日本に地獄化の兆候!?

 

昔読んだエマヌエル・スウェーデンボルグ(スウェーデンの高名な科学者にして歴史的な霊能者)の「霊界日記」によれば、地獄というものは、神の裁きによって、そこに送り込まれる世界ではなく、考え方の共通している霊たちが集うコロニーのような場所だと、あったような気がする。ずっと昔の事なので間違っているかもしれない。別に神秘主義の思想を説明するつもりはない。ここで大事なのは、地獄が、自分の意志によって、行く所であるという点だ。つまり死に際しての自分の感覚が、地獄向きの考えに近ければ、その人物にとって、天国よりも地獄の方が住みやすいということになるのだ。

スウェーデンボルグは敬虔なクリスチャンであるから、恐らく、この地獄というものをイメージした時、どのように周囲に説明するかについて、悩み抜いたに違いない。キリスト教では、人間は神によって、死後裁きにあう、とされているからだ。彼の霊視によれば、実はそうではなく、「地獄の思想を持った人間達が集まるコロニー」だというのだから、これは一種の地獄という認識の革命である。

大体、キリスト教や仏教の説く、地獄の思想というものは、いささか説教的で道徳的で、まあ社会を維持するための意図的な倫理思想といったところである。しかしスウェーデンボルグが霊視した地獄は、そのようなものとは、明らかに違うリアリティさが漂っている。

さてここからが今日のテーマであるが、昨今のこの世界が、どうも地獄の世界に侵食されている気がしてならないのである。地獄の世界の特徴は、常に物事を自分中心に考えることだ。早い話が、自分の利益を優先し、我欲の追求に奔走する。もしそこで前に立ちはだかるような人間がいたとすれば、容赦なく打ちのめす。

昨今の地球、特に日本社会を見た所、どうも最近まで地獄の住人だった霊達が、この美しい地球を地獄化するために連れだって再生したのかもしれない、と思わせるような事件が続発している。お金が欲しいと言っては、他人に多額の保険金を掛けて殺してしまう。かわいいからと云っては、小さな子をさらって、まるでペットのようにする。金を借りるだけ借りさせて、用無しとなると、これを殺害する。何か世間をあった云わせたいとして、バスを乗っ取り、人を殺す。しかも悪びれて反省するような犯人は一人もいない。これらの犯罪は、地獄の思想の持ち主しかできないような悪行だ。

事件まではいかなくとも、この地獄の思想を持った者は、我々の身の回りを少し見渡せば、それこそ五万といる。かつてこれほど、妙な狂気に駆られた日本人が、大挙してこの世に現れたことがあろうか。

もちろん戦乱の世でも、狂気に駆られた人間はいた。つい60年前の世界大戦でも日本人は、一種の熱狂的な狂気に駆られて残虐な行為をした。しかし最近の狂気の特徴は、そのような飢えによるものとか、ファシズムといった一種の集団ヒステリー的な精神状態とは明らかに違う、非常にパーソナルな感覚であるにも関わらず、日本人の間に深く潜行しつつあるのである。

かつて臨床心理学者のユングは、ファシズム前夜のヨーロッパにおいて、若者の多くが、それまでとは違う非常に暴力的な衝動に駆られる精神状況を発見し、何か得体のしれない不吉なものを感じた、と述懐している。もちろんこれは、その後に起こったファシズムの嵐の前兆となる精神現象であった。

もしかすると、最近の日本社会の地獄化も、何かが起こる前触れなのかもしれない。それにしても、地獄の思想を持ったような人間の何と多いことか。明らかに日本社会は、地獄の住人のコロニー化しつつある・・・。クワバラ・クワバラ。佐藤
 


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2000.5.25