31年振り
吉田拓郎つま恋コンサート


−タイムカプセルを開いた団塊世代のカリスマ−



フォークシンガー吉田拓郎とかぐや姫のコン サートが、2006年9月23日(土)31年ぶりに静岡県掛川市「つま恋」で行われた。集まった聴衆は、3万5千人というから驚きだ。しかも鈴なりとなっ た中高年世代の観衆が8時間のコンサートを立ちっぱなしでリズムを取り気勢を上げる姿は壮観というよりも、高齢化社会の中で、新しいムーブメントが起こり つつあることを見せ付けられる思いがした。

私はこの様子をテレビで観たのだが、かつての若者のカリスマ吉田拓郎も今年で還暦の60歳になったという。しかし ふしぎなほど若く見えた。かつて、全共闘全盛の時代にあって、吉田自身は、全共闘というよりは反抗的若者の象徴的存在であった。

このコンサートをテレビで見ながら、最初は何か時代遅れの歌に思ったが、「流行歌」というものが、醸し出す時代の 風のようなものを感じてしまった。そうこうしているうちに吉田拓郎という人間の年輪のようなものに触れ、けっして熱心なファンではないのだが、僅かばかり 共感のようなものを感じた。

それはボブ・デュランなどのアメリカンフォークの模倣をしながら、自分なりのオリジナル曲を作り、さらには吉田拓 郎自身、自らの詩が湧かなくなると、作詞家の「松本隆」や「岡本おさみ」らとのコラボレーションを通じ、「襟裳岬」のような演歌にも通じるような歌を作る に至ったのである。

この吉田拓郎というミュージシャンの辿った音楽活動の軌跡は、そのまま日本人の戦後の精神史と重なる部分があるの かもしれない。アメリカの音楽の影響を受けながら、徐々に自分らしい音楽を作った過程は、日本の政治経済のアメリカ民主主義の受容の歴史とも重なるのであ る。

正直に言えば、ボブ・デュランの歌を通してフォークソングに触れた私にとっては、吉田拓郎は岡林信康同様好きな ミュージシャンではない。デュランとの比較で言えば、純粋な社会問題に対する向き合い方が非常に曖昧である。もちろんそれでも彼が日本のポップミュージッ クひとつの源流となったことは否定できない事実だ。

そして吉田拓郎においてもっとも大事なことは、彼自身が、一切そのスタイルを変えることなく、30数年間、ひとり のミュージシャンとして、同じスタイルを貫き通していることだ。考えてみれば、この存在の仕方は、今やすっかりアメリカの伝説と化したボブ・デュランと相 似形を成しているようにも思える。最近、ボブ・デュランは、最新アルバム「モダンタイムス」(2006)が、傑作アルバム「欲望」(1976)以来の大 ヒットをしているようだが、この動きとシンクロしているようでもある。

デュラン同様、吉田拓郎の、一音楽家として走り続けるというところがすごい。スタンスがブレないところもいい。確 か70年代半ば、「フォーライフレコード」というレコード会社を井上陽水らと設立し、社長の座に納まりながら、その座をあっさりと降りて、自分の音楽の世 界に戻ったこともあった。外見もまた髪型から体型から、着るものの趣味までほとんど変わらない。この拓郎の不変の姿を見に3万5千もの観衆が全国から集 まったということか。すると彼は観客が自らの人生を計る時計か灯台の役割だったとも言えるだろう。

しかしここに集まった聴衆を冷静にひとりひとり見れば、その多くは、自分でも信じられない位に変化をしてしまった はずだ。ヤセッポチはフトッチョに、愛らしかった少女は、ママに、とんでもない金持ちになった者、逆に人生に躓いて、社会の底辺を這い蹲るようにして生き ている人間だっておそらくいるだろう。しかしそれでも変化しない吉田拓郎を見ているすべての聴衆は、青春時代の自分に戻って夢一杯の時代に浸っていられた のかもしれない。その意味で、今回の「つま恋コンサート」は、団塊の世代が31年ぶりに開いた音楽のタイムカプセルだったとも言えよう。そしてこのコン サートの前では、人生の成功者もそうでない者も、みんな同じ時代を生きた仲間同士でいられる至福のひと時であったかもしれない。

それにしても、ひとりの還暦のミュージシャン吉田拓郎が、「いやいやまだ若者には負けないぞ」と言わんばかりに、 天然記念物トキよりも珍しい存在となりつつある「平成の頑固オヤジ」として、ステージにデンと仁王立ちする姿は、痛快であると同時に日本といういささかひ 弱化したかに見える国にとって大いに意味があることだ、とつくづくと思ったのである。

 年長けて還暦越ゆる拓郎の「つ ま恋コン」に人あふれ来る
 夏過ぎて薄波打つ秋晴れの「つ ま恋コン」に中高年燃ゆ
 「つま恋コン」集ひ来たれる聴 衆の年齢足せば150万歳
 歌の道ただ一筋に歩みても拓郎 吠ゆる「人間なんて」
 星空のつま恋あがる花火より名残り惜しきと拓郎見つむ




2006.9.25  佐藤弘弥

義経伝説

思いつきエッセイ