歌舞伎十八番
勧進帳


凡例

1. 本文は、岩波文庫「勧進帳」(守随憲治氏校訂1941年1月14日刊)の中の歌舞伎十八番「勧進帳」をデジタル化したものである。
2. 底本には、河竹繁俊氏校訂の「日本古典全書本」が使用されており、それを元に守随憲治氏が校勘したものである。
3. 地謡の部分は、「地」と表記し、ト書きは「ト」と表記した。
4. 難読の漢字には()内にひらがなを現代仮名遣いにて付した。

2001.12.16
佐藤弘弥 記

 勧進帳

安宅新関の場
長唄囃子連中

   役名
      武蔵坊弁慶       市川海老蔵
       九郎判官源義経         市川団十郎
      富樫左衛門       市川九蔵
      常陸坊海尊       片岡市蔵
      伊勢三郎         市川海猿
      片岡八郎         市川黒猿
      駿河次郎         市川赤猿
      番卒兵藤         尾上菊四郎
      番卒伴藤         市川箱猿
      番卒権藤         山下萬作
 

本舞台一面の置舞台。向う松の襖。左右若竹の書起し。正面常足の段。毛氈(もうせん)掛けあり。日覆より破風の摺込みの天幕。上の方、切戸口。下の方揚幕。総て本行好みの通り飾りつけよろしく。片シャギリ、析無しにて幕明く。

卜 頭取出て、元祖団十郎百九十年の寿として歌舞伎十八番の内中絶したる勧進帳の狂言相勤め候口上、よろしくあって、役人触を読み、其為口上左様と上手へはいる。此内下手より長唄連中上下にて出て来り、段の上へ居並ぶこと。笛のあしらいになり、下手より富樫左衛門出て来る。跡より太刀持、番卒甲、乙、丙の三人附添い出て来り、

富樫 斯様に候う者は、加賀の国の住人、富樫左衛門にて候。さても頼朝義経御仲不和とならせ給ふにより、判官どの主従、作り山伏となって、陸奥へ下向のよし、鎌倉殿聞し召し及ばれ、国々に斯くの如く新関を立て、山伏を堅く詮議せよとの厳命によって、それがし、此の関を相守る。方々、左様心得てよかろう。

番卒甲 おおせの如く、この程も怪しげなる山伏を捕らえ、梟木(けふぼく)に掛け並べ置きましてござる。

番卒乙 われわれ御後に控え、もし山伏と見るならば、御前へ引き据え申すべし。

番卒丙 修験者たる者来りなば、即座に縄かけ、打取るよう

番卒甲 いづれも警固

三人 いたしてござる。

富樫 いしくも各々申されたり。猶も山伏来りなば、謀計(はかりごと)を以て虜にし、鎌倉殿の御心安んじ申すべし。方々、きっと番頭仕(つかまつ)れ。

三人 かしこまって候

 皆々上の方によろしくすまふと、次第になり、
地謡(以下(地)と表記)旅の衣は篠懸の、旅の衣は篠懸の、露けき袖やしをるらん。(地)時しも頃は如月の、如月の十日の夜、月の都を立ち出でて、
 三絃入、大小寄せになり、向うより、源義経笈を背負い、網代笠、金剛杖を持ち出て、花道へとまる。

(地)これやこの、行くも帰るも別れては、知るも知らぬも、逢坂の山隠す霞ぞ春はゆかしける、浪路はるかに行く船の、海津の浦に着きにけり。

 この唄にて向うより、伊勢三郎、片岡八郎、駿河次郎、常陸坊海尊、何れも山伏の拵(こしら)えにて、兜巾篠懸小さ刀、数珠を持ち、中啓を手に出て来り、後より武蔵坊弁慶、好みの拵え、数珠を持ち、文句一ぱいに出て、花道にとまる。コイヤイになり


義経 いかに弁慶。道々も申す如く、行く先々に関所あっては、所詮陸奥までは思いもよらず、名もなき者の手にかからんよりはと、覚悟は疾に極めたれど、各々の心もだし難く、弁慶が詞に従い、斯く強力とは姿を替えたり。面々計らう旨ありや。

常陸 さん候。帯せし太刀は何の為。いつの時にか血を塗らん。君御大事は今この時、

伊勢 一身の臍を固め、関所の番卒切り倒し、関を破って越ゆるべし。

駿河 多年の武恩は、今日唯今。いでや関所を

四人 踏み破らん。

弁慶 ヤアレ暫く、御待ち候へ。これは由々しき御大事にて候。この関一つ踏み破って越えたりとも、又行く先々の新関に、かかる沙汰のある時は、求めて事を破るの道理、たやすくは陸奥へ参り難し。それゆえにこそ、兜巾篠懸を退けられ、笈を御肩に参らせて、君を強力に仕立て候。とにもかくにもそれがしに御任せあって、御痛わしくは候へども、御笠を深々と召され、如何にも草臥れたる体にもてなし、我々より後に引下がって御通り候はば、なかなか人は思いもより申すまじ。はるか後より御出であらうずるにて候。

義経 とにもかくにも、弁慶よきに計らい候へ。各々違背すべからず。

四人 畏まって候。

弁慶 さらば、方々御通り候へ。

四人 心得申して候。

 いざ通らんと旅衣、関のこなたに立ちかかる。

 これにて誂えの鳴物になり、皆々本舞台へ来る。

弁慶 如何にこれなる山伏の、御関を罷り通り候。
 番卒三人こなしあって、
番卒甲 ナニ、山伏のこの関へかかりしとや。

富樫 なんと、山伏の御通りあると申すか。心得てある。

 立って来り、弁慶に向い、
  ナウナウ客僧達、これは関にて候。

弁慶 承り候。これは南都東大寺建立の為に国々へ客僧を遣わさる。北陸道を此の客僧、承って罷り通り候。

富樫 近頃殊勝には候えども、この新関は山伏たる者に限り、堅く通路なり難し。

弁慶 コハ心得ぬどもかな。して、その趣意は。

富樫 さん候。頼朝義経御仲不和にならせ給ふにより、判官どの主従秀衡を頼み給い、作り山伏となって下向ある由、鎌倉殿聞き召し及ばれ、国々へ斯くの如く新関を立てられ、それがし此の関を承る。

番卒甲 山伏を詮議せよとの事にて我々番頭仕る。

番卒乙 殊に見れば、大勢の山伏達

番卒丙 一人も通す事

三人 罷りならぬ。

弁慶 委細承り候。そは、作り山伏をこそ留めよとの仰せなるべし。真の山伏を留めよとの仰せにてはよもあるまじ。

番卒甲 イヤ、昨日も山伏を、三人まで斬りたる上は

番卒乙 たとえ、真の山伏たりとて、容赦はならぬ。

番卒丙 たって通れば、一命にも

三人 及ぶべし。

弁慶 さて、その斬ったる山伏は判官どのか。

富樫 アラむづかしや、問答無益。一人も通す事

三人 罷りならぬ。

 上手へ来り、富樫、葛桶にかかり居る。
弁慶 言語道断、かかる不祥のあるべきや。この上は力及ばず。さらば最後の勤めをなし、尋常に誅せられうずるにて候。方々近く渡り候へ。

四人 心得て候。

弁慶 いでいで、最後の勤めをなさん。

 それ、山伏といッぱ、役の優婆塞(うばそく)の行儀を受け、即心即仏の本体を、爰にて打留め給はん事、明王の照覧はかり難う、熊野権現の御罰あたらん事、立所に於いて疑いあるべからず、■オン(ロ+奄)阿毘羅吽欠(おんあびらうんけつ)と数珠さらさらと押揉んだり。
 此うちノットにて、弁慶真中に、左右へ二人づつ別れ、祈りよろしくある。富樫思入れあって、


富樫 近頃殊勝の御覚悟。先に承り候へば、南都東大寺の勧進と仰せありしが、勧進帳の御所持なき事はよもあらじ。勧進帳を遊ばされ候へ。これにて聴聞仕らん。

弁慶 なんと、勧進帳を読めと仰せ候な。

富樫 如何にも。

 弁慶思入れあって、
弁慶 心得て候。
地 元より勧進帳のあらばこそ、笈の内より往来の巻物一巻取り出だし、勧進帳と名附けつつ、高らかにこそ読み上げけれ。

 笈の内より一巻を出し押し開き

それつらつらおもんみれば
 富樫立上り、勧進帳を差覗く。弁慶見せじと正面をむき、きっと思入れ、大恩今日主の秋の月は、涅槃の雲に隠れ、生死長夜の永き夢、驚かすべき人もなし。爰に中頃帝おはします。御名を聖武皇帝と申し奉る。最愛の夫人に別れ、恋慕の情やみ難く、涕泣眼に荒く、涙玉を貫ね乾くいとまなし。故に上求菩提の為、盧遮那仏を建立し給う。然るに、去んじ寿永の頃焼亡し畢(おわ)んぬ。かかる霊場の絶えなん事を欺き、俊乗坊重源勅令の蒙って、無情の観門に涙を落とし、上下の真俗を勧めて、かの霊場を再建せんと諸国に勧進す。一紙半銭報賽の輩は現世にては無比の楽に誇り、当来にては数千蓮華の上に坐せん。帰命稽首(きみやうけいしゅ)、敬って白(まお)す。

地 天も響けと読みあげたり。


富樫 いかに候、勧進帳聴聞の上は、疑いはあるべからず、さりながら、事のついでに問い申さん。世に仏徒の姿さまざまあり。中にも山伏はいかめしき姿にて、仏門修行は訝しし、これにも謂れあるや如何に。

弁慶 おおその来由いと易し。それ修験の法といッぱ、所謂胎蔵金剛の両部を旨とし、嶮山悪所を踏み開き、世に害をなす悪獣毒蛇を退治して、現世愛民の慈愍(じいん)を垂れ、或いは難行苦行の功を積み、悪霊亡魂を成仏得脱させ、日月清明、天下泰平の祈祷修(じゅ)す。かるが故に、内には忍辱慈悲(にんにくじひ)の徳を納め、表は降魔の相を顕し、悪鬼外道を威服せり。これ神仏の両部にして、百八の数珠に仏道の利益を顕す。

富樫 シテ又、袈裟衣(けさごろも)を身にまとい、仏徒の姿にありながら、額に戴く兜巾(ときん)は如何に。

弁慶 即ち、兜巾篠懸(ときんすずかけ)は、武士の甲冑に等しく、腰には弥陀の利剣を帯し、手には釈迦の金剛杖にて大地を突いて踏み開き、高山絶所を縦横せり。

富樫 寺僧は錫杖を携うるに、山伏修験の金剛杖に、五体を固むる謂れはなんと。

弁慶 事も愚かや、金剛杖は天竺檀特山(てんじくだんどくせん)の神人阿羅邏仙人(あららせんにん)の持ち給いし霊杖にして、胎蔵金剛の功徳を籠めり。釈尊いまだ瞿曇沙弥(ぐどんしゃみ)と申せし時、阿羅邏仙人に給仕して苦行したまい、やや功積もる。仙人その信力強勢を感じ、瞿曇沙弥を改めて、照普比丘(しょうふびく)と名付けたり。

富樫 して又、修験に伝わりしは

弁慶 阿羅邏仙人より照普比丘に授かる金剛杖は、かかる霊杖なれば、我が祖役の行者、これを持って山野を経歴し、それより世々にこれを伝う。

富樫 仏門にありながら、帯せし太刀はただ物を嚇さん料なるや。誠に害せん料なるや。

弁慶 これぞ案山子の弓に等しく嚇しに佩くの料なれど仏法王法の害をなす、悪獣毒蛇は言うに及ばず、たとえ人間なればとて、世を妨げ、仏法王法に敵する悪徒は一殺多生の理によって、忽ち切って捨つるなり。

富樫 目に遮り、形あるものは切り給うべきが、モシ無形の陰鬼陽魔、仏法王法に障碍をなさば何を以て切り給うや。

弁慶 無形の陰鬼陽魔亡霊は九字真言を以て、これを切断せんに、なんの難き事やあらん。

富樫 して山伏の出立は

弁慶 即ちその身を不動明王の尊容に象るなり。

富樫 頭に戴く兜巾は如何に。

弁慶 これぞ五智の宝冠にて、十二因縁の襞を取ってこれを戴く。

富樫 掛けたる袈裟は

弁慶 九会(くえ)曼茶羅の柿の篠懸(すずかけ)。

富樫 足にまといしはばきは如何に。

弁慶 胎蔵(たいぞう)黒色のはばきと称す。

富樫 さて又、八つのわらんづは

弁慶 八葉の蓮華を踏むの心なり。

富樫 出で入る息は

弁慶 阿吽(あうん)の二字。

富樫 そもそも九字の真言とは、如何なる義にや、事のついでに問い申さん。ササ、なんとなんと。

弁慶 九字は大事の神秘にして、語り難き事なれども、疑念の晴らさんその為に、説き聞かせ申すべし。それ九字真言といッぱ、所謂、臨兵闘者皆陳列在前(りんびょうとうしゃかいちんれつざいぜん)の九字なり。将(まさ)に切らんとする時は、正しく立って歯を叩く事三十六度。先ず右の大指を以て四縦(しじゅう)を書き、後に五横(ごおう)を書く。その時、急々如律令(きゅうきゅうにょりつりょう)と呪(じゅ)する時は、あらゆる五陰鬼煩悩鬼(ごおんきぼうのうき)、まった悪鬼外道死霊生霊立所に亡ぶる事霜に熱湯(にえゆ)を注ぐが如く、実に元品の無明を切るの大利剣、莫耶(ばくや)が剣もなんぞ如かん。(武門に取って呪を切らば、敵に勝つ事疑なし。)まだこの外にも修験の道、疑いあらば、尋ねに応じて答え申さん。その徳、広大無量なり。肝にえりつけ、人にな語りそ、穴賢穴賢(あなかしこあなこあしこ)。大日本の神祇諸仏菩薩も照覧あれ。百拝稽首(ひゃっぱいけいしゅ)、かしこみかしこみ謹んで申すと云々、斯くの通り。

(地)感心してぞ見えにける。

富樫 ハハ斯く尊き客僧を、暫時も疑い申せしは、眼あって無きが如き我が不念、今よりそれがし勧進の施主につかん。ソレ番卒ども布施物持て。

三人 ハッ。

 番人三卒上手へはいる。

地 士卒が運ぶ広台に、白綾袴一重ね、加賀絹あまた取揃え、御前へこそは直しけれ。

 此うち番卒は木の台へ、加賀絹白綾袴地を載せ、三方へ帛紗包みの丸鏡と、袋入りの砂金を載せ持ち出て、富樫に見せ、よき所へ並べる。


富樫 近頃些少には候えども、東大寺勧進の布施物御受納下さらば、それがしが功徳、偏えに願い奉る。

弁慶 コハ有難の大檀那、現闘当二世安楽に、なんの疑いあるべからず。重ねて申す事の候。猶我々は近国を勧進し、卯月半ばには上るべし、それまでは、嵩高の品々、お預け申す。(鏡一面、砂金一包受納致す。)しからば方々、御通り候へ。

四人 心得て候。

弁慶 いでいで、急ぎ申すべし。

四人 心得申して候。

地 こは嬉しやと山伏も、しづしづ立って歩まれけり。

 弁慶先に四人付いて花道へかかる。義経、後より行きにかかるを、番卒甲、富樫に囁く。富樫思入れあって、太刀を取り立上り進み、

富樫 いかに、それなる強力。止まれとこそ。
 これにて、皆々キッとこなし
弁慶 ヤヤ慌てて事を仕損ずな。
 すはや我君怪しむるは、一期の浮沈爰なりと、各々後へ立帰る。

卜 此うち弁慶ツカツカと急ぎ舞台へ戻り、義経に向い、

弁慶 こな強力め、何とて通り居らぬぞ。

富樫 それは、此方より留め申す。

弁慶 されば何ゆえ留め候な。

富樫 あの強力がチト人に似たりと申す者の候程に、さてこそ唯今留めたり。

弁慶 何と、人が人に似たりとは、珍しからぬ仰せにこそ。さて、誰に似て候ぞ。

富樫 判官どのに似たると申す者の候ゆえ、落許の間留め申す。

弁慶 ナニ、判官どのに似たる強力め。一期の思い出、あら腹立ちや。日高くば能登の国まで越さうずると思えるに、僅かの笈一つ背負って後に下がればこそ、人も怪しむれ。総じてこの程よりやあyもすれば判官どのよと怪しめられるるは、おのれが仕業の拙きゆえなり。ムム、思えば憎し、憎し憎し、いで物見せん。

 金剛杖をおつ取って、さんざんに打擲(ちょうちゃく)す。

 弁慶、金剛杖にて義経を打つことよろしくあって、

弁慶 通れ
 通れとこそは罵りぬ。
富樫 如何ように陳ずるとも、通す事

番卒三人 罷りならぬ。

弁慶 ヤ、笈に目をかけ給うは、盗人(とうじん)ざふな。

卜 これにて四人立ちかかるを、

弁慶 コリヤ。

 留める。富樫、番卒もこれを見て、立ちかかる。双方よろしくあって、

 方々は、何ゆえに、かほど賤しき強力に、太刀かたなを抜き給ふは、目だれ顔の振舞、臆病の至りかと、皆山伏は打刀抜きかけて、勇みかかれる有様は如何なる天魔鬼神も恐れつべうぞ見えにける。

 此うち、弁慶、金剛杖を持って、双方を留める事よろしくあって、キッと見得


弁慶 まだこの上にも御疑いの候はば、この強力めを荷物の布施もろともにお預け申す。如何ようとも糺明あれ。但し、これにて打ち殺し申さんや。

富樫 こは先達の荒けなし。

弁慶 然らば、唯今疑いありしは如何に。

富樫 士卒の者が我れへの訴え。

弁慶 御疑念晴らし、打ち殺し見せ申さんや。

富樫 イヤ、早まり給うな。番卒どものよしなき僻目より判官どのにもなき人を、疑えばこそ、斯く折檻もし給うなれ。今は疑い晴れ候。とくとく誘い通られよ。

弁慶 大檀那の仰せなくば、打ち殺して捨てんずもの。命冥加に叶いし奴、以後はキッと慎みをらう。

富樫 我れはこれより、猶も厳しく警固の役目。方々来れ。

三人 ハアア

地 士卒を引き連れ関守は、門の内へぞ入りにける。
 富樫先に、番卒附いて上手へ入る。
 合方こだまになり、下の方より弁慶、義経の手を取り上座へ直し敬う。


義経 如何に弁慶。今日の機転、所詮凡慮の及ぶ所にあらず。兎角の是非を問答せずして、ただ下人の如く散々に、我れを打って助けしは、正に天の加護、弓矢正八幡の冥助と思えば、忝(かたじけな)く思うぞや。

常陸 この常陸坊を初めとして、随う者ども、関守に呼びとめられしその時は、ここぞ君の御大事と思いしに

伊勢 誠に正八幡の我が君を守らせ給う御しるし。陸奥下向は速かなるべし。

片岡 これ全く、武蔵坊が智謀にあらずんば、免がれがたし。

駿河 なかなか以て、我々が及ぶべき所に非ず。

常陸 フフン驚き

四人 入って候。

弁慶 それ、世は末世に及ぶといえども、日月いまだ地に落ち給わず。御高運、ハハ有難し有難し。計略とは申しながら、正しき主君を打擲、天罰そら恐ろしく、千鈞をも上ぐるそれがし、腕も痺るる如く覚え候。アラ、勿体なや勿体なや。
 

 ついに泣かぬ弁慶も、一期の涙ぞ殊勝なる。
 判官御手を取り給い。
 皆々愁いの思入れ、


義経 如何なればこそ義経は、弓馬の家に生れ来て、一命を兄頼朝に奉り、屍を西海の浪に沈め

弁慶 山野海岸に、起き臥し明かす武士の
 

 鎧にそいし袖枕、かたしく暇も波の上、或る時は船に浮かび、風波に身を任せ、また或る時は山脊の、馬蹄も見えぬ雪の中に、海少しあり夕浪の、立ちくる音や須磨明石。とかく三年の程もなくなくいたはしやと萎れかかりし鬼薊、霜に露置くばかりなり。
 弁慶よろしく物語りようの振りあって、納まる。


四人 とくとく退散
 

 互いに袖をひきつれて、いざさせ給えの折柄に。

 弁慶先に、皆々立上り、行きにかかると、下手より番卒の甲大杯を三方に載せ、此を持ち、番卒の乙、丙は瓢箪の吸筒を持ち出て来り、後より富樫出て来り

富樫 なうなう客僧達暫し暫し。
卜 これにて皆々入れ替り、よろしくすまふ。


富樫 さてもそれがし、山伏達に卒爾申し、余り面目もなく覚え、粗酒一つ進ぜんと持参せり。いでいで杯参らせん。

卜 土器を取上げる。番卒酌をする。富樫呑んで弁慶へさす。

弁慶 こは有難の大檀那、ご馳走頂戴仕らん。
 

地 実に実にこれも心得たり人の情の杯を受けて心をとどむとかや。

 杯を受け、よろしくあって

 今は昔の語り草、
 あら恥ずかしの我が心、一度まみえし女さえ、
 迷いの道の関越えて今また爰に越えかぬる、
 人目の関のやるせなや、
 アア悟られぬこそ浮世なれ。

 此うち番卒を相手に杯事あって、卜卜葛桶の蓋を取り、両人の吸筒の酒を残らず注ぎ、グッと飲干し酔うたる思入れにて

 面白や山水に山水に、杯を浮べては流に牽かるる曲水の、手まづさえぎる袖ふれて、いざや舞を舞はうよ。

 此内大小にて、よろしく振あって、三絃入り男舞になり、本行の舞になり、よろしくあって
 

弁慶 先達、お酌に参って候。

富樫 先達一差し御舞い候へ。

弁慶 萬歳ましませましませ、巌の上、亀は棲むなり、ありうどんどう。

 延年の舞になる。

 元より弁慶は、三塔の遊僧、舞延年の時の若。

 此うち、振りあって舞の二段目になる。


弁慶 これなる山水の、落ちて巌に響くこそ、鳴るは瀧の水、鳴るは瀧の水。

 振りあって舞の三段目になり、

 鳴るは瀧の水、日は照るとも、絶えずとうたり、とくとく立てや手束弓の、心許すな関守の人々、暇申してさらばよとて、笈を押取り肩に打ちかけ、

 大小片シャギリになり、弁慶、振りのうち、皆々に行けという思入れ。これにて義経先に、四人附いて向うへ入る。弁慶笈を背負い、金剛杖を持ち、富樫に辞儀して立上る。

 虎の尾を踏み、毒蛇の口を遁れたる心地して、陸奥の国へぞ下りける。

 よろしく弁慶花道際へ行き、舞台は富樫、番卒残りて見送り、弁慶金剛杖をトンと突くを木の頭、キザミなしに、

 打込み、カケリになり、弁慶よろしく、振って這入る。止めの木にて、跡シャギリ。了

 


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2001.12.16
Hsato