はやり言葉で読む日本の世相(1)

加齢臭

何気なく言葉に宿る中高年者への 侮蔑


誰がいつどんな目的で使用したものか知らないが、今「加齢 臭」という言葉が独り歩きをはじめている。そもそも「加齢」とは、誕生日が来て年齢を重ねる意味で使用されたものである。それが今は「加齢・臭」として 「老年の人の臭い=体臭」として、疎まれる言葉となってしまった。独り歩きをはじめた加齢臭は、「オヤジ」、「介護」、「口臭」などといつの間にか結びつ き、疎まれるという次元を遙かに越えて、中高年者に対する世代差別とも受け取れるような言葉になりつつあるのを感じる。

昨日、私がエレベーターに乗っていると、若者数人がある階で乗り込んで来て、盛んにニヤニヤしながら、「クサイ、クサイ」と言っている。私のことかと思 い、「昨夜はニンニクなど食べていないよな」などと思っていると、途中でエレベーターを降りた中年男性がいなくなると、若者たちが「いや、臭かったね。カ レー臭だね」と馬鹿にした感じで言っているものだから、こちらは最初食べる方の「カレーの臭いがしたか?」などと思って考えながら、少しして、事態がやっ と飲み込めたのである。若者たちは「加齢」の臭いのことを言っていたのだ。

確かに中年男性の臭いというものはあるかもしれない。昔は「オジサン」と言えば、ポマードなどの整髪料とタバコ臭さが混ざり合ったような独特の臭いがした ような記憶もある。しかし最近の中年はタバコも吸わない人間も多く、ポマードのような整髪料もつける人は少ない。それでも加齢臭が気になるというのは、大 げさではないか。

それなのに中高年者は、誰が言ったか知らないが「加齢臭」などといういかにも疎まれるような加齢臭という侮蔑的な言葉に括られてしまっているのである。

人に不快感を与えないのは人間社会を生きるマナーであるが、年齢を重ねた人間の体臭を「加齢臭」といった一言で括ってしまうと、それが独り歩きをはじめ中 高年を傷つける言葉となることを、私たちはよく知っておくべきである。

別に私は言葉狩りをするような意図はまったくない。先にエレベーターに乗った若者が、無意識で「クサイ、クサイ」と言ったのは、前に乗っていた中高年の男 性に対するあからさまな「差別意識」であり、このような不謹慎な態度が世代間に生まれるような社会は問題である。

そもそもそのようなことが起こるのは、社会全体がテレビなどで氾濫する流行語などを無批判に取り入れてしまうことから来ていることは明らかである。よく考 えてみれば、「加齢臭」という言葉は、「歳を重ねた人の臭い」のことであり、だとすれば、これは中高年者全体を臭いという箇所で区別する言葉であり、「差 別」に繋がる危険な造語だったのだ。

今後もさまざまな造語が誕生してくると思うが、私は誰かが不快に感じる可能性のある言葉については、その都度検証し、社会全体で特定の世代や人々が不当な 差別を受けないための注意を払っていくべきだと思うのである。したがって、私は「加齢臭」という言葉は、使うべきではないと思うのである。


2007.4.27 佐藤弘弥

義経伝説
思いつきエッセイ