オバマ旋風の裏にある
アメリカの貧困問題の深刻化

新世界アメリカの裏事情


佐藤弘弥
 アメリカ大統領予備選は民主主義の学校?!

今、アメリカでは、ブッシュ政権以後の大統領選挙をめぐって、共和、民主両党で、候補者の絞り込みが行われている。はっきり言って羨望 の眼差しで見 ていた自分がいた。直接自分たちの指導者を選ぶアメリカ大統領選挙のやり方は、議員内閣制の限界を嫌と言うほど見せつけられてきた日本の有権者からすれ ば、格好よすぎだ。羨ましい。確かに、アメリカの大統領予備選のプロセスは、「民主主義の学校」のような感じもする。

一方、日本では、お決まりのように、この60数年間、万年与党の自民党が、内閣総理大臣(首相)の座をほぼ独占してきた。

アメリカ大統領選では、背が高く見栄えの良い方が勝利するというようなジンクスがあるという。日本ではお世辞にもカッコイイとは言い難 い手練手管 で、のし上がった派閥のボスの年輩議員が、トコロテンのように、押し出されては、代わるという状況が続いてきた。このため、およそ有権者の気持とは、まっ たく違ったリーダーばかりがその座に就いてきたのだ。日本人の政治不信を象徴する投票率の低さは、この辺りに原因があることは明白である。

 ◆オバマ「旋風」の背景

さて、肝心のアメリカの新大統領は誰になるのだろう。今のところ、大統領予備選において、共和党は、ほぼジョン・マケイン氏で決まりそ うだ。一方の 民主党の方は、つい最近まで、ヒラリー・クリントン氏(61)とバラク・オバマ氏(46)の熾烈な戦いが繰り広げられていたが、さる08年2月5日のスー パー・チューズデー(Super Tuesday)を境に、流れは一気にオバマ氏に傾いているように見える。その勢いは、「オバマ旋風」とも言われるほどだ。獲得代議員数も、あっという間 にオバマ候補が逆転してしまった。

ヒラリー氏とオバマ氏の政策の違いは、ほとんどないと言われる。しかし二人が国民に与えるイメージの違いは歴然としている。私自身は初 めから、ヒラ リー氏よりオバマ氏を支持していたが、その理由は単純で、ヒラリー氏が、元大統領のビル・クリントン氏の妻で、どうしても新鮮味に欠ける点があったから だ。

それに比べ、オバマ氏は46歳という若さで、シャープな政治感覚を持っている感じがして、アメリカに今一番必要な「変革」という言葉を 体現した唯一 の候補者と思えた。当初は、やはり経験豊富なヒラリー氏の方が、大統領の椅子に近い候補と思われていたが、このところの「オバマ旋風」の中で、オバマ氏の 雄弁な演説が、断然アメリカ人の心を掴んできたように見える。

彼のキャリアについては、白人の母とケニア出身の父を持つハーフでハワイ州出身、コロンビア大学、ハーバート大学法科大学院卒の弁護士 で、イラク派 兵に反対したイリノイ州から上院議員に当選した若手政治家ということだが、どこか大リーグヤンキースのスーパースターA・ロッドに似た丹精な風貌なども幸 いし、またそのジョン・F・ケネディ張りの演説のうまさなどから、すでにアメリカ大統領としての風格は備わっている感じさえする。

 ◆世界一の「格差社会」アメリカは日本のお手本にはできない!?

さて、ここで視点を変えてみる。私たち日本人は、現代のアメリカをテレビで観て、羨ましいほどに大統領選挙が盛り上がっているという見 方しかしない 傾向がある。実際、私もそうであった。しかしアメリカ社会は、本当に日本人の我々が、羨ましがるに足りる社会だろうか。もっと言えば、日本がお手本にする ような高度な先進社会と言えるだろうか。

はっきり言って、現在のアメリカ社会は、大統領選挙の候補指名の選挙プロセスは別にして、日本が手本にするような社会ではないと思う。

私は、現在これほどに、アメリカで大統領選挙が盛り上がっている理由は、他に何か理由があるのではないかとと感じる。それを批判を怖れ ずにズバリと 指摘すれば、アメリカ国内における「格差拡大」の問題が横たわっているのではないだろうか。言い換えれば、それは貧困問題である。

オバマ氏の政治スローガンは、明確に「チェンジ(変革)」である。演壇には「CHANGE」と大文字で、その下には「WE CAN BELIEVE IN(我々はそれを信じる)」と書かれている。今、アメリカは、過剰なグローバル経済のもたらした弊害に苦しんでいるということになる。

まず、昨年の7月頃から、顕在化した「サブプライム問題」は、アメリカの深刻な貧困問題を浮き彫りにした。アメリカの住宅ローン延滞者 への住宅差し 押さえは、日本などの比ではなく、厳しいようで、このサブプライムローンを支払えなくなった人は、俄にホームレス化を余儀なくされる状況にある。

貧困について、2004年のOECD(経済協力開発機構)の調査によれば、先進5カ国(アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、フランス) 中、アメリカ は、ダントツの一位で、17.1%、次が日本で15.3%、3位は11.4%とグッと下がってイギリスの順である。要するにアメリカと日本が、世界一の最 貧国の座を争っていることになる。先の貧困率は、おそらく、2008年時点で調査をすれば、日米ともに、もっと高いものになっていることは明白だ。

アメリカは、まさに格差社会の典型だ。圧倒的な一握りの金持ちと大多数の貧困層の2極化が、津波のようにアメリカ中を荒らし回っている のである。

結局、過剰で暴走とも言えるようなグローバル経済の進展は、高等数学を用いてあらゆるモノを「証券化」し、「サブプライムローン」とし て全世界の金融機関に販売して、今日の莫大な損害を招いてしまったのである。

そしてこの強引な手法は、その中心国アメリカの国民へ幸福をもたらすどころか、逆に苦しみをもたらしているのである。私は、この格差社 会を招いた原因が、グローバル経済への過剰な期待と過信があったと言いたい。

 ◆「ルポ 貧困大国アメリカ」の伝える貧困層の増大と「戦争の民営化」

次に上げなければいけないのは、医療保険制度だ。周知のようにアメリカには、公的な医療保険制度というものがない。ヒラリー候補は、以 前からアメリ カに日本のような「皆保険制度」を敷くべきと、主張してきた。実際、アメリカの貧困層は、病院にも行けない現状にある。この点については、オバマも同じ政 策をとると見られるが、財政的に厳しい

「ルポ 貧困大国アメリカ」(堤未果著 岩波新書 2008年1月刊)によれば、アメリカの貧困層の人々の驚くような実態が次々と明ら かにされている。

アメリカで貧困層の定義は、年収規模で220万以下ということである。これは日本の200万円とほぼ一致するラインということになる。 この本によれ ば、アメリカ社会でも、日本の「中流」と同じ意味に使われる「中間層」の人々が徐々に、貧困層に転落していっている模様が活写されている。そしてその転落 の大きな切っ掛け(原因)として、高額化する医療費があるようである。

例えば盲腸手術をとると、ニューヨークで243万円、ロサンゼルスで194万円、サンフランシスコで193万円、ボストンで169万円 という高額の 医療費になる。これでは、少しばかりの預金は、すぐに底をついてしまうだろう。また妊婦たちは、費用が嵩むために、日帰りで出産をして帰るのだという。こ れが世界一の超大国アメリカの実態なのである。

最下層の「ワーキング・プア」の労働者層に対しては、露骨にチェイニー副大統領が1995年から2000年までCEOをしていた「ハ リー・バートン 社」(石油サービス掘削機販売会社だが、最近では子会社を通じて戦場へ民間人の派遣業にまで手伸ばしている)をなどの会社が、貧困層を、電話で勧誘し、わ ずかな契約金でイラクやアフガニスタンに送り込んでいく状況が見られるとのことだ。また戦場への人員の派遣は、アメリカ国内だけではなく、フィリピンなど へのビジネスを展開しているとのことだ。

この状況を、前掲書「貧困大国アメリカ」の著者堤未果氏は、このように総括する。
「かつて『市場原理』の導入は、バラ色の未来を運んでくる かのようにうたわれた。競争によってサービスの質が上がり、国民の生活が今よりももっと便利に豊かになるというイメージだ。だが、政府か国際競争力をつけ ようと規制緩和や法人税の引下げで大企業を優遇し、その分社会保障費を削減することによって・・・中間層は消滅し、貧困層は消滅し、『勝ち組』の利益を拡 大するシステムの中にしっかりと組み込まれてしまった。・・・アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンは『国の仕事は軍と警察以外すべて市場に任せるべ きだ』という考えを提唱したが、フリードマンに学んだラムズフェルド元国防長官はさらに、戦争そのものを民営化できないか?と考えた。この『民営化された 戦争』の代表ケースが『イラク戦争』(後略)」(146頁)だ。

国家とは、有権者である国民に、生活に不安のない日常を保障することにある。ところが、現在のアメリカでは、度が過ぎた民営化とグロー バル経済の進 展の中で、貧困層を戦場に送るようなことまでビジネスになってしまっている。これがあの「新世界」と呼ばれた「アメリカ」の偽らざる姿だ。

 ◆オバマはアメリカの希望の光?!

この著を読み終えて、何故アメリカ全土で、「オバマ旋風」が起こっているのか、少しばかり見えて来たような気がした。アメリカでは、日 本以上の市場 原理主義の弊害が起こり、多くの中間層が貧困層に転落してしまっているようだ。アメリカの有権者は、バラク・オバマという未知の若い大統領候補にあの 「ジョン・F・ケネディ」を重ね合わせ、アメリカの未来と自らの人生を託すしかない、と思いはじめているのかもしれない。

ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112) ル ポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)
価格:¥ 735(税込)
発売日:2008-01


2008.2.22 佐藤弘弥

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