9.11事件から6年目のアメリカ

− チョムスキー発言とアメリカの未来−



 あれから6年目の秋

9.11事件から6年目の秋がきた。その時、NHKの9時のニュースを見ようとテレビを付けると、驚くべき光景が映し出された。当初、セスナ機のような小 さな飛行機が、ビルにでも飛び込んだのか、と考えた。まさかその当初飛行機が、旅客機でぶつかったビルがあのニューヨークのWTC(世界貿易センタービ ル)だとは思わなかった。

少しして、それが旅客機が乗っ取りに遭い、本当にあの巨大高層ビルWTCに衝突したのだと分かった。

私は、その時「アメリカ国内で戦争が始まったのだ」と感じ、戦慄が全身を走った。

衝突の直後に起きたWTCツインタワーの崩壊は、世界中の人々に文明というものの脆さを見せつけた。

それから6年が経過した。怒りの拳を振り上げたブッシュ大統領は、テロリストの首謀者を捕縛すると、直ちにアメリカ軍をアフガニスタンに展開させた。そ して6年後の今日、9.11の首謀者たちは、どうなっただろうか。裁かれているだろうか。そして肝心のアフガニスタンに平和と民主主義はもたらされただろ うか。

9.11以後世界は何か変わっただろうか・・・。


 アメリカの良心

アメリカの言語学者で反戦思想家のノーム・チェムスキー氏は、「お節介なアメリカ」(大塚まい訳 ちくま新書676 2007年9月10日刊)という近著 をこのような言葉から始めている。

「9.11の衝撃は、多くのアメリカ人に、米国政府が世界でどのような行動をとっており、それゆえどのようの認識されているか、よく注意して見ておくべき だということを気づかせた。」(前掲 14頁)

この言葉は、おおかたのアメリカ人が、世界中の人々から、どのような国家として自国を見られているか、無頓着であるということを指摘したものである。

著者はそこで、44年前のアイゼンハワー大統領(在位:1953-1961 生没年:1890-1969)の時代から既に、米国に対し憎しみの情を抱いていたことを例にあげる。

「当時の国家安全保障委員会は、そうした運動が起こる根本の原因を・・・アメリカは、アラブ諸国の石油資源を支配したいがために、腐敗した圧制的な政府を 支援しており、その地域の『政治的・経済的発展に異をとなえている』」(前掲 14−15頁)


つまり、これはアイゼンハワー大統領の時代から、9.11事件が起こった今の今まで、中東の人々のアメリカ観が変わっていないということを意味している。

もっと言えば、1948年5月、イスラエルが独立国となった時から、中東の人々のアメリカに対する意識は変化していないということになるのかもしれない。

ところで、チョムスキー氏はユダヤ系の知識人である。

もうひとり、パレスチナ生まれのアメリカの知識人エドワード・W・サイード(1935ー2003)の言葉を引用してみる。

「アラブ系やムスリムのアメリカ人で、自分が敵方に属していると現在感じていないような人物をわたしは一人も知らない。現時点で合衆国に住んでいること は、疎外感と幅広い敵意の対象として名指しされるという不愉快きわまりない経験をわたしたちに与えている。」(中の真紀子訳 「戦争とプロパガンダ 2」 みすず書房 2002年6月刊 21頁)

私は、特に9.11以降のチョムスキー氏と故サイード氏の勇気ある発言と行動を敬意をもって見つめてきた。ふたりは、今日のアメリカの良心を代表する知識 人であるが、偶然にもユダヤ系とパレスチナ系でありながら、深い尊敬の念で結ばれている。私はこの関係性の中に、世界を平和に導く哲学が眠っているのでは ないかと考えている。

チョムスキー氏は、亡くなったサイード氏の「偉大な精神」を讃えながら、アメリカについてこのように述べている。

「われわれは、野蛮で暴力的な国家でおとなしくしている知識人を、その『権力への順応主義的な服従』ゆえに、当然非難する。将来何が起ころうとしている かを理解したいと考えるならば・・・アメリカのー決断と実行を動機づける基本原理をよく観察することが最も大切だ。

三つの主要勢力のなかで(アメリカ)一国だけが、そして他のほとんどの分野においても中心的存在なのだが、その軍事的優位性については、歴史上のどの大国 にも勝るものであり、しかも急速に拡大する一方だ。またこの国は常にヨーロッパ、および二番目に大きな産業経済大国である日本から援助をあてにすることが できる。(後略)」(前掲「お節介なアメリカ」 277ー281頁)

私はこのふたりのアメリカを代表する知識人の発言から、9.11事件以降、アメリカの心ある人々がアメリカの未来に深い懸念を感じながらも、希望を捨て ず、責任ある発言と行動をしていることに、アメリカという国の民主主義の奥深さを見る。


 アメリカの未来・世界の未来

アメリカは、2001年に起こった9.11事件以後、急速に危険なナショナリズムが昂揚した時期も確かにあった。アメリカの市民はそれでも、ブッシュ政権 の始めたアフガニスタン介入とイラク戦争を冷静に見つめ出しているように見える。そして、今やアメリカ人は、来年の大統領選挙を見越して、新たな政治的 リーダーを懸命に探しているようだ。

一方、日本では、安倍首相が、APECの席上、レームダックのブッシュ大統領に言われたのか、期限の迫るアフガン支援のための「テロ特措法」を何としても 継続しようと「職を賭す」とまで語って失笑をかっているのである。




2007.09.10 佐藤弘弥

義経伝説
思いつきエッセイ