音楽の神に祝福されたバイオリニスト
「川畠成道コンサート」への誘い -川畠成道の聖なる音色に触れる- 川畠 成道さん 近影 はじめに
8歳で視力を失う悲劇の意味?! 川畠成道さんは、1971年11月21日、バイオリニスト川畠正雄さんの長男として三鷹市に生まれた。 8歳の時、突然の不幸に見舞われた。祖父夫妻に連れられて、アメリカのロサンゼルスにご旅行に行った時のことだ。ディズニーランドに行 くことを楽しみ にしていたが、当然、ハシカをひどくしたような「ステーブンス・ジョンソン・シンドローム」という治療法もない難病に罹り、一命は取り留めたものの、視覚 障害になってしまった。天から降ってきたような事件だった。 その事情が、父正雄さんの著した「成道のアヴェ・マリア」(講談社 2000年刊)という本で詳しく紹介されている。 父は、幼い長男に、バイオリンを一切教えなかった。それはバイオリニストへの道が大変厳しいものであることを知っていたからだった。 ところが、降って湧いたような事件を契機として、父は成道さんの将来を考えてバイオリンを教えることを決意する。こうして成道さんとお とうさんの猛特訓がはじまった。 10歳からのバイオリンのスタートはなかなか大変だった。バイオリンの才能は英才教育によって開花すると言われ、物心がつかない幼い頃 から習わせる のが通例となっている。しかし成道少年は、強い覚悟のようなものが備わっていた。そのせいかどうかは分からないが、メキメキと上達した。 中学1年の時、転機が訪れた。アイザック・スターンとの出会いである。パガニーニの難曲を弾きあのバイオリンの世界的巨匠アイザック・ スターンさん に「すばらしい」と激賞されたのだ。少年は、これでたいへんな自信を得た。高校は桐朋学園に入学した。ここで日本のバイオリン界の重鎮江藤俊哉(えとうと しや)さんに、同大学を卒業するまで厳しい薫陶を受けた。 江藤氏は、英国留学を勧めた。そこで大学を卒業すると同時に、英国の王立音楽院・ロイヤルアカデミーに入学の申し出をすると、奨学金付 きで入学許可がおりる。ここから、世界の「ナリミチ・カワバタ」の目覚ましい活躍が始まった。 1996年に、英国王立音楽院協奏曲コンクールで第1位を受賞。
視覚障害というハンディを持ちながら、並々ならぬ努力で、自身の才能を磨き、世界のソリストとなった川畠成道のバイオリンの音色は、澄
み切った冬の
空のような雰囲気がある。どこまでも清浄で透明感がある。クラシックでありながら、必要以上に、聴衆に媚びた演奏をする演奏家が多い中で、川畠成道のバイ
オリンの音色はそれらとは隔絶した凛とした感じがする。 この時、私は目を瞑って聴いていたのだが、ある瞬間から、突然すべてのものが消え失せて、音を聴いている自分と川畠さんの紡ぎ出す音しかない感じがした。 良いも悪いもない。上手いも下手もない。ただただ音と自分しかないのだ。禅では無我という境地がある。音と私がある。それを意識しているとすれば、無我で はない。わずかな距離を隔ててシャコンヌという曲を奏でる演奏家がいて、それを聴いている自分。多くの聴衆は、そんな川畠さんと向き合い、それぞれにこの 「シャコンヌ」という曲を聴いているはずだ。ただあの時、明らかに周囲の情景も含め、この地上のすべてが消滅したように感じた。音だけがある。 これはひとつのヌミノース体験ではないかと感じた。ヌミノースとは、ドイツの神学者ルドルフ・オットー(1869ー1937)が言った言葉で、「聖なるも の」」と訳される。聖母の存在を見たとか、あるい は夢の中で白髪の老人を見て、歌が湧いてきたと言った。一種の聖的な神秘体験のことで、理性的な体験ではな く、不合理で情緒的な体験を指す言葉だ。 ともかく、私は川畠さんの「シャコンヌ」の演奏を聴いて、ヌミノースな感情を抱いたのである。 何故、そうした思いを抱いたのか、私は分からない。少し理性を開放して考えてみれば、川畠成道というバイオリニストが、バイオリンを始める切っ掛けもまた 不思議な始め方である。何故、突如として、ロサンゼルスで、発病をし、視覚に障害を持ってしまったのか。それを考えると、川畠成道というひとりのアーティ ストが、バイオリニストとなるためには、8歳何かの啓示のような瞬間が訪れなければ、バイオリンの才能は、いつしか消えてしまったかもしれない。発病は悲 劇的事件ではあるが、バイオリンの道に進むためのひとつの契機となったと考えられないだろうか。 川畠成道とマルティン・ルター ルドルフ・オットーは、名著「聖なるもの」の中で、宗教改革者マルティン・ルター(1483ー1546)に触れて「ルターにおけるヌミノーゼ」 という論考(第 14章)を書いている。ルターが宗教に邁進する切っ掛けは、有名な落雷事件である。これは22歳のエルフルト大学の学生だったルターが、家を出て大学へ向 う途中、突如として激しい雷雨にあい、そこかしこに落雷する状況の中で、死の恐怖に駆られたルターは、思わず「聖アンナ、助けてください。助けていただい たら、修道士になります」と叫んだのである。 もしもこの事件がなければ、ルターは宗教改革者の道に進むことはなかっただろう。これはひとつのヌミノース体験でありうる。もっと言えば、この時、ルター は神に選ばれて、宗教改革の道に進むことを強いられたということもできる。 このルターのヌミノース体験を川畠成道さんの人生に当てはめれば、父が芸大出のバイオリニストで、十分な資質を持って生まれながら、8歳となり、バイオリ ンの才能が台無しになることを惜しんだ天が、川畠成道という人間に送った啓示だったと解釈することも可能である。 とすれば、今川畠成道という人間の音楽的才能の開花を一番喜んでいるのは、天にいる音楽の神さまという言い方もできる。 もちろん、これはひとつの哲学的な思考から考えたことであって、論理的な思考とはいえない。しかし多くの人が、彼の音楽に、聖なる音色を聴き、癒されるの は、単に彼の紡ぎ出す音が、美しいとか、音が正確だからというのではなく、どこか天にいる音楽の神さまに祝福を受けて、バイオリニストになったということ に由来しているのではないかと、自身の「シャコンヌ」を聴いた折のヌミノースな体験を経て素直に思うのである。 12月16日「川畠成道チャリテイ・コンサート」へのお誘 い その川畠成道さんが、12月16日、世田谷下北沢タウンホールで、チャリテイ・コンサートを開いてくれることになった。委細は、以下の通りである。当日券 もある。是非、音楽の神の祝福を受けた川畠成道さんの音に触れて、ヌミノース(聖なるもの)な時間を過ごしていただきたいものだ。 ******************************
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