小沢征爾の挑戦

 
 

世界的な指揮者の小沢征爾(63)が、ウィーン国立歌劇場の音楽監督に就任することになった。ウィーン国立歌劇場は、言わずと知れたミラノ、スカラ座、ロンドンオペラ座などと並ぶ世界の三大歌劇場である。またこの古都ウィーンには、世界最高のオーケストラといわれるウィーン交響楽団もあり、まさにクラシック音楽の御所にあたる場所である。

かつて40年前、小沢青年は、桐朋音楽大学を出てすぐに、なけなしの小遣いをはたいて、ヨーロッパに武者修行の旅にでた。スクーターに飛び乗って、ブサンソンという町に向かった。目的はその町で主催された国際指揮者コンクールだった。怖いもの知らずの無謀な挑戦と思われた…。しかしなんとそこでアジアから来た小柄な青年小沢は、優勝をさらってしまうのである。

そこで小沢の人生はがらりと変わる。クラシック界の帝王と言われたカラヤンに認められた小沢青年は、カラヤンの推薦状をい持って、アメリカのボストンに飛ぶ。タングルウッド音楽祭などに出演し、大評判を得て、かの天才指揮者、バーンスタインにも巡り逢うことになる。小沢の音楽は、徐々に自分らしい音楽世界を形成するようになり、「西洋音楽であるクラシックに東洋的な情熱を感じさせる精神性豊かな音楽余」という評価を得るまでになった。確かに彼のつむぎ出す音楽は、繊細でしかもその内部に微妙な情熱の炎のようなものを感じさせる。小沢ファンの多くは、彼の内部の精神性にふれる瞬間を期待しているのである。

世界中から、青年小沢には、次々と講演以来が舞い込んでいった。そうなると黙っていられないのが日本人である。日本にいた時には、鼻も引っかけられなかった小沢にNHK交響楽団などから公演依頼が届き、小沢は日本でタクトを振ることとなった。そこで面白いことが起こる。NHK交響楽団の団員から、指揮者小沢の指揮ぶりが生意気だ、というのでボイコット事件が起きてしまう。

しかし小沢はめげなかった。世界中で小沢の評判は更にたかまり、カラヤンにこれからのクラシックを背負う指揮者の5人の中にアッバード(現ベルリンフィル常任指揮者)などと共に、選ばれることとなった。そしてアメリカでも有数のオーケストラボストン交響楽団の音楽監督に就任したのである。

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その小沢が26年間指揮をし続けたボストン交響楽団は、現在アメリカでもっとも安定した経営内容を誇るオーケストラといわれる。この26年という在職期間は、世界のメジャー・オーケストラの現役の音楽監督としては最長記録をいまでも更新している。それはとりもなおさず小沢征爾の指揮者としての人気、リーダーとしての実力、それに謙虚で親しみ深い彼の人柄によるところが大きい。

小沢は、団員に手紙を送り、自分がオペラに対する情熱を持った経緯について説明をした。「ボストンオーケストラの団員とは、家族同然だ。今回の私の決断をどうか、理解してください。ボストンオーケストラとの関係は、私にとってもっとも素晴らしい音楽体験だった。私は師であるカラヤン先生から交響曲とオペラはクラシック音楽の両輪だよと教わってきた。そして今私は、そのオペラを手がけてみたいと思うようになったのです」こうして小沢征爾は、また一歩クラシックの階段をその頂点へ向けて登っていく。小沢征爾の挑戦の決断に心からの賛辞を送りたい。佐藤
 


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1999.8.20