浅田真央は世界一の「旬」

2005年フィギアスケート・ GPファイナル観戦録


さる12月16日から17日、東京で開催された 「2005年フィギュアスケート・グランプリファイナル」を観戦しながら、つくづくと「旬」という言葉を考えてしまった。これは世界スケート連盟公認の各 グランプリ上位者6人による文字通りの世界一決定戦である。特に注目したのは、日本女性三人が参加した女子であった。

現在、女王といわれるロシアのスルツカヤ(26)、世界ランク二位の安藤美姫(17)、中野友加里(20)、そして天才少女といわれる浅田真央(15)、 他二名の計六名参加して行われた。結論から言えば、今年ジュニアから上がって急成長の浅田真央が、ショートプログラム、フリーとほとんどノーミスで滑り、 世界チャンピオンのスルツカヤに圧勝し世界の頂点に立ってしまった。

まさに「旬」ということを思ったのである。何にでも、時の勢いというものがある。それが「旬」である。旬のものは、とくかく華やいで見える。キラキラ輝い て見える。「旬」とは、「尾部を撒いた竜の形に象る。のちに旬に作り、日をそえた形」と白川静氏の字源辞典「字統」には記されている。これを私なりに分析 すれば、竜が日輪に向かって昇って行くのを見ている字形ということになる。

イメージで考えると、竜が「玉」(ギョク)を抱いているようにも見える。玉とは、竜がはき出すものであり、これを持つと願い事が叶うとされる。もちろん竜 は想像上の生き物だが、霊能者などは、竜が見えるという。

さて「旬」とは、年齢のことではなく、フィギュアの神さまが、今誰を輝かせようとしているかという月の満ち欠けのようにも見える。二年ほどまで、安藤美姫 に私は旬を感じた。女性世界初の四回転ジャンパーとなった彼女は、天才少女の名をほしいままにしていた。しかし彼女は、一年前、おそらくプレッシャーから だろうか、競技自体が嫌になって、フィギュアを止めようと思ったということである。そこで彼女の心に葛藤が生じた。葛藤は、抑制として働き、身体の動きを 鈍くしたと思われる。折からの思春期で、少女から大人への身体的成熟期と重なったこともあるだろうが、現在彼女のフィギュアには、ある種苦悩の影が見えて しまう。彼女のフリーの「曲目」が、「マイファニーバレンタイン」というスローテンポなバラードであることもあるが、少し重たい雰囲気が漂う。考えてみれ ば、まだ彼女は17才で、競技終了日に18才になったばかりである。まだ人生の苦悩を踊るには早すぎる気もするが、結局、彼女は、フリーで三度尻餅をつい て、今回の競技会では天才少女の面影は見られなかった。

一方、15才の浅田真央であるが、急撃に成長している。時の勢い、あるいは「旬」というものをまさざまと感じた。正直な感想を言えば、今年の最初の競技を 見たときには、・・雑伎団かと思った。フィギュア競技というよりはサーカスのように見えた。しかし短期間で急速に芸術の領域、それも高いところに駆け上っ た印象がある。彼女のこのところの成長は、一種の衝撃である。これはかつて、ルーマニアのナディア・コマネチという体操選手が、13才か14才で、次々と 異次元の高難度の技を繰り出し、10点満点を連続して、周囲を驚かせたのと似ている。そして私は浅田真央という少女の中に、野球のイチローにも似た生まれ 持った精神的なタフさに驚いている。それはトリノに年齢制限で出場不可であっても、一切これに不満を漏らしたり、腐らないことだ。これは単なるフィギュア の才能だけではなく人間的資質にも恵まれているということだ。

またロシアの現世界チャンピオン、スルツカヤは現在世界でもっとも安定した演技をし、来年のトリノ五輪の金メダルに一番近い選手と見られている。確かに、 今回ノーミスの浅田には敗れたが、もう一度戦えば、どちらが勝かは分からない。彼女はすでに26才でベテランの域であるが、一度病気かけがで、競技を離れ てまだ戻ってきた素晴らしい選手である、安藤美姫のような選手は、彼女の精神性をよく学ぶべきだろう。まずフィギュアの神さまから嫌われるような、「フィ ギュアを止めようと思った」などという言動を慎むようにしなければいけない。否定的なイメージを引きずってよい結果が得られるはずもない。フィギュアの神 さまも自分を愛さない選手を祝福するほどお人好しではない。そのことを肝に銘じて、競技に集中すべきであろう。

中野友加里は、気の強さもあり、根性も座っていて、素晴らしい選手だ。今回は知名度の点で、ショートプログラムで点数が伸びなかったが、そんなことに腐ら ず、佐藤コーチという名コーチの下で、伸び伸びと精進すれば、日本で一番安定感のある演技のできる名選手になるかもしれない。

さて、人の「旬」である。確かにそれぞれ、旬の輝きにバラツキはある。今回だけで、勝負は決まるものではない。旬を自分に引き寄せられる人が、最後に勝利 者となる。一週間後には、全日本がある。これによって、トリノ五輪の三人の代表が決まる。先の三人の他にも強い荒川や村主など有望選手が目白押しだ。たと え来年の五輪に出場出来なくても、私は現在世界一「旬」なフィギュアを見せる浅田真央がみたい。

さて独り言である。世界一の競技者を決める大会がオリンピックである。とすれば、金メダルに一番近い世界一旬なアスリート浅田真央は、やはりトリノ五輪に 参加すべきだ。そうしなければ、オリンピックの権威は失墜しかねない。


200512.19   佐藤弘弥

義経伝説