ラ イバルは自分 天才「浅田真央」の世界

ー コマネチと真央ー

佐藤弘弥


フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第4戦、フランス杯に出場した浅田真央が、初日(11月16日)のショートプログラム において、ジャンプ で転びながら、僅差で第1位になったものの、スコアが出た後に、悔し涙を流していた。その光景を見ながら、天才少女にも転機が訪れているのだな、と感じ た。

 これまで、それこそ天真爛漫にらくらくと難度の高いジャンプやスピンなどをこなし、彼女の才能は、いったいどの位あるのだろう、と思われていた。ところ が昨年頃から、明らかに壁に突き当たっているようにみえる。

 おそらく悔し涙の直接の原因は、ショートプログラムの頭の部分で挑戦した3回転・3回転のトリプルジャンプが、2回目に1回転になってしまったことにあ ると思われる。

 これは前週に行われたカナダ大会で、ショートプログラムをミスしたところから、トラウマのように引きずっていることが考えられる。カナダ大会でもショー トプログラムで転倒し、確か4位になり、フリーで入れる予定の3回転半(トリプルアクセル)を封印し、まずは無難な演技を行って優勝に輝いたのだが、これ までの天才少女浅田真央の演技としては、随分に大人しい演技に見えた。

 本人にしてみれば、これまで当たり前に出来ていたものが、出来なくなっていることが、歯がゆく、悔しさでいっぱいなのだろう。また浅田には、周囲から 「出来て当然」といった高い期待と要求が、プレッシャーとなっていることは確かだろう。しかし浅田真央は、まだ17歳である。17歳でここまでの熾烈なこ とを強いるフィギュアスケートという競技もまた凄いものだと感じる。

 はじめて彼女の演技を観た時の印象が思い出される。その時には、まるで天使が氷上に舞い降りたかのような演技だった。どんな難しい演技も、彼女は楽しそ うに演じていた。それが今は、結構しかめっ面も目立ってきた。天使からひとりの人間としての演技になっていることは、必ずしも悪いことではない。むしろ ジャンプが飛べなくなった変わりに、表現力は格段に増してきた。これは安藤美姫にも言えることだが、4回転を飛んだ時の演技構成よりも、現在の安藤の演技 が、人の目を惹き付けるように、浅田もまたロシアでのバレエレッスンをうまく演技に取り入れて、人間の苦悩や心の葛藤までをも表現する方向に向かいつつあ るのではないか。

 もちろん、安藤の4回転や、浅田の3回転半を演技構成に入れ、それを成功させた時には、スコアは格段と良くなることは周知の事実であるが、フィギュアは トータルで評価されるのだから、大人に近づくにつれて、演技内容も変化して当然である。

 今の浅田は、少女から大人の女性へ向かっていく、そのままを演技に取り入れれば、それでよいのではないだろうか。聞くところによれば、公称身長は 163cmだそうであるが、もう少し伸びているのかもしれない。身長が高くなるとジャンプのタイミングも微妙に狂うということあるから、浅田の壁は、ジュ ニア選手たちの誰しもが通るものということが出来る。

 僅か14歳で、オリンピックには年齢制限で出場出来なかったが、当時実力は、多くの専門家が言うように、彼女が世界一だったかもしれない。

 それから3年、浅田も17歳になり、世界ランキングは、1位かもしれないが、浅田には、ライバルたちがいる。韓国のキム・ヨナや安藤美姫、それに今回フ ランス大会で戦ったキミー・マイズナーなど、更にアメリカには、浅田より若い世代の選手たちが何人かいる。

 考えてみると、浅田の14歳の時の演技は、特筆ものだったと思う。あの時の軽やかなジャンプとスピン、まさに妖精のような表情は、長いフィギュアの歴史 において永遠に語り継がれるものになるだろう。私は、14歳の浅田の演技を観ながら、何故か、女子体操のナディア・コマネチ(ルーマニア)の10点満点を 連発したモントリオールオリンピック(1976)での演技を思い出した。やはり、コマネチの凄さも、難しい技を正確にしかも簡単に決めてしまうところに あった。14歳の彼女は、オリンピックの話題を独占するような活躍をして、金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル1個を獲得し、「白い妖精」と呼ばれた。

 やはりコマネチにも転機があり、18歳で出場したモスクワオリンピックでは、金メダル2個、銀メダル2個と活躍はしたが、前回ほどの輝きは影を潜めてい た。

 浅田にも同じような時期が来ていると見るべきかもしれない。浅田よりふたつ年上の安藤美姫は、かつて浅田が14歳の時に「真央が大きくなったら誰も勝て ない」と語ったという。それほどに、浅田の潜在能力が高いということだ。しかし浅田ほどの天才にも自分の年齢という壁があるということだ。

 そして翌日の17日、浅田真央は、決勝のフリー演技に臨み、冒頭で果敢に3回転半ジャンプに挑戦した。だがまたも転んでしまう。しかし浅田は、そこから 気持を立て直して、ほとんどノーミスで滑り切る。中でも今年目覚ましい進歩を遂げているステップでは、最高点の4点の演技を行って、スコアでみれば、ライ バルのキミー・マイズナーに20点以上の差をつけて圧勝した。これで浅田はカナダ大会に次いで今期2勝目となり、世界で6人しか出場できない「グランプリ ファイナル」への出場資格を得たことになった。

 今おそらく浅田が完璧な演技をすれば、勝てるアスリートは皆無だろう。その意味で彼女のライバルは、自分自身なのである。今年の12月、最終戦「グラン プリファイナル」は、荒川静香が金メダルを取ったイタリアのトリノ市で開催されることになっている。この時の浅田真央の演技が楽しみになった。

 今後、浅田真央が「壁」としての「自分自身」と、どのように和し、折り合いをつけて成長を遂げることになるか、一ファンとして見守って行きたい。



2007.11.18 佐藤弘弥

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