サブプライムローン問題と日本経済

ー世界経済は大恐慌へ向かうか、それとも収 束か?!ー

はじめに

日本のみずほコーポレート銀行が、1月15日、サブプライムローン問題で、深手を負って、トップまで代わってしまったアメリカの大手証 券会社メリルリンチに対し、12億ドル(約1300億円)の出資をすることが発表され、話題となっている。

メリルリンチに対しては、この他にも、「クウェートや韓国の政府系ファンドなどが出資する予定」(アサヒ.コム 15日夜)で、その総 額は66億ド ル(約7100億円)規模になるようだ。そんな中で、日本の株価は、二年ぶりに1万4千円を割り込んでしまった。いったい日本の株価はどうなってしまうの か。そしてサブプライムローン問題の行方は・・・。

1 サブプライムローン問題についての楽観論

今まさに、世界中の人々が、歴史としてしか知らなかった1929年のアメリカ発の世界大恐慌の悪夢が再現されるのでは、との不安感(悲 観論)が、日増しに高まっている。

それほど、2007年7月に、突如として顕在化した「サブプライムローン問題」が、世界の金融市場を揺るがしていることになる。

この問題はアメリカにおける不動産バブル崩壊とも言うべきゆゆしき問題である。サブプライムローンとは、低所得者層向けの住宅ローンの 事であるが、アメリカの金融機関は、複雑な金融工学の手法を駆使して、これを証券化し、世界中の投資家たちに販売してきた。

そのために、世界中でこの証券が不良債権化し、あるいは不良債権になるのではとの憶測から、アメリカの銀行を中心とする株式が売られ、 世界的な株価下落の最大の要因となっている。

正月明け、この問題と日本経済の今年の動向について、元日銀理事で野村総研の理事長だったエコノミストの鈴木淑夫氏(1931ー )に 意見を伺う機会があった。

氏は、何か問題があると、アメリカのエコノミストたちと、電話会議で議論をしている金融経済の専門家であるが、「楽観論と言われるかも 知れないが」と前置きした上で「現時点では、世界経済にとって、大変な波乱要因だが、本年の中頃6月頃から、意外とあっさり解決の方向に向かうの ではないか」と言われた。

2 アメリカ経済の底力と政府系ファンド、そして有能な人材

その第一の根拠はアメリカにおける情報開示が徹底していることだ。日本の不動産バブルの時には、日本の金融機関が問題を棚上げし、隠し ているような ところがあったが、アメリカ企業の情報開示は、冒頭で述べたメリルリンチでもそうであるように、スピードがあり、しかも徹底している。バブル時の日本の金 融機関のように、「ツーレイト・ツーリトル」で、ズルズルと泥沼になるようなことはなく、これを支援する側の金融機関や政府系ファンドにも納得の行くとこ ろがある。

第二の根拠は、政府系ファンドと呼ばれる新しい巨大投資家が、石油価格の上昇に伴って肥大化し、これがサブプライムローン問題で、リス クを抱え込んだアメリカの銀行に対して、資金注入をしているという現実だ。

例えば、サブプライムローン問題で、一兆円を越える不良債権を抱えたと言われていた米金融最大手シティグループに対し、昨秋、アブダビ 投資庁(アラ ブ首長国連邦の政府系ファンド)から、75億ドル(1ドル108円換算で81000億円)の出資を受けたのだが、さる1月15日の「米CNBCテレビは、 シティは15日の決算発表で、信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)関連などで最大240億ドルの評価損を計上する見通しだと報じた」(1 月15日 NIKKEI NET)。これによると驚くべき事に、赤字は一兆円から、二兆六千億円まで更に拡大していることになる。

ところが、15日付けのウォールストリート・ジャーナルによれば「シティは総額100億ドル規模の資本増強を行う。シティ株3・9%を 保有するサウ ジアラビアのアルワリード王子やシンガポール政府投資公社(GIC)、クウェート投資庁などが出資に応じるとみられ、GICが最大の出資者となる可能性が 高いという。」(1月15日、産経ニュース)ことだ。不思議なのは、このところ、シティグループの不良債権の開示を受けて、株価は逆に4日連騰しているこ とだ。要は不良債権の開示によって海外投資家の信任を得たということになる。

第三の根拠は、アメリカは大統領選挙を控えており、ブッシュ政権が、積極的なドル防衛策、株価防衛策を採るとの見方があることだ。

そう言えば、先週、バーナンキFRB議長が、昨週、1月月内にも大幅な金利の引き下げをするとの言明をした。これにアメリカ政府が、日 本の不動産バ ブルの最後のタイミングで、公的資金を注入したような、大規模な手を打つ可能性があるとの憶測も呼んいる。つまりこれはブッシュ政権が、大統領選というこ ともあり、金融政策、財政政策両面から、本格的な景気浮揚策を打ち出すという期待感が強いということになる。

事実1月14日のダウは、これに応えるように、171ドル高騰を見せた。しかしながら、これに反応を示さないのが、日本の株価である。 日経平均は、 これまでアメリカの株価に連動したのだが、今回は逆の動きをして、1万4千円を2年ぶりに割れるという低迷ぶりだ。この無反応でなのは、第一の原因は、ま ずアメリカが金利を下げるのに対し、日本は金利を上げる流れにあること。第二に足もとの日本の景気が減速していること。第三には、国内要因として、貸金業 法の改正に見られるような、金利規制、総量規制 などの法制化などによって、魅力のない投資先と海外投資家から、日本の金融システム全体が見なされていることが上げられる。

第四の根拠は、日本不動産バブルの発生と退治のメカニズムを研究しているノーベル賞級の経済学者が、次のアメリカの経済政策は自分が担 うと待ちかまえていることだ。

3 サブプライムローン問題と日本経済

サブプライムローンの動向が、鈴木淑夫氏の考えるような形で収束に向かうか、どうかは分からない。鈴木氏は、サブプライムローンについ ては、楽観的 な見通しを語った。

確かに、アメリカ経済を冷静に見てみると、今アメリカは、サブプライムローン問題で大いに苦しんでいる。しかしアメリカは、自国の経済 構造をこの十数年の間に 見事に製造業型から金融資本型経済にシフトさせたことは事実だ。また良い意味でも悪い意味でもアメリカ経済は、依然として世界経済のエンジンであり、アメ リカ経済には、EUもBRICs(中国、インド、ブラジル、ロシア)も太刀打ちできる力はない。

つまりアメリカには、まだまだ本土に世界中の資金を還流させるだけの底堅い力がある。例えばアラブ首長国連邦の政府系ファンド「アブダ ビ投資庁」などには、中東の軍事的バランスを考え合わせた時、アメリカの政治的影響力がな いと、アラブ急進派からのテロ攻撃の標的になってしまう可能性が高まるということもある。中国やインドだって同じだ。アメリカ経済の発展の上に、中国やイ ンド経済の高い成長性は維持されているのだ。

さてここから日本の持続的成長を可能にする処方箋が見えてくる。一番大事なことは、まず日本市場が世界中の投資家から、「魅惑的な市場 だ」と判断さ れる状況をつくることだ。日本人は、とかく海外の投資家が「ファンド」を組んでやってくるのを、幕末の「黒船」のように悪意で見る傾向がある。

例えば昨年から外為法の改正によって容易になった日本企業への直接投資について、早速外国から投資してきた「ファンド」を、「ハゲタ カ・ファンド」と呼び、NHKが、昨年偏見に満ちた連続ドラマ「ハゲタカ」を創作したことは記憶に新しい。

問題は、外国資本をプラス思考で受け入れられるかどうかだ。外国資本を受け入れることで、国際的な経営感覚と企業統治のあり方を養うこ ともできる。 それを「乗っ取り屋」で片づけてしまうと、まるで鎖国状況の徳川の世と同じになってしまう。もちろん「過剰なグローバリゼーション」や「市場原理至上主 義」は、話しにならないが、世界中から日本に資金が入ってくるのを前向きで捉えて、世界に打って出る位の気概は必要ではないだろうか。

結局、このドラマは、日本人に「ファンド」は「乗っ取り屋」=「ハゲタカ」という負のイメージを定着させてしまった。これでは、ますま す、海外投資 家は、日本への投資を回避してしまい、BRICs(中国、インド、ブラジル、ロシア)と呼ばれる新興国などに資金が流れてしまうのは仕方のないことだ。


4 世界一債権国だが日本人にその実感がない不思議

サブプライムローン問題に楽観的な見通しを語った鈴木氏が、もう二点強調されたことがある。ひとつは、日本人一人当たりの名目GDP(国内総生産)が大幅 に下落していることへの懸念だ。これが何と、1993年度の世界2位、2000年世界3位から、2006年で第18位まで急激に低下してきている。鈴木氏 は、「これが日本人が景気が良くなっていると実感できない根底にある」と分析する。

また氏は「これは日本の世界経済での地盤沈下を物語るもので、放置してはいけない」と強調された。個人的な感覚で言えば、確かに海外で円を使う時、安いと 実感することがなくなった。これは購買力平価で証明できるが、相対的に円の価値が下がっていることを意味している。

考えてみれば、日本は世界一の債権国である。言うならば世界一の金持ちが、金持ちと自分を実感していないから、つい買い物(消費)も控えめになってしま う。確かにこれが現在の日本の庶民の景気感なのかもしれない。日本人は、世界一の債権を抱えているという実感がないどころか、老後の頼りと考えていた年金 が壊滅的な状況となって、生活を切り詰め、個々人の預金を増やさねば、あるいは民間の保険で補うことは可能だろうか、などと考えるまでになっている。

それに対し、世界一の借金国アメリカはどうか。アメリカでは。つい最近まで、世界中から金をかき集めては、湯水のように消費しまくってきた。

この日米庶民の感覚は、まさに陰と陽か、あるいはアリとキリギリスほどの違いがある。ちなみに、06年度末の日本の純債権残高(総資産から債務を引いた 額)は約216兆円。逆にアメリカの純債務残高は約264兆円となっている。このことは、このところの金融緩和と円安の長期化によって、輸出に加速度がつ いて、貿易黒字が溜まったものと判断されるが、やはり明らかに行きすぎであり、世界経済の歪みとして是正されなければならない。


5 日本人の財産(対外債権)を弾力的に運用をせよ!!

もう一点が強調されたことがある。それは「円jが、実力以下にしか評価されていないことだ。これを実力に見合った水準に引き上げ、アジアの基軸通貨(世界 の基軸通貨のひとつにする)にする、という思い(構想)である。円と日本経済の実力が過小評価されている現実を、何とかしなければという思いが鈴木氏から ひしひしと伝わってきた。

この点について、鈴木氏は、自身のサイトでも、このように強調されているので、正確を期す意味で引用させていただく。

今後は金利水準の正常化を急ぎ、超債権国、超物価安定国の日本に見合った円相場の 水準を実現しなければならない。金融の規制をグローバル基準で緩和し、円を使い勝手のよい通貨にしよう。健全で使い勝手のよい円は、国際通貨としてもっと 使われるようになる。地盤沈下している日本の為替市場、金融市場、株式市場の国際的地位も回復する。

その中で、円建ての国際金融・資本市場の発展を促そうでは ないか。そうすれば、日本の巨額の対外債権のうち円建てで保有する部分が増え、為替変動リスク(とくにドル安による減価)を免れる。対外債権の効率的運用 もやり易くなる。これは国民生活の基盤である国民の貯蓄残高を効率的に運用し、日本の国民所得を増やすことにほかならない。The Suzuk. Journal、年頭コメント「円と日本経済の沈没」よ り)



6 強い円が日本の景気を浮揚させる?!

鈴木淑夫氏のお話から、私なりに日本経済の現状を解釈させていただければ、以下のようになる。

日本経済が長期に渡る金融緩和と円安政策によって、輸出産業優位の経済構造となり、内需型の企業は、厳しい状況となった。一方、円の実力は過少に評価さ れ、その結果、日本は世界一の債権国となったにも関わらず、日本人は自分たちが、豊かになったという実感が持てないでいる。

これは、日本が溜め込んだ債権の有効活用がなされていないためである。この現状を打開するには、この対外債権の弾力的な運用を考える。これによって、運用 された資金は、GNP(国民総生産)を押し上げる効果をもたらし、日本経済が輸出企業一辺倒の罠から脱却して、輸出型と内需型企業がバランスの取れた成長 が出来るようになる。もちろんこれを金融と財政政策両面から行う。

こうして「円」の国際的評価が実力に見合った水準となり、東京市場が、アジアの国際金融センターとして機能するようにする。もちろん、現在格差拡大の元凶 ともなっている日本の低い労働分配率を改善して労働者の給料を引き上げる必要がある。それは消費を喚起することにも是非とも必要なことだ。


7 「コモディティの罠」と資本開国

さて、日本市場が、世界中の投資家から投資対象として評価される魅力的な市場となるためには、どうしたらいいのだろうか・・・。

鈴木淑夫氏と同じように、経済学者野口悠紀夫氏(1940ー )が、「資本開国論」(ダイヤモンド社 07年5月刊)で述べられたお考えを紹介する。

野口氏は、日本経済が「金融緩和、円安政策からの脱却」を果たし、貿易で溜め込んだ対外資産を効率よく運用し、「資本開国」を進めることだ、と説く。ここ までは、鈴木氏と同様の考えに見える。

野口氏は、民間企業については、重厚長大型の製造業中心のビジネスモデルから、一日も早く脱却して、「コモディテイの罠」から逃れなければならないと語 る。

「コモディティの罠」とは、野口氏の説明によれば、「差別化特性がないために値下げ競争に陥りやすい製品やサービス」(前掲書  3頁)を生業とするビジネスモデルに、日本企業のほとんどが陥っていることを言うのである。

日本でも、やはり企業文化として、「グーグル社」や「アマゾン社」などのように、自らの発想力で新たな市場を創出してしまうような独創性のある企業が出て 来なければ、たとえトヨタやソニーのような国際的大企業でも、「コモディティの罠」に陥ってしまう可能性はある。

今のままでは、日本経済を背景とする日本市場は、新興国の驚異的な成長性を考えると、10年も経たずに、アジアの東端にある投資的魅力に乏しい小国に成り 下がってしまうことを覚悟しなければならない。


8 結論 庶民感覚こそが大事

本記事を読んで、難しい、と感じた読者諸氏もおられたかもしれない。卑近な庶民感覚で言えば、経済指数の分析から、「以前とし て景気は上昇局面にある」などとする見方は、はっきり言って、庶民感覚から著しく乖離してしまっていると私も思う。

問題は、さっぱり、景気の良さが実感できないという庶民の素朴な「感覚」から物事を考えることだ。それは、トヨタやキャノンなどの国際輸出関連企業の収益 のグラフが急激に右肩上がりになっているのに、反比例して、国民一人当たりの年間所得が急速に低下しているグラフひとつで説明がつくことなのだ。

日銀や政府統計によって発表される経済指数によって語られる「景気の拡大」とは、早い話が、国際優良企業が、正社員を非正規社 員に代えることでもたらされたものである。

庶民一人当たりの平均年収が、大きく減少に転じ、日本中で平均年収が200万にも満たない人が1千万人もいるという現状は、異常としか言いようがない。

「格差拡大」の現実はやはり何よりも重いものだ。これを早急に是正し糺すためにも、与野党政治家、企業経営者が一体となって、鈴木淑夫氏や野口悠紀夫氏の ような識者の意見を入れて、日本経済立て直しに正面から着手しなければならない。了

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2008.1.16 佐藤弘弥

義経伝説
思いつきエッセイ