スピルバーグの物腰

天才スピルバーグも大人に


 
 
スピルバーグとはじめて会った人は、みんなその風貌の優しさとその静かな物腰に驚く。

”これがあの天才スピルバーグなのか”と。そのスピルバーグがこの度、ユダヤ人強制収容所での過酷な脱出劇を描いた「シンドラーのリスト」を描いてから二年ぶりに、何と竜巻を追う男たちを主人公にした娯楽映画「ツイスター」をプロデュースした。

この二年間、彼はナチスによるユダヤ人の悲劇を研究するとともに自分の人間としてのルーツを考えていたと言う。そして彼はこともなげにキリスト教からユダヤ教に改宗した。欧米社会において自分がどんな宗教を持つかという問題は、日本人の無宗教的な価値観では計り知れない重要な問題だ。

改宗には人生観を変えるという意味がこめられている。現代ポップス界で、ビートルズと並んで、もっとも重要なアーチストであるボブ・デュランも自らのルーツであるユダヤ教にに改宗した経緯がある。それ以降、彼の書く詩は、単なる若者の社会的反抗(プロテストソング)といった域を超えて、人生の濃淡を深く抉るような濃密なものとなった。

同じように、これからのスピルバーグの作品も、今後「シンドラーのリスト」のような流れをくむ深く重いテーマの映画が主体になって来るかもしれない。そしておそらくカーチェースの「激突」やサメの恐怖「ジョーズ」、異星人とのコンタクトをファンタステックに描いた「未知との遭遇」のような見ていてワクワクするような大衆受けする娯楽的な映画は少なくなるはずだ。要するに天才映画青年も大人になったのである。

確かに従来のスピルバーグファンはつまらなくなるかもしれない。しかしおそらく彼は自分の中では、重いテーマの映画と娯楽的な 映画を明確に分けて考えているようだから、。今回の映画「ツイスター」や恐竜映画「ジェラシック・パーク」はまさに若手にチャンスを与える作品として割り切って、プロデュースに回ったことにんまる。

換言すれば、大衆受けする映画で、大きく稼いで、自分のプロダクションを維持し、しかも若手たちを育て、「シンドラーのリスト」や「太陽の帝国」のような自分の人生観や生き方に関る映画は、自分の中で十分に熟成し、自分の手で完璧な作品として仕上げていくつもりなのであろう。

確かにどんなにカッコイイことを言っても「シンドラー」系の深刻な映画が興行的に成功を収める保証はない。どうも芸術家というものは、商売がへたな人間が多いものだが、彼はどうすれば、興行的に成功するかというビジネスの才能を持ったまれな芸術家だ。どちらかと言うとお金や名声を若いうちに持ってしまうとそのまま、娯楽路線に流れてしまうか、逆に重い自己満足的な映画ばかりとって結局忘れ去られてしまう人間が多いものだ。

しかし彼はそのなかにあって、ジーンズにスニーカーという一貫したスタイルで気取らない生き方を押し通している。彼は言っている。「今度とる映画は自分の宗教の重要人物モーゼを描いた"エジプトの王子"という作品です。その他に も、私は今後の5年間とる映画のテーマを持っています。映画というものはワインといっしょで熟成させることが必要なのです」と。彼の柔らかい感性とそのしたたかな計算と芸術的天才に乾杯だ。佐藤
 


義経伝説ホームへ

1996.7.8