松 坂になくてダルビッシュにあるもの

ー 松坂大輔サイ・ヤング賞獲得への条件ー

佐藤弘弥

レッドソックスがワールドシリーズを制す

07年10月28日(日本時間29日)、松坂と岡島の所属するボストン・レッド・ソックスが、松井(稼頭央)のいるコロラド・ロッキー ズを4対3で破って、ワールドシリーズを4勝全勝で圧勝した。最後は、敵地コロラド州デンバー「クアーズフィールド」での勝利だった。

松坂は第三戦に先発し、1勝をあげ、岡島は第2試合に、ピンチで好投して、勝利の立役者となり、それから4戦まで、3試合に連続登板を した。

一方、松井は打撃不振のロッキーズにあって、トップバッターとして3割近い打率を残し、存在感を示した。

日本の野球ファンにとって、大リーグ、しかもワールドシリーズは高嶺の花のようなゲームだった。文字通り、ベースボールの世界一のチー ムを決める最高峰の戦いだ。そのグランドに敵味方に分かれて、日本人が三人もいることを考えると、まさに隔世の感がある。

松坂大輔の強運

それにしても松坂という選手は、色々なことを言われるが、実に運の良い選手だ。1億ドル(約115億円)の男と呼ばれ、100億円を越 える金銭が日米間で動き、今年念願だった大リーグのマウンドに立った松坂を見ながら、さまざまな感想を持った。

ワールドシリーズを終え、振り返ってみると、松坂は新人ながら15勝(12敗 防御率4.40)を上げ、チームで唯一中4日のローテー ションを一年 間守り通すなど、あらゆる面で大リーグのトップクラスの実力を備えた選手であることを証明した。だが、大リーグのスポーツジャーナリストの多くが予言した 「マツザカは20勝を上げ、最・ヤング賞の最有力候補だ」という過大な前評判を考えると、物足りない成績だった。

松坂とダルビッシュを比較する

期待も込めて、厳しく言えば、現時点の松坂は大リーグにおいて、一流のピッチャーではあるが、トップのトップの実力はない。潜在能力を 生かし切って いるとは言えない。同じチームのベケット(20勝7敗 防御率3.27)と比べると、まだまだ力が足りないことは明白だ。年齢はともに27歳。身長 180cmそこそこの松坂に比べ、ベケットは190cmを優に越える長身だ。スピードもコンスタントに150キロ以上の急速で投げられる。松坂も数字的に は、多少落ちる程度だが、そこそこのスピードはある。ベケットと松坂の違いは、コントロールに表れているが、私はそれより何より、「身体全体のしなり」の 違いを強く感じるのだ。

私が今後の松坂に期待するのは、この「身体のしなり」である。高校時代そしてプロに入り立ての頃の松坂には、このしなりが十分にあっ た。しかしその 後、上半身中心のウェイトトレーニングの結果だと思うが、マッチョになった分、松坂から、この身体のしなりが失われてしまったように見える。

「しなり」は、ムチの原理である。柔らかい先端がしなるムチは、最後のところでスピードが増し、ピュッと来る。ボールもこれと同じで、 最後の打者の 手元での伸びが違うのである。だからバッターは、同じスピードでも、腕が遅れて出てくる感じがして、バットの始動が遅れてしまうのである。成功している ピッチャーの共通点として、このしなりがあると私は思っている。

現在、日本NO1ピッチャーと言われるところまで成長した日ハムのダルビッシュ有にも、この独特のしなりがある。10月29日、松坂が ワールドシ リーズの美酒に酔いしれている日、このダルビッシュに、今年のパリーグの最高のピッチャーに与えられる沢村賞が手渡されることが発表された。それにしても 27日の日本シリーズ初戦での中日川上との投げ合いは圧巻だった。彼は完投を果たし、13奪三振の日本シリーズタイ記録をマークした。ダルビッシュには、 さまざまな点でピッチャーとして松坂を超える資質を感じる。

ドジャーズ斎藤隆と「しなりの投球」

また、渡米二年目を迎えた今年、ロサンゼルスドジャーズで39セーブ(防御率1.40)を上げて名実ともに抑えのエースになった斎藤隆 も、このしな りを感じさせるフォームだ。現在37歳の斎藤だが、球速も150キロ半ばを計測するなど、日本球界在籍時を越える球威と切れを見せている。彼の投げるボー ルは、すーっと糸を引いたような軌跡を見せて、キャッチャーミットに収まる。この斎藤も、やはり、身体のしなりを生かした投球が大リーグでの成功の秘訣だ ろう。

松坂の今後の課題は、上半身中心の鍛え方を少し改めて、下半身中心に戻して、上下のバランスを取ることだ。ベケットやダルビッシュや斎 藤にあって、 松坂に無いもの。それは下半身始動で上体がしなやかなムチの呼吸で放たれる糸のようにスーっと打者の手元で伸びる速球である。レッドソックスで、一年目で ワールドシリーズ優勝という幸運に舞い上がることなく、もっと高いレベルを目指して、野茂もなしえなかったサイ・ヤング賞を獲得でき るくらいのピッチャーになってもらいたいものだ。



2007.10.30 佐藤弘弥

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