童話 白き石の神 



おとぎ話というものは、何故、「むかしむかしあるところに・・・」と始まるのであろう。何故「みらいみらい、これからずっとみらい・・・」と始まらないのだろう。まあ、それではSFにでもなってしまうであろうか。でもよく考えれば、時空がめちゃめちゃに絡み合うような四次元の時空間のなかでは、むしろ「みらいみらい」と言ったところで、リアリティが失われることはない。今やおとぎ話は、子供のためのものという考えは、固定観念にすぎない。

おとぎ話にリアリティを感じるというより、おとぎ話をどうせウソというレベルでしか、判断できない感覚の方が問題だ。そこで「みらいみらいずっとみらいに」と物語をはじめてみよう。
 

1 みらい、みらいの白き石

みらい、みらい、これからずっとみらい、森のなかに、未開の人々が、住むようになって、1億年近くが経った頃、ひとりの若者が、不思議な道具らしきものを、偶然に発見して、頭を抱えてしまった。つるつるとして白く輝くその遺物は、妙な形をしている。木でそのものを叩けば、不思議な音がする。きっとこれは楽器だったのだろうと、若者は思った。そこで、木とカヤでつくった家に戻ると、父親に向かって、トン・トン・トンと叩いて見せた。父親はびっくりして、それは何だ?どうしたのだ、と言った。若者は、「森の穴の中で見つけた」と答えた。

すぐに村で、その石のことが評判となり、その不思議な音色の白い石の前に、村中の者が集まった。そこで若者が得意になって、それをトン・トン・トンと叩くと、村中の者が、新しい太鼓だと信じて、踊りを踊り出す始末だった。その楽器は、近くの村にも噂が飛び火して、また多くの者が集まるようになった。やがて歌が出来て、踊りが更に工夫された。人々はその白い不思議な形状のものに神秘を感じ、やがて神聖なものとして崇め奉るようになった。歌と言っても、こんなたわいもないものだった。

 喜べよ、誰も誰でも喜べよ、
 踊ろうよ、誰も誰でも踊ろうよ
 踊れば楽し、山に行き雉の一つも獲ったれば
 貢げよ、貢げこの白き神なる石さま声を出し
 トン・トン・トンと喜ばれ
 トン・トン・トンと福を呼ぶ

噂は、噂呼び、その白い石は、神からの贈り物であるというような評判がたった。若者は、発見者というよりは、神に選ばれた者ということになり、瞬く間に絶大な権力を手中にするようになった。

白い不思議な石のために塔が築かれることになった。太い栗の木が、森の中から、石斧で切り出された。多くの者が、進んで切り出しを手伝った。瞬く間に、六本の栗の木が、ギ・ギ・ギィーと悲鳴を上げて倒され、村の中央の広場に運ばれて行った。六本の木は、深く穴を掘って真っ直ぐに立てられて柱となった。まるで塔は、お日さまへの階段のように聳えている。天辺には屋根が掛けられ、その中央に祭壇が作られた。塔には斜めに階段が左右に伸び、辺りには神聖な雰囲気が見る間に漂っていった。

そこに麻の衣を着た若者が、髪を後で束ねて、村人の前に現れ、ゆっくりと階段を登ってゆく。興奮が辺りを支配した。人々は明らかに何かを期待し、待っていた。若者は、祭壇の前にひざまずき、ただ無表情に塔の彼方のお日さまを見上げ、祈りを捧げた。人々はその光景に美を見た。皆がその神聖な美しさに酔っていた。すすり泣く娘がいた。卒倒し、周囲の者に抱きかかえられる女性もいた。若者は、呪文のようなものを唱え出すと、村人は、さらに興奮して、あの歌をたまらずに歌い出した。

 喜べよ、誰も誰でも喜べよ、
 踊ろうよ、誰も誰でも踊ろうよ
 踊れば楽し、山に行き雉の一つも獲ったれば
 貢げよ、貢げこの白き神なる石さま声を出し
 トン・トン・トンと喜ばれ
 トン・トン・トンと福を呼ぶ

しかし若者は、この歌を聞き流すだけで、一緒に歌ったりはしなかった。熱狂した村人たちの声がさらに高まると、若者はおもむろに、立ち上がり、祭壇に手を伸ばして、あの白い石を手に取って、軽く、トンとバチで叩いた。その音で、村人の喧騒は、一瞬にして止んだ。周囲を不思議な静寂が支配した。若者は、少しして、トンとやった。若者に神が憑依した瞬間だった。突然、若者は神の声を発した。
「聞け、そして踊れ、余の意志を伝える。余は大海が見たい。よってこの森から道を造って、海まで余を連れてゆき、同じように塔を建てよ」

興奮した村人は、口々に同意の声を発した。中でも、若者の父は、村人を代表して「白き石の神よ。承知しました。我々は海まで、道を造る。その換わり、我々の村を豊かにしてください」と言った。

神の憑依した若者は、「分かった。約束しよう」と叫んだ。そしてあの白い石を、トン・トン・トンと叩くと、直ぐさま、熱狂的な歌声が森を揺るがすように聞こえ、村人は踊り始めるのだった。

こうしていつの間にか、石を拾った若者は、神の意志を聴くことのできる者として権威付けがなされた。もしかしたらそれは村人が欲していたことかもしれない。ともかく暴力や争いもなく、和やかなうちに、白い石を所有する若者は、石をトン・トン・トンと叩くことで、神の意志を聴き伝える者という神話が一瞬のうちに成立したのだった。まるで天の神さまが、シナリオを書いた映画のように・・・。
 

2 川の民

大きな川の辺には、魚を獲って暮らす川の民が住んでいた。平和をこよなく愛する心の優しい人々で、以前には白き石の神を崇拝するようになった森の村とも交流をしていた。ところが、白い石の神を祭って熱狂するようになってからは、森の恵みを持って、川の民と大きな魚や貝と交換しに来たりしなくなった。川の民は、どうしたんだろう、と心配をしていた矢先だった。

そこに太鼓を打ち鳴らしながら、森の民が、白い石の神を先頭にして後進してきたものだから、川の民は、もうびっくりして、川の民のほぼ全員が、集落から川の辺の広場に集まってきた。元々、戦いなどということをしたことがない無防備な彼らは、カーニバルの行進でもみるような気持で、森の民を迎えようとした。

この川の民には、古くから伝えられているこんな伝承があった。
「むかし、そのむかしわが川の民は、大地をも揺るがすような丸い悪魔の球を作った。人の顔ほどのただの黒い球だったが、その球一個で、聳える山をたちまちのうちに平地にしてしまうほどの威力があった。雷神も怖れるほどの音を出して、ある時ひとつの山を崩す実験が行われようとした。ところが、その悪魔は、川の広場から山へ運び出すその途中で、猛烈な火焔を放って破裂してしまった。

すべては消え失せて、僅かに生き残ったわが民の祖先は、もう二度と悪魔の球のようなものを作ることのないようにした。何故あのようなものを作り、神の怒りに触れたのか、真剣な話し合いが持たれた結果のことだった。それからは、誰とも争うということをせず、山を破壊して平地にしようなどという不遜なことは考えないことになった。それからというもの、わが川の民は、川の辺で、魚や貝を獲り、野菜をつくり、小さな舟で、それを川縁に住む、仲間との交流のなかで、平和に暮らすようになった」

すでに悪魔の球が炸裂してから数千年が経っていた。文明の進みは遅く、それまで存在していた文字は、いつの間にか、不要ということで、忘れ去られた。しかしすべての文明の利器というものを捨てる覚悟をした時から、この川の民は、信じられない位に明るくなり、平和と静けさの中で、暮らしてきたのだった。

白き石の神を先頭にした森の民は、ますます川の民の広場に近づいてきた。川の民の長い髭を伸ばした長老が、手を挙げて、「良くお越しになった」と言葉を発した。すると先頭から白き石の神を持つ若者が進み出て、このように言った。

「さて、これはこの村の長老とお見受けする。我々は、今この白き石の神のお導きにより、海へ出る道を造っている最中だ。この川を渡り、海への道を造ることが必要だが協力してはくれまいか。舟を渡し、その舟を幾重にもつないで、橋を造って欲しいのだ。そうすれば我々は、あなた方を歓迎する。我々のこの隊列に加わって、海への道を進むのだ。いかがかな?」

長老はびっくりしたが、流石に長老らしく威厳をもってこのように答えた。
「はて、橋を所望とな。海へおいでになると。わしらであれば、舟にて、川をまっしぐらに海に出ることを考えるところを、森の民は、陸路を切り開くというお考えのご様子。まあ、わしの一存では決まられませんので、皆で話し合う時間を頂きたい。」

「時間とな。神の御意志でありますれば、早急にご返答願いたい」

「神と申されても、わしらにも水神という神はおりますぞ。まあ、分かりましたので、一時間ほどお時間を下さいますように。」

「いいでしょう。では良い御返事をお待ちしておりますぞ」

ただならぬ殺気のようなものが、若者の周囲には漂っていた。川の民の長老は、直感からこれが自分の村が、消えてしまいかねない大変な事態であることを察知した。直ぐさま、数人の長老を集めて、この無謀な申し出に対する返答が話し合われた。
 

3 川の民の決断

長老たちが話し合っている間、人なつっこい社交的な川の民たちは、川の畔の広場で、目を三角にした森の民の軍隊に、自分たちの持っている食物を捧げて接待に努めた。川の民は、惜しみなく与え、目を三角にした彼らに親しみと笑顔を振りまいて接した。

そしてあの白い石が、リーダーとなった若者によって、トン・トン・トンと叩かれた。その音に周囲の者が反応した。それまでまるで森のような軍隊の集団と思われていた固まりが、一瞬にしてバラると、その集団の中から、女や子供たちが現れて、憑かれたような目をして、あの歌に合わせて踊り出すのだった。

喜べよ、誰も誰でも喜べよ、
踊ろうよ、誰も誰でも踊ろうよ
踊れば楽し、山に行き雉の一つも獲ったれば
貢げよ、貢げこの白き神なる石さま声を出し
トン・トン・トンと喜ばれ
トン・トン・トンと福を呼ぶ

やがて彼らは、汗を滝のように流しながら歓喜を全身で表現した。若者は、この歌に合わせて、白き石をこれまでにない軽やかさで、トン・トン・トンと叩いた。すると不思議なことが起こった。川の民の中から、それまで楽しそうに見ているだけだった村人が、ひとり又ひとりと急に表情をこわばらせて、森の民の踊りの輪に加わってくるのだ。見る間に森の民の熱狂の輪は広がり、広場はまさに熱狂の渦と化したのだった。川の民の中で冷静さを保とうとする者がいた。でも自身の妻や子供たちが、急に熱狂の渦にいることを止めることは出来なかった。彼がどうしたのだ。戻れというように、手で合図を送ったが、妻や子供たちは、それをまったく意に介さず踊りに続けるのだった。

その間も、長老たちの論議は続いた。
「わしの意見を言わせてもらう。森の民は、何かに取り憑かれておるようじゃ。彼らに同調していては、この村の平和の秩序が乱れてしまいかねない。だからわしは彼らの要求を呑めないとして、断るべきだと思うがのぅ・・・」

「いや、わしだって、彼らは狂っていると思うさ。でもな彼らの三角の顔を見たか。もしも断れば、彼らはわしらの村に危害を加えるに違いない。それもこれまでにない方法でだ。だからわしは、彼らの言い分を聞いてやるしかないと思うのじゃ」

「わしも同感だ。わしは子供の頃こんな話を、じいさまから聞いたことがある・・・。何でも、森の民というのは、ずっとむかしから、わしら川の民に恨みを抱いているらしい。それはむかしわしらの遠い先祖たちが進んだ文明を持っていて、彼ら森の民を奴隷のように使役していたからだ。何でも彼らは、川の民の文明が、自分たちの命の森を破壊したと今でも本気で思っているらしい。彼らの森にいた獣や鳥が少なくなったのも、川の民が、どんどん大金で買っていって、それで減ったと思っているらしい。決定的なのは、あの山を崩す実験を行なったことだとさぁ。」

「うん。わしも聞いたことがある。いつも森の民に違和感を持つのは、そんな大むかしの歴史があったことが、心のどこかに残っているからかもしれない。やはり言う通りにして、彼らを通してやった方がいい。触らぬ神にタタリなしだからのぅ」

「いや。そんなことを言っては、わしらの民の主権はどうなる。誇りを失って、屈服するようなことは、すべきでない。」

外ではますます、歌と踊りの音が長老たちを急かすように大きくなって行く。

「何だ。この熱狂の高まりは?」反対を唱える長老が、言い終えるか、言い終えないうちに、会議をしていた葦ブキの家の戸が開いて、すっと、白き石を抱いた若者が入ってきた。

若者は語気強く言った。
「さて、皆さま、お話は決まりましたかな。我らが神の御意志に叶う時間はとうに過ぎておりますぞ。ご決断を早くしてくださいますよう・・・」

そう言うと若者は、長老たちの目をひとりひとり、じっと睨むようにした。しばしの沈黙があり、出迎えに出た最長老が、若者の前に進み出て言った。
「お若いの、あなた様は、わしらの民を何と考えておられるのか、あなた方がどんなことを考え、それがあなた方の神の御意志に叶うものかどうかは知らぬが、わしらにはわしらの崇敬する神がおられ、又長い間に培ってきた文化というものがある。それを無視したような今回のあなた方森の皆さまの行動にいきなり、同調せよと言われてもそう簡単にはいかぬもの。しかも会議の席に、いきなり入ってきて、決断を急かすようなことは、どんなことがあっても許されることではなかろうと思うがどうか?!」

極度の緊張がその長老の表情には漲っていた。

若者はそれに対して、周囲を罵倒するような大笑いをした後、手に持っていた白い石を両手で頭上に掲げながら、このように言った。
「ご意見は、それだけですかな。あなた方はまったく分かっていない。白き神の力というものを、いいですかな。外を見なさい。現実を知るべきですぞ」

若者は、部屋の戸びらを足で蹴って大きく開かせた。祭りの喧騒が、この部屋いっぱいに充満した。そしてしばらく長老たちは、丘の上にある自分たちの部屋の下にある広場で繰り広げられる光景を茫然と見た。そこには森の民に混じって踊る川の民の人々の熱狂した姿だった。ある者は、そこに自分の娘や孫子が、目を三角にして踊るのを見た。何てことだ、と思ったが、それは言葉にならなかった。

若者は、戸口に立って、「よく見ていなさい。白き石の神の力を」と叫んだ。そして白き石を、トンと打った。するといきなり、祭りの喧騒は、止まった。一瞬の静寂に、方々で、ため息が漏れた。更にトンとやった。すると正気に戻った人々から、次の指示を催促するような、熱狂の声が方々から発せられた。
「神よ」、
「我々にご指示を」、
「海への道をつくりましょうぞ」
そして若者は、トン・トン・トン・とやった。すると再び踊りが、始まった。

若者は、再び部屋に入り、戸を閉めて、言った。
「どのように解釈なさる。この現実を、白き石の神の世が近づいている。あなた方の神は、わが神に従うべきなのだ。あなた方の神を認めないというつもりはないが、格というものを考えて貰わねば困る。神にも序列というものがある。分かりますかな。」

ひとりの長老が思い詰めたようにして言った。
「許されんことだ。こんなことは許されんことだ。わしらにはわしらの路がある。わしらは川を使って海へ出る路を持っている。今さら、方々の民が平和に暮らす村を蹂躙して海への道を造るなんて、無謀な暴挙だ。許されん。しかもやり方が一方的ではないか?!」

次の瞬間、しゃべっていた長老の胸に矢が刺さった。長老はふいのことに「うっ」と唸って、その場にどっと倒れた。若者が、背中に背負っていた弓をとって、問答無用に矢を放ったのだ。
「何をなさる。お若いの」と最長老は叫んだ。
倒れたものは、刺さった矢を、渾身の力で抜くと、血がどっとばかりに周囲に飛び散った。
それでも必死で若者を睨みつけて、「到底許されることではない」と何度か叫んで、絶命した。
「我々は、争い事を好まない。平和裡に物事を運ぼうとしたのに、余りに無謀な発言をされたからこうなった。神の意志は絶対だ。よくこのことの意味をかみしめなさった方が、この村の民の為ですぞ。あと10分待ちましょう。それ以上は待ちません。白き石の神に従うこの村の皆さまをお連れして、それ以外の人々には、この村を速やかに離れていただくことになりましょう・・・」そう言って若者は、何もなかったように、広場の方に歩いて行った。
 

4 川の民の勇士

広場の中央に若者が現れた。踊り狂っていた者たちが、若者に気づいて、「白き石の神、白き石の神」と連呼した。若者は、その熱狂を弄ぶように、ゆっくりと白き石を頭上に差し上げた。若い女たちは、激しく身もだえながら黄色い声を張り上げた。涙を流し、卒倒する者が続出した。男たちは、石弓や石斧ををかざしながら、魂の内側から溢れてくる暴力のエネルギーのはけ口を若者に求めた。

もう誰も熱狂を止める力は持っていなかった。川の民の大多数が、森の民の若者のかざした白き石の神に魅入られたようになってしまったのだ。川の民の中にも、「これはおかしい」と思う者も僅かにいたが、余りの周囲の感情の高ぶりに対抗する機会と術を失ってズルズルと流れに身を任せる状況になってしまったのだ。ただひとりの男を除いて・・・。

その男は、名をスンと言った。先ほど若者に、殺された長老の息子だった。むかしから父親思いの物静かな男だったが、しかし彼は、まだ父親が、殺されたことを知らされてはいなかった。彼には恋人が居た。ケイという栗色の瞳をした娘で、ふたりは近々、川の辺の高台に葦の家を建てて結婚することになっていた。ところがケイは、スンの目の前で、突然目つきが変わり、例の森の民の歌と踊りの熱狂の渦に巻き込まれてしまったのだ。

「どうしたんだよ?ケイ」
「...」
「いったい何があったんだ?」
「...」
「答えてくれ、オレが気に入らないのか?」

まったくケイは、スンの言葉に反応を見せず、ただ森の民たちの歌と踊りの身を任せて、踊っているだけだった。困ったスンは、初めて恋人の頬を平手で「パチン」と打った。
「何するの、あなたは」
ケイは瞬間的に、その様に言ったが、すぐに元に戻って踊り出すのだった。
「目覚めてくれ。ケイ君は、ケイという名でオレの恋人だったはずだ。もうじきオレたちは結婚をするはずだったじゃないか。そうだろう」

スンの余りの剣幕に森の民の男たちが気づいた。石斧を持った者が2ほどやってきて、スンを突き飛ばした。
「敵対する者は消えろ。そうでなければ始末するぞ」
スンは、今事を起こせば、一瞬のうちに石斧で一撃を喰らってしまうことを直感し、静にその場を離れた。ふり返ると、恋人のケイは、目を三角にして、夢中で踊り狂っているのだった。

スンの耳に白き石を持っている若者の声が聞こえてきた。それと共に、一瞬にして、広場の喧騒は消えた。

「川の民の人々で、この隊列に加わったものは、幸いである。君たちは白き石の神に大いに祝福され、歓喜の時を、我々と一緒に迎えることになるであろう。たった今、諸君の長老たちの会議とやらに言ってきた。まったく古き者たちは、新しい世界の事が分かっていない。ましてや、この隊列に逆らう者が、私に反旗を翻すにいたったので、仕方なくこれを始末することになった。これは残念なことである。状況の変化というものを見れぬ者は、白き石の神のご意志によって、滅ぼされる運命にある。川の民よ、でも誤解してはならぬ。我々は諸君の村に厄(わざわい)をもたらしに来たのではない。諸君と共に栄えある未来を一緒に歩もうとして、ここにやってきたのだ。絶対平和の時が迫っている。しかし絶対の平和とは、戦によってしか創り出し得ないものなのだ」

その後に熱烈な歓声が巻き起こった。この時、スンの中で、何か不吉な直感が頭をよぎった。それは殺されたのは、きっと自分の父親であろう、という信じたくない思いだった。スンの父は、昔から正義感の人一倍強い人物で、常日頃から、「この世で一番大切なことは、いざという時には人のために命を投げ出す覚悟を持つこと」と語っていた。この不条理極まりない一方的な申し出に、父親ならば、絶対に反対するはず、最初に殺されたとすれば、父以外には考えられない・・・。スンはそう思ったのだった。
 

5 白き石のもたらす狂気

広場では、一通りの拍手と歓声が止むと、又あの白き石を持った若者の演説が始まった。

「諸君、もうじき時が来る。この村の長老たちには、10分の時を与えた。それ以上の時間は必要ない。川の民よ。諸君の村の長老たちは、ためらっている。いったい何をためらうことがあるというのだ。一緒に行こうと言っているのではない。協力をして欲しいといっているだけだ。舟を繋ぎ橋を渡すことにすら、あなた方の長老たちはためらっていて、もう一歩も進めないほど迷っている。実に愚かなことだ。さあ、行こう。長老たちの会議の場へ」 

若者は、広場の舞台から降りると、先頭に立って、曲がりくねった坂道を高台にある会議の場に向かった。 

スンは、一目散に長老たちの元へ向かった。父の万が一を考えるといても立ってもいられない気持だった。どうか無事でいて欲しい・・・そう念じながら。 

白き石の神を持った若者の後に、森の民に混じって、多くの川の民の者たちが、目を三角にして蟻の群れのように刻々と形を変化させながら、若者に付き従った。 

一足早く、会議の場に到着したスンは、ノックもせずに長老たちのいる部屋に入った。そこには、おびただしい血を流して倒れている父の姿があった。長老たちは、スンを憐れみを持って見た。誰も慰める言葉すら持ってはいなかった。彼らは、依然として迷っていた。話がまとまらないのだ。一応最後に、最長老が、「ここはいったん、あの若者の言う通りにして、やり過ごすしかない」と言った。そうでなければ、いきり立った森の民の軍隊の略奪と虐殺の危険すらあるからだ。もう完全に村の自治は蹂躙され、崩壊していた。もう一度これを建て直すには時間がいる。時間を稼ぐには、言う通りにするしかない。会議の長老の意見は、結局それで決まった。 

父の顔をかき抱き、その血を拭っていた若者が、ふいに顔を上げて言った。その瞳からは、涙がどっと溢れ出た。 
「みなさん、どうかこの父の無念の顔を見てやってください。私には細かい経緯は分かりませんが、父が何を言いたいのか、どんな行動をとって、このようなことになったのか、長年この父と暮らしたので、分かってしまうんです。きっとこの村を大好きだった父は、、この村が誇りを失ってしまったら、駄目だということを言いたかったのだと思います。それがこの村を支配しようと企む者の意にそぐわなかったから殺されたのでしょう。違いますか?」 

「そうだ。スンよ。お前の云う通りだ。わしらの村の気持を通そうとして、お前の誇り高き父は殺されたのだ」最長老が言った。 

その時、ザッ・ザッ・ザッという森の民の軍隊が大地を蹴立てる足音がして、若者が入ってきた。

若者は、殺気のこもった目でスンに一瞥をくれると、語気強くこのように言った。
「さて、長老のみなさん。時間は来た。返事を聞かせていただこう」

最長老が、静に立ち上がり務めて穏やかな声で言った。
「わしらの意見は決まった。あなた方の申し出を受け入れる。但し、わしらはあなた方と共に海に行くことはしない。当初の申し出の通り、川をあなた方の一団が通れるようにお世話をしよう。それでいいでしょうな」

「なるほど、では橋を造っていただけるわけですな。それはありがたい。歓迎する。でもひとつあなた方の思惑は外れておる。まだあなた方は、自分の村の人々の心が、この白き石の神の意志に付き従いたいと強く思っていることを分かっていない。ご覧なさい。この扉の向こうには、この神のご意志に従って、海にまで道を行進を共にしたいと集まってきているのだ。さあ、川の民の有志の諸君、お入りなされ。あなた方の長老諸君に、思うところを話されよ。さあ」

すると10名ほどの村の民が、スルスルとまるで意志を持たない人形のような形相で入ってきた。男子が8名ほど、そして女性が2名。ほとんどが20前後の若者だった。

スンがその中に恋人のケイがいることを見つけて、大声を出した。
「ケイ、どうしたんだ。何故こんなところに来る。ケイ」

しかしケイは、恋人の声には、反応しなかった。

若者は、ニヤニヤしながら、この光景を見つめている。

やがて、ケイが、一歩前に進み出て、美しい声で言った。

「私たち川の民の指導者のみなさん。あなた方は、この私たちの村をどのようにお考えですの。私は心配です。白き石の神さまは、さっき私の心に向かって、このようなメッセージを話されたのです。その声に私の心は、揺れ、そして白き石の神に心から従い申し上げることを決意したのです」

スンが大声で、ケイの話を遮った。
「何を言っているケイよ。お前は誇り高きこの川の村に生まれたことを忘れたのか。お前の父は、この川を自由に行き来して魚を獲る舟漁師の長ではないか。父の誇りを無にするような言葉を言う娘ではなかったはずだ」

若者が、苦々しい顔をして、部下に合図を送った。ドカ、ドカと無粋な石斧を持った三名の兵士が、直ぐさま、スンを押さえつけて、外に連れ出そうとした。スンは何度も「離せ」と言いながら抵抗を試みたが、どうしようもなかった。若者は、部下の兵士に首を掻き切るゼスチャーの合図を送った。

ケイは無表情のまま、話を続けた。
「私は白き石の神に従い、海まで、森の民の人々とご一緒したいと思います。多くの村人が既にこの白き石の神に従っています。ですから指導者のみなさまもお考えを変えて、私たちと一緒に参りましょう。必ずや白き石の神さまは、私たちに幸いをもたらしてくれるでしょう。ですからさあ一緒に・・・。」

「何を信じようと、今になっては自由かもしれぬ。でもケイよ。お前には、スンの言葉が響かぬのか。ええ、白き石の神さまより、お前のことをずっとずっと心配しているあのスンの言葉が響かぬのか」最長老が言った。

「スン、何か聞き覚えのあるような、ないような、でも白き石の神さまの前では、どうでも良いことのようにも思えますの。夢がスンならば、現実こそは白き石の神さま。夢はただ夜の短いつかの間に見る幻。現実の幸こそ、私には必要なのです」

「分からぬ。まったく分からぬ。今まで、仲睦まじく。過ごしていた二人の恋は、夢幻だったというのか、ケイよ。目覚めよ。お前にとってケイこそ現実ではないのか」

白き石を持った若者は、もう限界だという風な顔をして言った。
「もう良い。ケイとやら、この人たちは放って置けば良い。村人のほとんどの者が結局我々に付き従うことになろう。そしてここに残るのは、足の不自由なお年寄りばかりになるはずだ。まあ良い。ここはまず橋を造って貰おうか。指導者諸君」
 

6 友の力を得て

橋を造る作業が始まった。川の民たちは、出来うる限りの舟を終結させ、それを綱と蔓を用いて結わえ付ける作業を続けた。もう一瞬の猶予も許されなかった。森の民の兵士たちは、武器を片手に、橋の出来上がるのをじっと見つめている。

若者は、見晴らしの良い段丘に腰を下ろして、鋭い視線を送っていた。そこに五人の兵士が慌てたそぶりでやってきて、そのうちのひとりが若者の耳元で、何かを囁いた。すると見る間に、若者の表情は、険しくなり、側に置いてあった鞭を持って、したたかに打った。五人は地にひれ伏して若者に許しを乞う有様である。やがて若者が、鞭を持って、何かを指図すると、その者たちは、脱兎のように走り去って行った。彼らはスンを逃した兵士たちであったが、「もしもこのまま逃亡者を見つけられなければ、厳罰にする」という命を受けて、探しに向かったのだ。

スンは、殺される寸前、相手の武器を奪って、激しく抵抗をし、川に飛び込んで、逃亡に成功した。下流の葦原に泳ぎ着くと、どのようにすべきをじっと考えた。たったひとりで、広場に戻っても、同じことになってしまう。ふとその時、友の顔が浮かんだ。名をシムと言った。身体の大きな男で、父親譲りのイカツイ顔をしていたが、根っからの大人しい性格の男で、スンはこの友人が怒った顔を見た試しがない。舟漁師の父は、彼が子供の頃に、嵐の夜に舟が流されて亡くなった。優しい母に似て、性格は優しいく、困っている人間がいれば黙って見過ごせないところがあった。

スンは、まずこのシムの家に向かった。裏口から中を除くと、シムの母が、魚を獲る網を繕っているところだった。スンは、急いで中に入ると言った。
「シムは、何処ですか?」
「あっ、スン無事だったの?」
「ええ、何とか、逃げて来ました」
「良かったわ。シムは、橋造りにかり出されて行ったわ」
「そうですか。ではあの船着場にいるわけですか」
「そうだと思うわ。でもいったいどうなってしまったの?私にはまったく理解できないのよ」
「私だって分かりません。父は殺され、ケイは気が変になってしまいましたから・・・」
「白き石の神って一体何なのよ。私たちには水神様がいるでしょう。森の民にだって、山の神がいるはずでしょう。それがいつの間に、石の神様なんか、お奉りするようになったの?」
「きっとあの若オサが持っている石が、特別な力を持っているのでしょう。ケイは、もう私のことも忘れてしまったようなのです・・・。でもシムは大丈夫ですか。心配していましたが」
「ああ、あの子は大丈夫よ。父親のことを心から尊敬しているし、その父親が敬愛していた水神様を大切にしているもの」
「それは良かった。もしもシムがおかしくなっていたら、どうしようと思って来たんです」
「スン、あなたには何か、良い考えがあるのね、あなたも立派なお父上を殺されてショックでしょうね。でもあなたならできるわ。私たち川の民が、こんなことで駄目になってしまうなんてね。そんなことがあってはならないわ。私にできることがあれば何でも言ってね。協力するから」

「ありがとうございます。私にはシムの力が要ります。今は言えないけれど、シムの協力があれば、きっと道は開けるでしょう」

スンは、そう言い終えると、シムの母から衣服を借り、変装をして、橋造りの工事現場に向かった。
つづく

 

 


2002.9.9
 

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