我がすむ里
 

相模州藤沢駅
無逸 小川泰二編輯







原序 印

鶏肋■(申+隹)微々庖厨不棄之■■(にんべん+虫+也)雖偏小豈不録之■乢鶏肋之鎖々鄙座土碌々史伝無遺之今也集録旧説里諺作為鶏肋温故宕夫後之識者得補此遺漏除彼蛇足僥倖云文政十三庚寅首夏日

無逸 小川泰二 印
 


藤沢小志序
藤沢者相中之一都会也村落囲繞于北大洋浩渺于南右有絵嶋之勝地焉左有雨降之霊嶽焉大河清駛平田遼廓既絃歌沸騰紅塵四合之相具足于将来矣此以高僧止錫盛終南宗風名士留魂輝檀浦戦功其勝地鵠村之宜于桃砂山之妙于月清音之富于山河尽不可縷指矣謂之関左無双可也乎今也太平日久而斯文大開雖瑣瑣小地有名所図会既流布于世矣而我邑■(糸+邑)無焉則豈非可憾乎余居常為欝陶項曰與秀岳君会飲偶談及之君曰家父既有此挙焉出其艸縞而見示余■視之則神祠幽窈仏寺宏整山河形状市肆繁富逸士旧地高僧芳跡載而不洩得諸口碑者律諸旧記得諸旧記者校勘数番極其当而止自有名所図会以来精選未有如此挙也余曰斯書真可充余鬱陶薬七也請?公于世曷徒蔵美玉於櫃中之為君曰家父若于苦辛豈為供紙魚之食乎唯恐以其所係焉小招大方之嘲耳余曰此何傷斯挙也所係焉雖小是亦補風土記缺典也孰謂無助于世歟君曰吾子之言有理矣請加図且記其由焉於此乎浪補拙図又僣為之序云
  文久歳次癸亥晩秋
  天野喜三郎撰 印 印
  福岡 元粛書 印
 
 


ふるきをたずねてあたらしきをしるとかやいにしへのひじりもいひをかれたりこれのやまとの人こころおのづからそなわれりさるを所のさかえゆくままにとほつくによりきてすむ人おほくなりもてゆきわがすむさとの名あるところもしらぬ人こそおほくあんなれともとよりすめる人も世のうつりゆくままにいひつたへのたかひてこの藤沢のもとのゆかりをうしなへることをなけきて小川泰うしかいよけなきときより見し聞しことをつはらかにかいつけおかれたるか三巻とぞなれりけるこたひなほもれたるもありとて書きそへわか友桂屋の筆もて絵をさへ加へいにしへの姿今の手ふり見るかこと写されてうない子もつらつえつきて見つことかし我国人のひかことは物をひめおきてつひに火のわざわひなとに逢ひあたらふみなとやきてもとのゆえよしわき兼つるためしすくなからずましておほやけことなとは世にもれずいにしへより代々の縣のつかさの御名なにくれのことなと只うとはしらてあたし里人にとはれこたへんたつきたになくひたひもひたあわせになりつらむをたすけ清浄光寺のひかりいやますますにかかやかし世にもれたることもあらはしてそのいさをいみしともいみしきかなはるのあめのしつかなるまとのうちになかめてかねての契りなれはとてわかすむさとてふ書のはしかきせるものはたかむらのやあるし悠久ときは元治にあらたまりぬるとしの弥生のはしめそかし
 
 


凡例

一 此書は其記す処の分地甚はだ偏狭(せばく)して唯藤沢の一駅にかぎる、其作意は此里に住で、此里を知らずば家内に朝夕する器物を弁へざるにひとしく踈漏にやあらんと思ひ付たるまま書を読、道を学ぶの余暇、山野に遊んで古事を老農に問、宮に寺に其旧記を尋て集録す、これ我が修学の余慶にして童蒙一時の話柄(はなしぐさ)なるのみ

一 惣じて神社・仏閣・古名蹟を委悉(くわしく)するは一朝一夕の事に尽し難し。大抵田夫古老の伝聞に本づき其中是非を考へ当否を糺して志るす

一 引用の書は我若輩且未熟なれば、事を果すに力なし、其寺其社の寺説社説のままを演(のべ)、其余紀録・軍記・雑書は記憶に任せてこれを載す

一 東は戸部川首塚、辰己は石神固瀬川、南は一本松の古塚、未申は砥上が原大庭の古城、西は白旗明神、戊亥は本入台、北は新八谷(やど)にいたる

一 首塚戻り松乳(うば)島等の名所は此書に預からざる処なれども、意馬(こころ)のいたる所にして且は愚考の一説も有を以て■に附す、統て方位は前位に従がひ何処より何の方にありとしるす、多くは藤沢山を大躰(だいたい)本の位と定む

一 古蹟の疑はしきは強て穿■を加へず、詳らかならずまたは定かならずと記して後証を待、そのうち間(まま)愚説を志もるし発明を弁じたる条もまた少なからず、元より我が一時の筆記なれば追て学友これを刪補し遂に女童の慰み草とならば、其はこよなき此書の僥倖(さいわい)ならんかし
 
 


家君泰堂居士とし十六七ばかりなりし時、此地の社に寺に名所をさへ書あつめて、鶏肋温故と物して有しを今年己未の春書笥(ふみづつ)の底より取出でたるを、其は童蒙一時のすさびなればうち棄よとありしかど、其一時の余楽もし里人百千の眼に遮らば但に慰み艸(ぐさ)のみならず、この地の古へを知る栞りにもならんかと強ちにこれを請て浄書し天野春雄の画をさへ加へて我が住里と名付け三巻とはなしぬ、さはいへ此書もとより三十年前の筆作なれば金剛院海老名橋の類ひはその頃ありて今は無く、また瑜伽権現慈眼寺の如きは今ありて其ころなし中々にこれを補ひつづらば今をむかしに取混て思ひ惑ふかたもいで来なんと本書は原本のままに志るし我れ別に筆硯(ひつけん)を弄し、本部に闕たる神社仏屋の宝物をはじめその漏たる名蹟また当世の風姿(すがた)より土壌(つちめ)の鹿蜜(よしあし)、水の良否までこれを記し我が住里拾遺となして此巻のすえに附録し、此書の意趣を竭(つく)すになむありける
  甲子の春  小川道国しるす
 
 
 




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2002.7.17
2002.7.17 Hsato