ブッシュ新大統領の就任演説と日本

 
 
大寒の1月20日の深夜、ブッシュアメリカ新大統領の就任演説を聞いた。
そこで私の耳に残ったのは、「思いやり」と「礼節」「品格」「勇気」という意外なほどシンプルな4つの言葉であった。そしてこれらの言葉にはすべて裏があるように思われた。しかし裏とは言っても陰険な二枚舌とか本音と建て前の使い分けという意味ではない。

以下、簡単に4つの言葉の裏に込められた新大統領の思いを考えてみることにする。
まず第一の「思いやり」という言葉の裏には、米国議会で共和党と民主党の勢力が拮抗しているために、弱者優先を掲げる民主党の協力を得る為のしたたかな計算があるように思われた。第二の「礼節」の裏には、アジアの同盟国としての日本との友好関係を修復し、民主党のクリントン政権8年間で失われた日本との同盟関係を再度戦略的パートナーとしてのレベルに格上げする決意がみられた。第三の「品格」には、クリントン前大統領の個人的なスキャンダルによって失われた大統領への信認(米国に対する信認)を回復するという覚悟が読みとれた。最後の「勇気」からは、台湾政策に関する自国の「曖昧政策」(軍事介入するかしないかを明確にしない戦略)を放棄し、態度を明確にすることや、また米国をNMD(全米ミサイル戦略防衛網構想)で防御するという決意のようなものを感じた。もちろんこれは私の感想であって、分析というほどのものではないことは断って置く。

とにかくこの10分足らずの極めて短い演説を、私は気持ちよく聞き終えた。もちろんこの演説は、リンカーンの就任演説やケネディのそれと比べ、大衆を唸らせるような名言は欠けていた。とても名演説と言える代物ではなかった、けれど私には、何か古き良き時代のアメリカのオールドソングを聴いた後のような心地よさが残ったのである。

最近では、猫も杓子も森首相も、「IT戦略」などという具合で、デジタル言語(?)ブームである。妙に耳慣れない言葉が、政治的スローガンの中にも入り込みすぎていて、いささかうんざりしていた所であった。そこで世界の政治的リーダーの中で文句なくNO1の影響力のある米国の新大統領が、あのような古臭いとも言えるような4つの言葉を発したことは、嬉しい驚きであった。

大統領となったジョージ・ブッシュ氏は、名門エール大学の卒業ながら、必ずしもエリートではない。学業もスポーツも抜群だった父に比べると、むしろ凡庸な人物である。石油関係の会社を経営し、失敗をした経験もある。アルコール中毒になって、苦しんだという事実もあるという。この事実をブッシュは、選挙キャンペーンの過程で隠さなかった。いやむしろこれら否定的な情報を武器にして、世の中の、ほとんどを占める凡庸な者たちのハートをくすぐったとさえ言える。そして見事に43代目の米国大統領に選出されたことは、新しいタイプ大統領の出現と言えるかもしれない。

ある時の記者会見で、ブッシュは「あなたの政権には、随分優れた人物がおりますが、それらの人物を束ねていけるのか?」と聞かれて、このように答えた。
「大統領になる人物が、優秀な人間に囲まれるのは当然なこと。私はそんなことは少しも怖れていませんよ」と。

大統領自身が、優秀過ぎると、独断に走り、イエスマンのような人物を周囲に配置する傾向がある。しかしブッシュ氏はその逆だ。自分の能力の限界を知るが故に、優秀な人物、その部門に最適最良な人物を抜擢採用するという手法だ。その人物の多くは、父の8年前に父の政権を支えていた人物の登用にある。副大統領のチェイニー氏は、父の政権の時には、国防長官だった人物だ。更に国務長官のパウエル氏は統合参謀本部議長として、米軍の最高権力者として、湾岸戦争を指揮した人物である。また大統領補佐官となったライス女史は、ロシア問題の専門家でやはり父の政権時代から活躍した人物である。こうしてみると、アメリカのブッシュ共和党政権は、これまでのクリントン民主党政権とは、かなり違う政権になると思って良さそうだ。

少なくても、日本にとって、ブッシュ新政権が、改めて日本という国家を同盟国と再認識したことは注目に値する。また中国を「パートナー」(クリントン政権時代)から「競争相手」した認識の違いは、アジアを廻る国際政治に大きな変化が訪れることは必至だ。クリントン政権時代の、アジア戦略の要は、中国研究者中心のいわば中国人脈だった、そのためクリントン政権では、いささか日本軽視の傾向が強かった。これが180度変化することになる。要するに日本には、同盟国としての対応が要求される。10年前を思い出して欲しい。あの時の湾岸戦争時では、日本は「日本が出来る義務を果たせ」とアメリカ政府に指摘され、結局90億ドルの支援費用を負担させられたことがあった。これと同じ時代が再び到来するということである。ではあの90億ドルの負担によって、日本の国際的地位と評価が上がったかと言えば、必ずしもそうではなかった。ひどい言い方では「金しか出さない国」という陰口さえ聞かれた。

ブッシュ新政権では、日本の立場は、国際政治の場において、クリントン政権時代とは、比較にならないほど、高まることは容易に想像できる。だが一方では日本の政治家や官僚が、これまでのように曖昧な主張と立場を貫限り、また再び「金だけを負担させておけばよい」というような惨めな同盟関係にならないとも限らない。

したがって結論として言えば、ブッシュ政権の到来は、日本という国家においては、自国の国家としての立場を世界に認めさせる上では、間違いなくチャンスである。ただし日本の政治をリードする政治家や官僚達の腹の座り具合で、チャンスは、たちまち危機にもなってしまう可能性はあるのだ。佐藤


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2001.1.22