安藤美姫の復活に思う

−スケート・アメリカで浅田真央、キミー・マイズナーらライバルに圧勝−


「一年でこうも変われるものか。・・・」
(What a difference a year)

2006年フィギュアGPシリーズ開幕戦にあたる「スケート・アメリカ」(アメリカコネチカット州ハートフォー ド)で勝利を飾った安藤美姫に、公式ホーム ページは、そんな「驚きの書き出し」から始めた。

1 安藤美姫       192.59
2 キミー・マイズナー 177.78
3 浅田真央      171.23

確かに現地時間06年10月27日のショートプログラムの出来、そして28日の決勝フリーでの滑りは、トリノ五輪 の安藤とはまさに別人のようだった。

勝利後、外国メディアの質問に安藤は、「以前から余り日本代表であることについてはそんなに意識しませんでした が、今はその気持ちがもっと強くなっていま す。今はただ自分が出来ることを出し切ろうと考えているだけです」と語った。よく分かる気がする。

オリンピックまでの一年、安藤はメディアに振り回されるフィギュア界の首振り人形そのものだった。そして16歳や 17歳という若さで、日本中の期待という 十字架を背負い「四回転ジャンプ」の悪夢に翻弄されていたのである。楽しかったはずのフィギュアは、すっかり苦痛に感じられ、彼女は引退まで考えるように なった。

その象徴のような話がある。彼女のトリノ五輪のコスチュームをデザインしたのは、黒澤明映画の衣裳デザインを手が けるなどした世界的衣裳デザイナーの「ワ ダエミ」だった。しかし、誰が見ても、安藤美姫にフィットするデザインではなかった。それがすべてを言い尽くしていた気がする。つまり、あのどうにもしっ くりこないトリノ五輪のコスチュームを着た安藤の姿は、精神と肉体のバランスを欠いていた当時の安藤を象徴するイメージだったということだ。

この頃の彼女の頭には、日本中のファンの期待に応えなければという強い思いがあり、「四回転は飛びますか?」と幾 度も繰り替えされるインタビューにある種 のノイローゼ状態に陥ってしまっていたのである。ワダエミのコスチュームを着て、オリンピック会場で何度も転ぶ姿が、痛々しくて見ていられないほどだっ た。まさに安藤は悪夢を観ていたのだ。

しかしそこから安藤は一念発起した。そのきっかけは、先輩荒川静香の目映いばかりのトリノ五輪の金メダルだった。 荒川の勝利を会場の間近で見た安藤は、荒 川に駈け寄り、抱き合いながら、こう誓ったという。「私もシーちゃん(荒川の愛称)のように次の大会で金メダルをりたい」それまで、トリノ五輪後には引退 して、別の生活を送りたいと考えていた安藤の心あ決まった瞬間だった。

つまり周囲の騒音に振り回されることなく、自分の心が欲していることを精一杯努力してみるという姿勢だ。少し大げ さになるが、安藤にとって、荒川という存 在は、キリストにとって洗礼者ヨハネのような存在かもしれない。同じように16歳や17歳で五輪に出場し、思うような成果が上げられず、何度もくじけそう になりながら、頂点を極めた先駆者それが安藤にとっての荒川静香だ。

今回の安藤のショートプログラム、フリー演技を観て、強く感じたのは、女性の中にある情念のようなものまで感じさ せる表現力が身についてしまっていること だ。「私の演技に何かを感じて欲しい」と安藤は言った。人を感動させられるかどうかは、内側にある心の葛藤までもが、演技の中ににじみ出ているかどうかに よって決まる。トリノ五輪の荒川の演技がそうであったように、フィギュアの観客というものは、演技の技術の奥にある究極の美しさを欲しているのである。

今回の大会では、二位になったキミー・マイズナー(今年の世界チャンピオンになった17歳)も、無難に演技は決め たものの、それ以上に人を感動に引き込む ものがなかった。フィギュアスポーツは、スポーツの要素と芸術の要素を組み合わせたような競技だけに、心の内から強烈なものが発散できなければ、人一倍高 いレベルに達することは不可能だ。

そのキミー・マイズナーは、スケートアメリカの公式サイトのインタビューに、安藤美姫や浅田真央との争いについて こう言っている。

「とても凄いことと感じています。競争なんて思っていません。トップでいることが心地良いのです。本当にすべての 日本人のスケーターのみなさんが大好きな んです。何故なら、彼女たちがいつもとてもエネルギッシュなので、その回りにいるだけで、とても良い気持ととても楽しい気持ちになれるからです。」

キミー・マイズナーは、間違いなく高いレベルでの安藤や浅田らとの競い合いを楽しんでいる。ライバルを素直な気持 ちで讃えられるこの精神性は素晴らしいも のだ。この面でも安藤や浅田らと共に、これからのフィギュア界をリードしていく逸材だ。

さて最後に、安藤の技術的な進歩について考えてみたい。安藤は競技の前から「ジャンプの安藤の復活」を掲げてい た。その通りジャンプのキレは確かに戻って いた。またひとつひとつの技のつなぎの時の顔の表情や手の動きなど、荒川を金メダルに導いたモロゾフコーチに指導されているだけに格段によくなっているよ うに見えた。

安藤の先輩荒川は以前、タラソワコーチからこのモロゾフコーチスイッチした理由について、「モロゾフコーチは、一 緒に滑って、具体的に教えてくれる。」と いう話をしたことがある。分かり易いということだろう。

フィギュアは肉体競技である。一緒に滑り、同じ演技をしてくれる人物が側にいるというのは重要だ。その成果が一番 現れたのが、ストレートラインステップと 言われる技だった。「ジャンプの安藤」から、今回のような演技を続けていたら「ステップの安藤」と呼ばれるようになる可能性もある。ともかく今回の安藤に は、周囲の声に左右されない強い闘争心と身体中からほとばしる出るエネルギーのようなものを感じた。


2006.10.30  佐 藤弘弥

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