名優藤田まことさん 「明日への遺言」を「遺し逝く
 俳優藤田まことさんが、2月17日、大阪の病院で亡くなった。享年76歳。死因は大動脈からの出血だった。

いい役者には、これだ、これを演じるために、この役者は生まれてきたというように感じる役どころがあるものだ。

藤田さんには、若き頃の「あんかけの時次郎」(1963年〜、コメディ「てなもんや三度笠」)や中村主水(1973年〜「必殺仕置人」シリーズ」)や安浦刑事(1988年〜「はぐれ刑事純情派」)といった当たり役がある。

私は、藤田さんの生涯の中で、映画「明日への遺言」(2008年3月公開 小泉堯史監督作品 原作大岡昇平「ながい旅」)で演じたB級戦犯岡田資(おかだたすく)中将役こそが、藤田まことさんにとっての一世一代の演技であったと確信する。

藤田まことさんは、実に器用な役者である。喜劇もやればシリアスな演技もできる。歌もうまければ滑舌も絶品だ。しかし「明日への遺言」の岡田資役だけは、器用とか、達者とか、滑舌とか、そのような次元を越えた演技をみせた。

この映画の原作は、兵士として出征した体験を元に数々の戦争の真実を小説として結晶させた大岡昇平氏(1909-1988)である。ストーリーは、名古屋市内に空襲に飛来した米国の爆撃機が墜落し、捕虜と成った米兵を裁判を通さず処刑したことを廻って、岡田中将の責任が軍事裁判で問われるというものである。

戦争というものは、敵味方、それぞれ言い分がある。日本側から見れば、名古屋市街への爆撃は、文民への爆撃であり、戦争犯罪そのものである。一方米側から見れば、裁判がなく、米兵が処刑されたのは、「捕虜の待遇」に関する国際条約違反ということになる。

この中で、戦犯となった藤田さん演じる岡田中将は、部下たちの処刑の選択を軍の命令系統の中で起こったことで、部下に罪はないことを理詰めで主張する。岡田中将は、戦犯となっている部下を思い、日本の未来を思い、後に残される家族を思い、最後には罪を一身に背負って刑死するのである。藤田さんは、岡田中将の姿を淡々と静かに演じていた。その内省的な演技には、役者魂を感じさせる鬼気迫るものがあった。

本作を見終わって、しばらく体が動かなかった。しばらくして体が震えるような感動が来た。藤田さんの魂そのものが、この映画のフィルムに映り込んでいると感じた。藤田さんの演技から、私は「戦争」というものが、どこまでも人間を敵味方に分け、どこまでも不幸に追い込んでいくという側面があることを強く教えられた。またその迫真の演技から、日本人としての気高さを受け取り、誇らしくも思った。おそらく藤田さんは、無念の思いを残しながら処刑された岡田資という人物の高潔な精神を、悲劇の奥にある歴史の真実として残したいとの強い思いがあったのだろう。

藤田さんは、後のインタビューで、出演依頼を受けた時、迷いに迷ったという。迷っている藤田さんに対し、監督の小泉堯史氏は、この映画に関する資料や思いの丈を手紙にして幾度も根気強く送ると、ついに藤田さんは、根気負けする形で、映画は完成したという。

本日、藤田まことさんの逝去の報を聞き、まず思ったのは、「明日への遺言」のような重厚な演技のできる役者が、日本からまた一人居なくなったという寂寥感であった。再度「明日への遺言」を鑑賞したくなった。生涯において、これはという役を得て、これを演じきった藤田まことさんの見事な役者人生に心から敬意を表したい。合掌

2010.2.18 佐藤弘弥

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