ミャンマーを第2のダルフールにするな

− 日本が率先して平和への道筋を−



 ひとりのジャーナリストの突然の死が、日本人の平和ボケという惰眠から覚醒させるかもしれない。私はさるミャン マー(ビルマ)で軍事政権に弾圧される民衆の姿を取材中にわずか1mほどの至近距離から射殺された日本人ジャーナリスト長井健司氏(50)の死をそのよう に考えたい。

1 高村外務大臣の国連演説

「ミャンマーにおけるデモへの取締りにおいて日本人一名を含む死傷者が発生した事態は極めて遺憾です。我が国は、ミャンマー政府が最大限の自制を示し、強 圧的な実力行使をしないよう求め、対話を通じて事態を解決することを強く求めます。」(外務省HPより)

このように、日本の高村外務大臣は、さる9月28日(日本時間29日午前)、国連の議場において、強い口調で、日本人ジャーナリスト長井健司氏が、ミャン マー(ビルマ)のヤンゴン市内でデモの取材中に射殺されたこと抗議する演説を行った。とかく何があっても穏和な発言の多いわが国の外務大臣の演説としては 異例の厳しいものだった。

この前に、高村外務大臣は、国連本部において、ミャンマーのニャン・ウィン外相と会談を行い、当局の実力行使に抗議し、真相の究明を求めた。

これに対し、ニャン・ウィン外相は、「日本人が亡くなられたことは大変申し訳なく思っている。今回の事件の背景には、一部の外国の勢力が存在する。他方、 事態の沈静化に向け自制していきたい。ガンバリ国連事務総長特別顧問がミャンマーを訪問した際には、具体的な改善策を示せるようにしたい。貴大臣の御発言 は本国に間違いなく伝える。」(外務省HPより)

ただ、アメリカを中心とする欧米諸国が、軍事政権の弱体化を狙った制裁処置を実行しようと呼びかけている中で、福田首相も中国温家宝首相に電話をして、 ミャンマーに影響力を行使することを進言したそうだが、当の制裁措置については、躊躇があるようだ。


2 ミャンマーを第2のダルフールにするな

今からわずか、三ヶ月前、国会でミャンマーについて、こんなやり取りが外務委員会でなされていた。

まず民主党の長島昭久議員がこのように聞いた。
「ミャンマーの外務大臣とお会いになってどんな話しをされたのか。」

麻生国務大臣はこう答えた。
「面会を申し込んだ日の前の日に(アウン・サン・スー・チー氏)自宅軟禁の期限が切れるはずだったんですが、それを延長するという状況になりつつあるとい う情報を私らは得ていたものですから、・・・その日に面会を申し込むことになった・・・。(ミャンマーが)世界中からいじめられるから、私、ほかに親切に してくれるところはお隣の中国しかないというような話になる・・・そんなに中国と近いわけではなかった国がそうせざるを得なくなった・・・というのが一 点・・・。日本では我々の世代より上の方には物すごくこのビルキチが大勢おられまして、いろいろこの国に関して、商社はもちろんのことですけれども、いろ いろやっておられるんですが、なかなか最近の状況の中では難しい。首都も山の奥の方に移しちゃったりなんかしているような状態ですから、ますます自分で自 分を孤立させているのは意味がないのではないかということで、そろそろここらのところをやらないとという話を言ったんです。」(166-衆-外務委員会- 16号 平成19年06月06日)

この麻生発言は、政治家らしく非常に分かりずらい。だがこのように解することができる。

まず会談で、麻生氏が、アウン・サン・スー・チー氏の自宅軟禁を解いてはどうだと打診した。その根拠として、日本の商社などのミャンマーへの投資において 政治的に安定していない現在のミャンマーでは投資が容易にできませんよ、言った。

それに対して、ミャンマー外相からは、世界中がミャンマー政府を非難する中で、ミャンマー政府は中国政府と急接近しているように見えるが、これはミャン マーが悪いのではなく、世界の諸国に問題がある、と言ったということである。

このミャンマー外相の主張に注目したい。彼らは、欧米の人権被害の指摘を逆に非難して、だから私たちは、中国と接近しているのだということを言っているの である。

私はこの中国とミャンマーの関係の中に、あのアフリカスーダンのダルフールでの悲劇との類似を見る。あのダルフールでも、20万人を殺害した軍事政権は、 国連の常任理事国である中国政府との強い結びつきがあった。そのために国連決議は、宙ぶらりんとなり、制裁効果が半減し、軍事政権は、温存されることにな るのである。

中国政府は、国是のようにエネルギー確保の政策を世界中で積極的に展開しているが、ミャンマーの天然ガスを、パイプラインを敷設して雲南省に送る構想があ る。また経済支援としてヤンゴン郊外に経済特区建設の支援などを行っている。また水力発電所建設支援計画もある。ミャンマー軍事政権の経済基盤は、アメリ カを中心とした西側陣営が、いかに努力をしても、水泡に帰すほどの現実がある。要は、国際政治の中で、ミャンマーの軍事政権には、利害が一致している中国 という後ろ盾があるのである。

ミャンマーは日本にとって、親日国だと思っているのは現実的ではない。日本のODAの規模は、年間30億円、それに対して、中国とミャンマーの年間の貿易 総額は06年で14.6億ドル(1ドル115円換算で1679億円規模)と桁違いだ。また経済発展の目覚ましいインドや、世界中で豊富な石油利権を手に利 権を漁るロシアも無視できない存在となっている。


3 結び 日本人ジャーナリストの死を無駄にするな

このところのミャンマー軍事政権の圧政に対して、立ち上がった民衆のエネルギーは、もはや力などでは抑えきれないところまで来ているように見える。

すでに、ミャンマー軍の反政府への弾圧は、一線を越えてしまっている。まず、アウン・サン・スー・チー氏も、自宅から連行され、近くの刑務所に投獄されて いるとの未確認情報もある。軍事政権としては、民主勢力の象徴的存在のスー・チー氏の周辺に民主派勢力が、結集することを怖れての拘束であろう。また国民 の尊敬を集める僧侶を数千人規模で僧院から拉致し拘束するという暴挙に及び、仏像などの破壊も行っているとの報道もある。

ミャンマー(ビルマ)は、人口の90%が仏教徒で、国民は生涯に一定期間通過儀礼として仏門に入る伝統もある。しかし軍事政権が出来て18年が経過してい る。ミャンマー(ビルマ)では、日本同様に寺子屋のような教育が伝統的あったというが、この18年の間に、軍事政権の政権維持のための全体主義的教育シス テムが施されていることも考えられる。

今回の高村外務大臣の国連演説は、日本人のみならず平和を願う世界中の人々の心を打った。だが問題はこれからだ。不完全ながら国連という平和維持システム を国際社会と心を合わせ、ミャンマー軍事政権の人権弾圧の圧政を終わらせ、平和と民主主義のプロセスに向かわせることが肝要だ。また長井健司氏殺害事件の 真相の究明し、犯人を特定し、裁判に掛け、邦人の安全確保のために再発の防止策の策定をミャンマー政権に求めることは当然である。その道筋を作ることが、 亡くなった長井健司氏の尊い犠牲に報いる道であると思う。




2007.09.28 佐藤弘弥

義経伝説
思いつきエッセイ