覚めし夢

「何を見て進ぜましょう」
 気がつくと、また、いつもの路地にいた。今夜の占い師は、背広を着た公務員風の中年男である。
「職業運と恋愛運を」
「生年月日は」
 見ると台上には筮竹も虫眼鏡も見当たらず、私の答をメモ用紙に書き取ると、男はやにわに高島易断の暦を出してめくり始めた。
「で、その後いかがですか」
「は……」
「二度目ですよね、お客さん」
 そうだったろうか。ほんの気まぐれに若い女占い師に見てもらった十年前のあの夜以来、いく度となく酩酊してはこの路地に迷い込んだ。その間、同じ占い師に二度巡り合うことはついぞなかったのだったが。
「まあ、ぼちぼち……」
 少しうろたえて、適当に話を合わせる。こんなことだから何をやってもうまくいかないのだと、またしても自己嫌悪が頭をもたげる。
「ふむ、うまくいってないようですね」
 男はちらりと私の顔を見上げると、またすぐに視線を暦に戻した。占われているというよりは、試されている気分になってくる。
「血液型は」
「け、血液型?」
 と、その時、見台の下で突然電話の呼出音が鳴り出したのである。男は動揺するふうでもなく、携帯のアンテナを伸ばして会話を始める。
 ──ああ、君か。───今はだめだよ、お客がいるから。────うん、必ず行くから。
 だんだん優しくなる声で話しながら、目だけはしっかりと客の方に向けられている。私は立ち去ることもできず、呆然としたまま男の声を聞き続ける。
 ──いいんだよ、そのことなら。────じゃ、切るから。────うん、ありがとう。おやすみ────────────────。


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