加藤建一演出
劇評「コミック ポテンシャル」を観る

〜人間とロボットが駆け落ちする話〜

佐藤弘弥
 

 ◆本多劇場10月25日

下北沢の本多劇場で、「コミック ポ テンシャル」(加藤建一事務所)という二幕物の芝居を観た。私はいつものよううに、この芝居について、まったく予備知識をなく足を運んだ。余分な 既成概念が、自分の感受性にフタをしてしまうことを避けるためである。

芝居のポスターには、「近未来型ラブ・コメディ」ということだった。しかし観劇した後の感想は、「コメディ」というよりは、「現代の人 間社会を鋭く風刺した人間ドラマ」という感じがした。

一幕を見終わって、これは完璧な台本だと思った。そこでこの台本が、アラン・エイクボーン(1939ー )という英国の劇作家の作品で あること、また翻訳は、シェークスピアの翻訳で有名な小田島雄志氏のご子息の「小田島恒志氏であることを知った。

 

 ◆幕が開いた

幕が開くと、近未来のテレビスタジオ。そこでは、人間そっくりなロボット役者たちが、お涙頂戴のクサいホームドラマを撮影中だった。演 出は、時代に 取り残されたようなディレクターのチャンドラー(加藤建一)だ。彼はかつて数多い名作を撮った著名な映画監督だったが、時代に取り残されて、今は、アンド ロイド(人間そっくりに作られたロボットの意味)を数体与えられて、ありふれたテレビドラマを作る仕事に携わっている。側には、いつもウィスキーの瓶が置 いてある。

アンドロイドたちは、ある程度の人工知能が組み込まれているために、チャンドラーたちが、劇の筋を書くと、自分たちで勝手にセリフを考 えてシーンを 成立させてしまう能力がある。しかしチャンドラーは、かつて芝居のワンシーンのセリフや細かい動作までの演出をしていたというプライドがあり、現在の限ら れた時間やクサ過ぎる芝居作りに馴染めない。今日も、芝居を作っているのだが、看護婦役のロボット女優「ジェシー」(加藤忍)が、テンポを外して笑い出す など、チャンドラーは、このような作品作りが不満で仕方ない。

このスタジオに、ひとりの青年がやってきて、ドラマが動き出す。脚本家志望のアダム(蟹江一平)である。彼はこのテレビ局を所有する大 富豪の甥であ る。ただ自分がスタジオのオーナーの親戚であることをひけらかすような男ではない。彼はホンモノのコメディの台本を書きたいという並々ならぬ情熱を持って いる。彼は自分のヒーローであるチャンドラーに憧れ、彼の下で勉強したいとこのスタジオにやってきたのだ。

そこで、アダムは、アンドロイド「ジェシー」の不思議な魅力に触れ、このロボット女優のために、コメディを書こうと決心をする。アダム は、ジェシー が、次第に人間に近い心が宿っていることに気付く。いつしか、ジェシーには、単にプログラミングされたロボットではなく、「悩み」「苦悩」「怒り」「恋す る」という人間的な感性が備わっていく

 ◆私たちの心はロボットよりも人間的か?

この芝居のテーマが、ここにあるのではないかと思う。つまり、人間である私たちそのものが、子どもの頃からの通りいっぺんの教育制度や 家庭教育、ま たマスコミによって垂れ流しされる雑多な情報という「プログラム」を脳裏に書かれて、ひとつの心が成立するのである。考えてみれば、私たちそのものが、社 会的プログラミングによって、誰かに操られる存在ではないのか。それがこの台本を書いたアラン・アイボーンの言いたいことだ。

第二幕では、このアンドロイドの「ジェシー」と人間「アラン」の駆け落ちの物語だ。ジェシーは、人間よりも人間らしく、結ばれぬ恋に苦 悩する乙女と なる。ジェシーは、読み書きをできるようになりたいと、アダムに字を読めるようになりたいと懇願をする。アダムは、聖書をテキストとして字を教え込む。た ちまち字を憶え、ジェシーの心に神への畏敬が生まれる。人間にとって、宗教心というものは、心が深まる一過程である。

自分を知り、世界の成り立ちを知ることで、ジェシーの苦悩は深まる。しかしこの苦悩を通じて、ジェシーは人を愛することを知ったのであ る。人間とは何か。それは、自己とは違う他者を愛すること。また自分の命よりも重いと思えるものを感じ取ることにある。

ジェシーは、アダムが、駆け落ちの過程で、ジェシーを守るために、命を賭けたことに衝撃を受ける。そして私を「消して」と口走る。「消 して」とは、 工場に行って、すべての記憶を消すことである。するとジェシーは、基本プログラムで動く、かつての悩みも恋もできないロボットに戻るのである。

この人間とアンドロイドの駆け落ちは、マスコミにも大きく取りあげられて、ジェシーは時の人になる。「人間と恋した最初のアンドロイ ド」、「人間とアンドロイドの最初の恋」など・・・。

ジェシーは、どうなるか。それは是非この劇を観て、各人が感じることだ。主演の加藤忍さんの演技は素晴らしものだった。ロボットが次第 に心を持ち、 その心が成長していく過程は、シリアスさとコミカルな演技力が溶け合って、実に新鮮だった。今後とも彼女の当たり役になって行く可能性がある。アダム役蟹 江一平さんの演技には、独特のリズム感があり、好感が持てた。いつもながら加藤建一氏の芝居に対する情熱と献身には頭が下がる。

舞台から一瞬たりとも眼を話させぬ劇的な緊張感とユーモアに溢れた素晴らしい舞台だった。(07年10月25日観劇 26日佐藤弘弥 記)

◇ ◇ ◇

※07年10月31日まで本多劇場にて(03ー3468ー0030)

 07年11月3日〜12月15日全国各地で開演。
加藤建一事務所 03−3557ー0789)





2007.10.10 佐藤弘弥

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