バーミアン石仏の悲劇U

−信仰について−


 
タリバーンが、遂にバーミアンの巨大石仏の破壊攻撃を始めたようだ。先日(2001.3.13)CNNが、その生々しい映像を全世界に向けて送信した。ある程度覚悟していた事態とは云え、実に悲しい映像だった。

その昔岩窟に掘られた55メートルにも及ぶこの大仏は、黄金に輝いていて、観る者を圧倒したはずであった。それが偶像崇拝を嫌う異教徒の民によって、いつしかその顔の造形は剥ぎ取られ、手足には無数の弾痕が痛々しく残っている有様である。

神仏とは、いったい何なのであろう。自分の信じる神だけを、一方的に崇め、その一方で他の人々が信じる神や仏を一切認めないということで本当にいいのか。それでは世界は間違いなく戦争の蔓延する殺伐とした世界に陥ってしまうに違いない。

私はブッダが、生前、自分の偶像をつくったりしてはならない。と発言したことを知っている。しかしブッダ以後、ブッダの教えは、宗教教団と化して各地に伝播していく過程で、ブッタの言葉は反古にされ、いつしか仏像が作られるようになった。それは人間が、「何か目に見えるものを、祈りの証としたい」という切なる宗教的な願いによって、作られるようになったことであろう。

もしもブッダ自身が、現代に蘇り、自分の教えが様々な宗派を生み、自分自身の像が造られていることを知ったとしたら、どういう反応をなさるであろう。もしかしてブッダは、自分の偶像を見て、烈火のように怒り出すのであろうか。

いや寛容なブッダはきっとこのように云うであろう。
まあ仕方ないな、教えの根本を外さなければそれでよしとしよう・・」
そして、頭を撫でながら、ニコリと微笑まれるに違いない。

宗教というものは、元々人間と対立し、別の所から、人間社会に飛び込んで来たものではない。それは人間の心によって、生まれ、やがて救いと癒しを求める人間が、その中に人格と姿を思い、ついには神や仏という概念が出来上がったのである。自分と違う価値観を有した相手を思いやる気持ちがなければ、宗教は間違いなく、争いの火種となってしまう。

タリバーンが破壊したのは、仏像であるが、それは単なる岩の塊ではない。タリバーンは明確にその偶像を敵の信仰している神を象った偶像と見なし、攻撃を仕掛けていることになる。これは悲しい現実であるが、極端に云えば、世界中が、仏像を破壊しないで欲しい、と云えば云うほど、その破壊工作に意味を見いだしている可能性もある。

我々は、そこで何が起こり、どんなに人々が飢え貧困に喘いでいるか知る必要がある。世界中の人々は、破壊された石仏を思うと同時に、そこで起きている現実を見据え、自分ができることから直ちに行動を開始しなければならないのである。

それは単に石仏を守るという募金運動というのではなく、まずタリバーンに暮らす人々の生命と生活を守ることを第一義に考えての運動でなければ、運動は力を持ち得ないであろう。今の時代、何も国連が万能なのではない。市民が出来ることを、NGO(非政府組織)やNPO(非営利の民間組織)レベルで支援の輪を拡げることこそ大事であるかもしれぬ。

それにしてもこの巨大石仏破壊事件は、世界には、まったく別の価値観で、生きている人々も存在するのだ、ということを思い知らされた事件であった。同時に私は、歴史の中でバーミアンの巨大石仏に人々が込めた祈りを共有し、どんなことがあってもけっして朽ち果てぬ「祈り」というものを心の中に構築しなければならないであろうとも感じた。

かつてギリシャのアクロポリスの丘にあるパルテノン神殿が攻撃され、粉々に破壊されたことがあった。しかしギリシャの人々は、自分達の存在理由として、瓦礫となったパルテノン神殿をひとつひとつ積み上げてついには、元の形に再建したことがある。今からでも遅くはない。

大切なことは、決して揺るぎのない思いを持って平和の祈りを捧げることだ。・・・そう言いながら、私は今、平山郁夫氏が書いたバーミアンの巨大石仏の画を見ている。しかし悲しいことに、この画もまた顔からその健やかな仏の表情は剥ぎ取られ、全身は弾痕にまみれて、痛々しい限りだ。


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2001.3.13