしまったのです」
「ほお、気持ちは分からないでもないが、犬だって、家族でしょう。捨てるのは良くない。」

すると、母親の方が、激しく泣き出してしまった。
「あの、お母さん。私どもは、何もあなたを責めているんじゃないんです。分かってもらえばいいのです。これからは、大事に飼ってあげてくださいね。」
「申し訳ありません。アットが居なくなって、寂しくて、娘に電話したんです。そしたら『お母さん。どうしたの?』って言って、事情を説明したら、叱られま した。『何故そんなことをする前に、言ってくれなかったの』と。」
「すみません。母も疲れていたんです。母の夢にアットが出てきて、ワンワン泣いて訴えてきたそうなんです。それで私の所に電話が掛かってきまして・・・」
「分かりました。分かりました。じゃー早速、会いに行きましょう。おそらく、眉間のブチの特徴からも間違いはないと思いますから」

犬舎に入ると、アットと思われるシェパードが、ワンワンとシッポを振りながら鳴いた。
「アット。アット。ごめんなさい。アット」
母が駆け寄ると、犬は、「クー、クー」と何度も親愛の情を示して、檻の側にすり寄って来た。
新人が、「いや、本当に良かったですね」と笑ったような顔で泣いている。

「君もうれしいか?ねえホントに?」
「もちろんです。とても感動しています。犬の気持ちなってみればこんなにうれしいことはないと思います」

犬舎の犬たちが、一斉に、声を合わせて、歓びの声で鳴いた。
ワンワンワンワン・ワンワンワンワン。

ボクにはその鳴き声が、「ヨカッタ、ヨカッタ、ホントニヨカッタ」と聞こえた。
ちっともうるさくはない。むしろとても心地よく聞こえた。鳴いている犬たちの歓びがボクの心の奥の奥を心地よく振るわすのだ。今日、安楽死することが決 まっているエイトもイレブンも鳴いている。自分の不幸を忘れ、アットという若いシェパードの飼い主が現れたことを歓んで鳴いている。

「どうだ?うるさいか君?」
「いや、分かります。言葉には出来ませんけれど。みんなが、アットの飼い主が現れたことを祝っているんですよね。その思いが伝わってきます。あの先輩のよ うにボクもいつかは犬たちの言葉が分かるようになるように努力します。約束します」
「そうか。それはありがたい。人間と犬は、古くからの友だちだ。その長い付き合いから考えたら、言葉よりも、気持ちでボクたちは通じ合うようにできている んだ。」



ボクは、アットの檻のカギを開けて、外に出した。飼い主の母は、涙を零しながら、愛犬の首に抱きついた。愛犬は、ありったけの優しさで、飼い主を長い舌で ペロペロと舐めだした。唾液が顔中に付き、さらに涙がポロポロと落ち、母は、顔をクシャクシャにしながら、「ごめんね。こめんね」を連呼した。

「さあ、行きましょう。」
ボクが、外に連れ出すことを促すと、犬たちが、銘々で、足を踏みならし、トントントン、とやり出した。

アットは、仲間に、申し訳なさそうに、「ワンワン」と鳴いて応えた。
「申し訳ありません。ボクだけ外に出て」ボクにはそのように聞こえた。

その時、新人の倉橋が叫んだ。
「大丈夫。きっと大丈夫。みんなにも、迎えに来る人が居るよ。必ずね」

びっくりした。やけに自信に満ちた声だったからだ。この新人は大丈夫だ、とその時思った。もう何も教えることはない。この新人は、きっとボクとは違う方法 で、犬たちの命を大切にしてくれるはずだ。そう思った。

ボクは彼に言った。
「倉橋君、君は大丈夫。立派にやれる。いつも笑顔で、犬たちを励ましてくれ。最後の最後までね」
「はい。何とか、頑張ってみます」


「頑張ってみます」どころではない。彼は化けた。ボクは、この事件の半年後に退職をし、倉橋は、ボクの後を継いで、三年間、この仕事を勤め上げた。その 後、倉橋は、野犬問題を、社会問題として取り上げ、仲間を募って、野犬の里親制度を市に提案した。しかしそれが市政に取り上げられないとみるや、敢然と、 市議会選挙に打って出て、当選を果たし、見事その熱血ぶりで、野犬里親制度を実現させ、多くの野犬の命を救った。了

佐藤
 

 


2004.2.14
 

義経伝説ホームへ

義経エッセイINDEXへ