きんさんの長寿人生

長生きの秘訣?


長寿で有名な「きんさん・ぎんさん」のきんさんが2000年1月24日亡くなった。107歳の大往生であった。何故私がこのような話を書くかと云えば、単に過熱気味の報道にうんざりしたからではない。実は少し妙な気がしたからである。

八十を越えた?息子がインタビューに答えてこのように云った。

「もう少し長生きさせてやりたかった」と涙を流していたことだ。すると「きんさん」の妹の「ぎんさん」は、「こんな悲しいことはないです。あんなに冷たくなって…」と悲しみにくれていたことであった。

そこでへそ曲がりの佐藤は、「彼女たちの長寿の秘訣は、死を容易に受け入れないことかもしれない?」と感じた。つまり通常、人間が老いることは、自らの死を悟り、それを次第に受け入れていく精神の過程なのだが、あの姉妹の一家の場合は、死を悲しいと決めつけまったく死を拒絶して
いるような一族ではないかと思ったのだ。別の側面からみれば、死は生からの解放である。老いて歩くのも、食べるのも、見るのも、不自由になり、寝たきりになった身体という牢獄からの解放。それが死の別の意味である。

この世は、死をタブーとして成立している社会である。死刑がこの社会の最悪最強の罪科であるのは、死を忌み嫌い、死を徹底的に畏れ、死を拒絶するという一般常識によって支えられているためだ。もしも死を越えた何かがあると、一旦人間が思い始めたら、確かに一向一揆のあの熱狂した民衆のよ
うにあの魔王と言われた信長さえも窮地に追い込むだけのエネルギーがある。天草四郎という若者に率いられた島原のキリシタンの宗徒の反乱もまたそんな死をものともしない宗教的熱狂の結果であった。

さすがに現代の日本は平和である。戦争も争いも論争すらない社会で、死のことは107歳の女性でもタブー化しているのであろうか…。

しかしよくよく考えれば、誰も死を免れることは出来ない。それであれば、意味のある生を精一杯に生きて、命を天に差し出せばいいではないか。元々何もなかった所から、偶然の働きで出来た存在それが人間である。苦しみも悲しみもない世界が死であれば、元々無であった自分に還って行くだけの
こと。何のためらいがあろう。

もちろんやりかけた仕事や、大切な家族を後に残してこの世を去るのは、考えればたまらなく悲しいことかも知れない。でもモノは考えようである。つい最近も母の実家のおばさんが亡くなった時、口には出さないが、久々に会う兄弟姉妹に会える期待の表情が母にあったのを私は感じた。つまり死は悲
しい側面ばかりではない。仏教哲学的に云っても、死は再生への入り口でもあるのだ。もう少し我々も単純に死をタブーとするのではなく、死を深く理解する気持ちを持っても良いのではあるまいか。佐藤

 


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2000.01.25