柔道精神なき世界柔道
 

世界柔道を観て感動しないのは何故 か?

− どうなる柔道の未来−



 ブラジルのリオデジャネイロで9月16日まで開催された世 界柔道を観戦しながら、私はしみじみと「柔道がどこかおかしい」、「このままでは本当に柔道がダメになる」と感じた。

そして日本生まれの柔道が世界柔道化する中で、その精神性すらなくしていくことを思い、感傷的な気分になってしまった。これは何も日本選手がなかなかメダ ルを取れないということをいうのではない。根本にある柔道精神が失われつつあることを憂いているのである。

まず第一に、今の柔道は、見た目にも余りにもせせこまし過ぎる。だからさっぱり面白くいない。組み手を争いは、まるで「シャモのケンカ」ようだ。これは日 本のスター谷亮子選手(32)でも残念だが、今回は試合経験の妙で勝ったようなもので試合内容には、こちらを唸らせるような鋭さはなかった。谷選手に限ら ず、最近のほとんどの試合は、一本を決める柔道というよりは、ポイントを先に取って、後は相手の焦りを誘い、注意を受けて、ポイントを奪われないようにし て、時間を潰して逃げる切るという闘い方に見えた。だからさっぱり美しくも、潔さも見えない。はっきり言って卑怯千万である。

まあ良くたとえるならば「胴衣を着けたレスリング」というところか。だから見ているものを感動に誘う何かが足りないのだ。「それで本当に良いのか」、「そ んなにまでして勝ちたいのか」と柔道関係者に問いたくなる。

かつて柔道の組み手の争いは、剣道のつばぜり合い同様、静粛に行われた。そこには刹那の美があった。しかし今はまったく、それがない。ないどころか、試合 時間の五分間の間、シャモのケンカを見せつけられ、サンボ風の「スミガエシ」のような捨て身技が流行る有様は、もはやどうにもならない状況としか言いよう がない。

その中で、最終日、男子無差別で優勝した棟田康幸選手(26)の一本を取りに行く柔道がわずかに柔道本来の型というものを、感じさせるもので、少しばかり 気が晴れる思いがした。

棟田選手は、決勝で巨漢のルイバク選手(ベラルーシ)と対戦した。わずか170cmほどの身長しかない棟田は、190cmを越える大男のルイバクと堂々と 渡り合い、再三この選手が仕掛けるスミガエシを上から抑え付けるようにしてすかし、最後には堂々と押さえ込みで一本を奪った。この時、私はサンボ風スミガ エシを上からすかして、のし掛かった瞬間、一本あるいは技有りでも良いと思った。おそらく、柔道の精神を分かっているものが見れば、あの棟田選手の返しの 捌き方は、相手の動きを的確に読んだ返しであり、技有りあるいは効果のポイントが入るべきものだ。やはりそれについては、柔道の審判員のレベルの向上が前 提となるが、余りに柔道というものを知らなすぎる審判員が多くなるのも、シャモのケンカ状況を助長させている原因だろうと思う。

柔道は、本来相手の体の動きを一瞬で読み、そこに力というよりは、気を送るようなものである。それはテコの応用であり、柔よく剛を制するという言葉もその ことを説明する言葉なのである。

かつて神様とも呼ばれた三船久蔵十段(1883-1965)は、159cm、63キロの小さな身体であったが、船旅でアメリカに行く途中、大柄なアメリカ 人から、あなたは柔道チャンピオンだそうだが、私と勝負して勝てますか、と小馬鹿にした口調で言われ、はじめは無視していたが、余りにしつこいので、腕を 取ると、一瞬で甲板に投げつけてしまったというエピソードを聞いたことがある。

かつて何十人を相手をした三船十段の乱取りの映像を観たことがある。これは本当に凄いものだ。まるで踊りの名手の舞を見る思いがした。動きに、無駄がな く、ソツがなく、本当に相手の動きを読んで、右に左に体をかわし、無数の敵の間をめぐりながらポンポンと投げ飛ばしていくのである。これは一見の価値があ るものだ。

世界の柔道を志す者は、この三船十段の映像を是非見て、大いに考えるべきだ。現在の柔道は、目先の勝ち負けに固執する余りに、シャモのケンカ状態になって いることは明白だ。もちろん勝たなければ行けないが、その前に、柔道というものが、どのようなものであるか、その根本のところを知らず、柔道を語るべきで はない。

最後になるが、聞くところによれば、「国際柔道連盟(IJF)の役員改選で、再選を目指した教育・コーチング理事の山下泰裕氏が落選」(神戸新聞社説9月 12日)したようである。どのような事情があるにせよ、柔道の精神を伝えるべき山下氏が、この地位を解かれたのは、世界柔道にとっては、大いなる後退に なってしまうことは避けられない。日本のスポーツ関係者は、とかく政治力がない人が多い。しかしそれではダメである。柔道の根本精神を伝えるためにも、是 非とももう一段の政治力を磨き、正々堂々と「シャモのケンカ状態」あるいは「胴衣を着たレスリング」のような柔道ではいけない。と主張して貰いたいのであ る。このままでは本当に柔道はダメになってしまう。


YOU TUBE 三船久蔵氏の映像>

http://www.youtube.com/watch?v=1ye5DC7sVTw&eurl=


2007.09.20 佐藤弘弥

義経伝説
思いつきエッセイ