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イエス・キリストの精神革命

−日本のクリスマスに思う−


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はてはて困ったものだ。仏も神も信じない今の日本人が、クリスマスに騒ぎまくっている。何でもそうだが、馬鹿騒ぎにはうんざりだ。黙って、二千年前に現れたキリストと言われる人物を静に考えたらどうだ。と言いたい。

さて馬小屋で、生まれたナザレという地の大工の倅のイエスが、何故、ヨハネの洗礼を受けて荒野に修行に旅立ったのか、聖書を見てもはっきりしない。聖書はイエスを神聖化するために書かれたものだから、当然実際のイエスとの間には、明確な違いがあることは当然だ。その為にはイエスが生きた時代というものを考える必要がある。

周知のようにユダヤ人は、古代バビロニアの時代、そしてエジプトの時代には、その国家の周辺にあって、奴隷の如き境遇に置かれた部族だった。エジプトの時代(紀元前十四世紀頃)に、モーゼという指導者が現れて、ユダヤの民を率いて、苦難の旅に出る。モーゼは司祭のような人物で、シナイ山において神憑りをして「神(ヤハウ)」から十戒を授かる。これは唯一の神「ヤハウ」とユダヤの民との契約を意味し、最初の法律ともいうべきものだった。以降ユダヤの民は、この教義を大切に守りながら、神との約束の地カナンに入り、イスラエル王国を建国したのである。紀元前1000年頃、ダビデ王の頃には、この国家は強大な力を持つようになり、現在のエレサレムに攻め入り、その跡を継いだソロモン王の頃に絶頂期を迎えた。しかしやがて国家は分裂をしてしまった。

このような中で、ペルシャ帝国やローマ帝国が台頭してきて、再びユダヤの民は、惨めな存在に押しや戻されてしまう。こうした中で、民族の団結を精神的に支えたのが、モーゼ以来の民族宗教であるユダヤ教だった。ユダヤ教の中には、救世主(メシヤ)という考え方があるがあるが、民族を統一に導き、再びイスラエルという国家を建国するリーダーが待望されていた。

イエス・キリストは、ユダヤ人たちの以上のような状況下で現れた人物であった。
 

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我々は偉い神の子としての「イエス・キリスト」というバリバリの伝説化した人物として、この歴史的人物をイメージしがちだ。しかし実際のイエス・キリストは、エマニュエル(インマニュエル)と呼ばれる若者だったと言われる説もあれば、「イエス」という名は、ギリシャ語読みの「イェースース」(あるいは「イエスス」)で、これはヘブライ語の「イェーシュア」のから来ていると解釈される場合もある。この「イェーシュア」という名は、旧約聖書に登場する「ヨシュア記」の預言者ヨシュアのことであり、ユダヤ人の間ではごく一般的な名である。

イエスの後に連なる「キリスト」という名は尊称であり、ギリシャ語のクリストス(Chiristos)から来ている。これも本来は、ヘブライ語の「マーシアハ」(メシア)であり、「油注がれた者」(稀少な油を注がれる人物を意味し非常に尊い人という意味)のことである。クリストスは、そのギリシャ語訳名なのである。するとイエスは、その昔、「イェーシュア・マーシアハ」と、「尊い救世主イエス様」ほどの意味で呼ばれていたのであろうか。

ともかくイエスは、インマニュエルないしはイェースースと呼ばれる若者だった。そして今我々が考えるよりも、ずっと人間らしい熱い心を持った人物だった。聖書を経典として見ないで、人間のドラマとしてみると、実に瑞々しくイエスの気持ちというものが伝わってくる。

私が、初めてイエス・キリストの生涯に触れたのは、小学校5年生位の時に読んだ「イエス伝」だったかと思う。やっと自我らしきものが芽生えた少年期の私にとって、湖を歩いている超能力者のイエスには、ワクワクさせられたし実に新鮮だった。山上の垂訓あるいは山上の説教と呼ばれる箇所は、ものすごく私の心に響いた。

私の記憶の中にある「山上の垂訓」を掻い摘んで記してみる。

        悲しんでいる人は幸いである。その人たちは、神によって慰められるであろう。
        堪え忍ぶ人は幸いである。その人たちは、神によって約束の地を与えられるであろう。
        飢えている人は幸いである。その人たちは、神によって満たされるであろう。
        平和を実現しようとする人は幸いである。その人たちは神の子と呼ばれるであろう。
        迫害される人は幸いである。天国はその人たちのものである。
        私のために罵られ、迫害され、ありもしない悪口を言いふらされる人は幸いである。
          その人たちには大いなる報いがあるであろう。

かっこいいとも思った。ここまで、はっきりと弱い者を勇気付け、正義感に燃えた人物がいることに、人間のすばらしさとイエスという人物のすごいさに素直に感動した。

それはきっとイエスという人物を宗教家という先入観で判断したのではなく、一個の生身の人間としてその人物に触れることができたからの実感であったと思う。同時にイエス伝を読み進みながら、娼婦マグダナのマリアに香油を頭から注がれるシーンは妙にセクシィなイメージが浮かんだ。イエスは、この時自分が死ななければならぬ運命を知っていただろうし、目の前にいる艶めかしい女性マグダナのマリアに恋のようなときめきの感情を持ったに違いないと思った。迷い、様々な欲を持ち、一歩間違えば、過ちをしでかすかも知れない生身の人間イエスが、非常に魅力的な人物に思えて、ドキドキしながらイエス伝を読み進んだ記憶がある。
 

3
初めてイエス伝を読み、数十年が過ぎた。今でも人間イエスに対する思いは、まったく変わらない。イエスは、私にとっては、単なる聖人ではない。我々と同じ悩みを抱え、様々な苦難に遭いながらも、弱い自分を奮い立たせながら、自分の死を人類の生け贄となることを覚悟で、死んで見せた人物である。私はイエスの自己犠牲の精神や、人間としての弱さのようなものにこそ、人間の最良の魂と美を見るのである。

31才の若者イエスは、権力者から囚われ、やがて殺されることを覚悟で、エレサレムの都に向かう。彼はそこで当然の如く、囚われ、自らで自分が架けられる十字架を背負って、ゴルゴダの丘を必死で昇る。最後に十字架に架けられても、イエスは迷いに迷う。彼の心の中では、「何か超然とした現象が起こり、神によって、救われるのではないか。」そんな淡い期待が何処かにある。それが聖書をひたむきに読めば見えてくる。そこが美しいのだ。もちろん現実には、そんなことはイエスの冷静なもう一つの心は百も承知である。自分が生け贄のように死んで見せることによって、自分の考え方というものが、やがて人々の心を動かして、正しい方向に世の中を導いて行くはずだ。そんな覚悟をもっている。しかしイエスも人間だ。十字架の上で、「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」(神よなんで、自分をお見捨てになるのですか)と思わず洩らす。その心の葛藤が人間らしくて泣けるのである。

2000年も前にこのように自分の命をもって、世の中を救おう、弱い人間達を救おうとした人物がいたのだ。それは頑なにユダヤの教義をもって人間をその型にはめようとするような思想ではない。もしそこに病の人が苦しんでいれば、イエスはたとえ安息日であっても、全力をもってその人間を救おうとした。右の頬を打たれたなら、直ちに身構えて、相手の頬を打ち返すようなことをせずに、左の頬を出して見せた。それは憎しみやうらみのような考えで、相手と対峙したならば、永遠にその憎しみやうらみが消えずに、時代を超えて持ち越されるものであることを、イエス自身が知っていたからである。

しかしイエスの考えたように、ユダヤの人々に安息の日々は訪れなかった。いやそれどころか、約束の地を追われたユダヤ人たちは、その後2000年に渡って、世界中を彷徨うことになった。彼らはイエスの思想ではなくユダヤ教の唯一神(ヤハウ)をひたすら信仰することによって、民族としての結束を保ちつつ、1947年にイスラエル建国にこぎ着けた。確かにもしもこれがユダヤ教でなかったならば、民族としての求心力は2000年という長い間を通して、持ちこたえられずに、現在の世界の多くの民族のように、優位なる民族の宗教に糾合されて、影も形も無くなってしまっていた可能性が強い。唯一神のヤハウを信仰するユダヤ教だからこそ、ユダヤ人たちは、民族としてのアイデンティティを保ち得たことは明白だ。しかしその思想には、強烈な民族性故に、周囲にいる者には大いなる脅威をもたらす可能性がある。そうしてアラブの人々は、ユダヤ教に対抗する形で、イスラム教という彼らのアイデンティティを形成していったのである。その意味で、イスラエル建国に伴って、持ち上がったパレスチナ難民の問題は、実に根深い問題なのである。

もう一度、我々は、イエスの知恵と勇気と行動を再評価する必要がある。彼は憎しみには、愛を持って、応えようとした。イエスは、「あなたの敵を愛しなさい」と言った。誰が敵など好きこのんで愛せる人間などいようか。それでもイエスは、敵を愛することを教えた。「右の頬を打たれたら、左の頬を、上着を奪うものには、下着も与えよ、それを決して奪い返してはならない。自分のして欲しいと思うことを、人にもしてやりなさい。何もあてにしないで見返りなど考えることなく、してあげなさい。」と言った。イエスの説く愛は、大きい。それは人類愛であって、己の周辺のみを愛するような偏愛ではない。そして富あるいは豊かさというものが実は、心の気高さにあることを教えた。イエスは、ユダヤ人であったが、ユダヤ教の枠を突き抜けて、世界精神に触れた。
これは一種の精神革命であった。我々は、クリスマスというものを祝うというのであれば、このイエスの精神に触れるのでなければ、本当に祝うことにはならないことを知るべきであろう。
 

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さて、クリスマス。日本人が好きなクリスマス。自分だけが楽しく、妙に浮かれるクリスマス。キリストの「キ」の字も知らない若者が、自分にはとても似つかわしくないブランド品を買って貰って喜びにわくクリスマス。若者がカップルで、ホテルに宿泊して、快楽を貪るクリスマス。自分勝手に虚栄心を満たすだけの楽しいクリスマス。そこにどんなキリスト精神があるというのか・・・。

そんなクリスマスを腹立たしく思っていた時、ニュース23に世界中の少年少女のインタビューが流れた。その中で、私が注目したのは、「幸福になるためには」(?)という問いについて聞かれたというイスラエルの少年の次のような言葉であった。

「イスラエルが、占領している土地の半分をパレスチナに返すこと」

それは実に短いコメントだった。イエスという人物は、この少年のような人物ではなかったのか。と思った。通常であれば、対立しているパレスチナ人に対して、土地を返すなどという思考は起きないであろうに、この少年は、涼しい表情でそれを言って除けた。イエスの精神が、今も生きている。そんなことを思った。何か、絶望的なクリスマスの喧騒の中で、一筋の希望の光を見た気がした。佐藤
 

 


2001.12.1

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