原虫と蠕虫では多少性質が異なるため、まず原虫による病気を考えてみます。まず単細胞の寄生虫
である原虫によって起こる病気を原虫症といいます。原虫は宿主の体内で増殖するのが普通です。
増殖するスピードがかなり早いため、病気の進行が他の寄生虫病よりも早いという特徴があります。
原虫は地球上には65000種ほど知られています。その中で約10000種は寄生種であることは知られて
いますが、そのうちどれだけの種類の原虫がリクガメに寄生するのかについてははっきりしていませ
ん。単細胞生物ですが、その体内に摂食、運動、浸透圧調節、排泄等の働きをする細胞内器官を備え
ています。大きく次の4つのグループに分類されます。
肉様虫類(アメーバ類)
鞭毛虫類
胞子虫類
有毛虫類(線毛虫類)
鞭毛虫類の共通している特徴は文字通り鞭毛を持つことです。1本から6本程度の鞭毛を持ち、それら
を活発に動かして運動します。
トリコモナス目
ディプロモナス目
キネトプラスト目
などに分類することができます。爬虫類においては消化管内に普通に見られる寄生虫です。
ほとんどの鞭毛虫の病害性についてはリクガメにおいてはあまり問題になるケースはないの
ですが、一度病気の症状が出てしまうとかなり重症のことが多いようです。リクガメが健康な
状態であれば感染していても日和見感染症として発病が見られないまま過ごしています。
鞭毛虫症の症状
一般的な症状としては、糞が下痢便になります。アメーバ類の感染に似た症状で、ドロッとした
ゼリー状のものが糞に混じったりします。感染した鞭毛虫の種類によっては糞に血液が混じったり
もします。尿が強いアンモニア臭を発することもあります。初期のうちは、リクガメは食欲もあり、
異常に気が付きにくいのですが、そのままにしていると鞭毛虫類は分裂増殖して症状が悪化し、食欲
が落ちてしまいます。泌尿器に寄生し腎臓障害を引き起こす種類の鞭毛虫もいます。複数のリクガメ
を飼育している場合は疑わしいリクガメは隔離したほうがよいでしょう。かなり急速に他のリクガメ
に感染してゆくケースが多いようです。
もし、何らかの疑わしい症状があれば、食欲が落ちる前に獣医さんに相談することをお薦めします。
下痢便と尿をできるだけ時間をおかない状態で顕微鏡にて検査して虫体の有無を確認してもらいま
しょう。
トリコモナス目
トリコモナス目に属するものは栄養型のみが見られ、嚢子型はみられません。虫体の前端部近くに
核があり、その前方に1個の生毛体とよばれる部分があって、そこから3〜5本の遊離鞭毛と体の後方
に向かって波動膜を持つ1本の鞭毛があります。また生毛体より体後方にのびて体の後端より突出す
る1本の軸索が見られるのが特徴です。ヒトに寄生する膣トリコモナスはよく知られていますが、
これはヒトのみを宿主とするためリクガメには感染しません。ヒトに寄生するトリコモナスのうち
人畜共通感染症を起こすものに腸トリコモナス(Pentatrichomonas hominis)以前はTrichomonas hominis
と呼ばれていたものと、口腔トリコモナス(Trichomonas tenax)などがいます。リクガメに寄生するの
はこれらに近い種と思われます。ただしトリコモナスによる病害性についてははっきりとしておらず、
非病原性と見る説もあります。アカミミガメなどのスライダー類にはほぼ常在していることが知られ
ていますが、リクガメについては定かではありません。
ディプロモナス目
この目に属するものでは、栄養型、嚢子型の両方の型がみられます。栄養型は縦二分裂で増殖します。
嚢子は卵楕円型で4核を有します。感染は嚢子が糞便に混じり体外に排出されたものが経口感染します。
リクガメに寄生するものでよく知られているものに
ランブル鞭毛虫(Giardia lamblia Stiles)
ヘキサミタ(Hexamita parva)
などがいます。正面から見ると2個の核が目玉のように見える特徴のある形態をしています。側面
は、扁平なシャチホコ様をしています。核の下側が吸着円盤になっており腸の粘膜面などに吸着して
寄生します。組織内へは通常侵入しませんがまれに粘膜内に虫体がみられます。
ランブル鞭毛虫症
ランブル鞭毛虫は大抵腸に寄生し、著しくその数が増加したりすると腸炎の症状を起こします。腸の
粘膜が剥離して糞の中に混じって排泄されたりします。また消化吸収障害によって粘血便、粘液便と
なります。ヒトの場合はランブリア性下痢(giardial diarrhea)と呼びます。リクガメにもこの名称を
使ってもよいと思います。下痢便を顕微鏡で直接塗抹法で観察し、動く原虫があればランブル鞭毛虫
の可能性が大きいでしょう。木の葉が舞い落ちるように動くのでよく知られています。
ヘキサミタ症
ヘキサミタはリクガメにとってかなり病害性の強い原虫です。泌尿器に寄生して、放っておくと致命
的な腎臓障害を引き起こしてしまいます。症状としては尿が強いアンモニア臭を発するようになり、
ドロッとした感じの尿を排泄するようになります。血液が混じることもあります。ときには緑色がか
った色の尿になることもあるようです。水をよく飲むようになり、体重の減少が見られます。
虫体はなかなか見つけるのが難しく、5〜6回は検査が必要なこともあります。鞭毛が6本確認されます。
キネトプラスト目
リクガメを始め、爬虫類に寄生するキネトプラスト目の鞭毛虫でよく知られているものに
トリパノソーマ(Trypanosomatina)がいます。トリパノソーマは消化管とは違って、血液中に寄生し
て血管の中を流れています。爬虫類や両生類は寄生を受けていることが多いようです。ヒトに寄生す
るトリパノソーマは、トリパノソーマ属(Trypanosoma)とリーシュマニア属(Leishmania)に属して
いますが、日本には分布しません。そのうちのガンビアトリパノソーマ、ローデシアトリパノソーマ
はツェツェバエが媒介する睡眠病の病原体として恐れられていますが、リクガメに寄生するトリパノソ
ーマは、もちろんヒトに寄生するものとは違います。むしろかならずしも病原性が強いというわけで
もありません。寄生を受けていてもリクガメならば特に病気の症状を示すことはなく、元気にしてい
るのが普通です。ただ両生類に寄生するものは病原性が強いものもありますので両生類の飼育者は
少し注意が必要かもしれません。
感染の仕方ですが、血液中に寄生しているため糞便中に出てくることはありません。吸血性の昆虫
やヒルなどを媒介者として感染します。たいていその昆虫やヒルは中間宿主になっています。トリ
パノソーマは生活史で6段階の形態変化をします。スケッチは発育終末錐鞭毛期のトリパノソーマ
です。トリパノソーマはこのように中間宿主となる昆虫などが存在しないと感染することはないた
めあまり問題になることはないと思われます。
鞭毛虫症の治療
鞭毛虫症の治療としてはアメーバ症と同じくメトロニダゾールという薬を使用します。
リクガメには25ー50mg/kgの経口投与を3ー4日が目安です。海外の文献にはかなり多い
処方が書かれているものもありますが、(150mg/kgを毎日5日間や260mg/kgを2回2週間おいて など)
メトロニダゾールによって食欲を落とす個体もあるとの報告があるため文献のマキシマムの量は
疑問もあります。量が多いのは、おそらく成体のリクガメ用の処方と思われます。購入直後の幼体の
リクガメが治療の対象となるケースが寄生虫症では多いと思いますので、投薬分量は少なめでよい
と思われます。獣医さんと相談のうえで分量は決めるようにして下さい。
私達の経験では25-50mg/kgを3-4日で充分な効果がえられました。
鞭毛虫はリクガメを夜間を通してあまり高温で飼育していたりすると、急激に増殖しやすいという報
告があります。また高タンパクな食事やくだものなどの糖分が多い食事を続けるのも鞭毛虫症の原因
となります。鞭毛虫のために必要な腸内細菌が減少してしまうとリクガメの消化吸収の機能が低下し
てしまいます。駆虫した後などにビフィズス菌の含まれたナチュラルヨーグルトをリクガメに食べさ
せる方法はよく知られています。これは腸内細菌の回復に有効な方法です。青菜に少し乗せていっし
ょに食べさせてあげて下さい。
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胞子虫類はアピコンプレックス門---胞子虫網に属し、さらにコクシジウム亜網、ピロプラズマ亜網な
どに分けられ、リクガメに関係してくる胞子虫はコクシジウム亜網の中の真コクシジウム目にいます。
この目のなかには
アイメリア亜目
Eimeria(エイメリア)属
Cryptosporidium(クリプトスポリジウム)属
Isospora(イソスポラ)属
Sarcocystis(サルコシスチス)属
Toxoplasma(トキソプラズマ)属
Caryospora(カリヨスポラ)属
住血胞子虫亜目
Plasmodium(プラスモジウム)属
などがあり、一般に言われているコクシジウムという胞子虫はアイメリア亜目に属するものをさして
いることが多いようです。おもに消化管に寄生します。一方胞子虫のなかでよく耳にするマラリアと
いう原虫がいます。マラリアとは病名で使われますが、このマラリア原虫が病原体です。マラリア原
虫は住血胞子虫亜目のプラスモジウム属に属していてその名のとおり血液に寄生します。おもに血液
中の赤血球に寄生します。
コクシジウム
コクシジウムは主に小腸に寄生します。生活史はやや複雑です。
トキソプラズマを例にとると、
A,栄養型(タキゾイト) B,嚢子型(シスト) C,分裂体(schizont) D,生殖体(gamete)
E,胞嚢体(オーシスト) などの状態があります。
Aの栄養型は増殖型とも呼ばれていて、どんどん
分裂増殖します。大きさは4〜7*2〜3ミクロンと小さく、増殖は内部出芽とよばれる二分裂法です。
母虫体内に2個の娘虫体ができて、その後母虫体が壊されるという方法です。この型は赤血球以外の
各種組織の細胞内にも見られます。急性期に多く見られます。
Bのシストは宿主細胞の中に栄養型と似た,嚢子型
原虫(ブラディゾイト)が数百〜数千も集まっていて、ゆっくりと内部出芽で増殖しています。全体
は薄い膜で包まれた円形で20〜50ミクロンになります。宿主の原虫に対する抵抗性が強くなるとこの
嚢子型に移行するようです。よって慢性期に見られます。
Cの分裂体は虫体が宿主に摂取されると小腸上皮細胞に侵入してここで無性生殖を行い分裂体となり
ます。その中にはさらに数十個のメロゾイトと呼ばれる虫体を含有していて、やがて細胞を破ってほ
かの細胞へ侵入して無性生殖を繰り返します。
Dの生殖体は小腸上皮に侵入したメロゾイトのうち一部は雌性生殖母体と雄性生殖母体になります。
これが胞子虫の特徴でもありますが、それらの雌性生殖母体と雄性生殖母体は有性生殖を行って
融合体となり、さらに胞嚢体へ発育します。
Eの胞嚢体が、感染の原因になります。小腸上皮
細胞中で形成された胞嚢体は糞便とともに体外に排出されます。排出直後の胞嚢体は未熟ですが、排
出された後に成熟します。成熟胞嚢体は9〜12ミクロンの大きさがあり、中にそれぞれ4個のスポロゾ
イトをもった2個のスポロシストを持ちます。これが経口摂取され感染します。ちなみにEimeria(エ
イメリア)属の胞嚢体はスポロシストが4個でそれぞれの中にスポロゾイトが2個づつ入っています。
この胞嚢体は暖かく湿潤な環境であれば1年以上も感染力を保持しています。
Cryptosporidium(クリプトスポリジウム)属は、爬虫類においてはヘビ、トカゲのみの発病が見られ
ており、リクガメでの感染報告はないようです。
コクシジウム症の症状と治療
コクシジウムの寄生を受けるとまず下痢便になります。かなり重症では血液が糞便に混じることもあ
ります。この状態が続けば、元気がなくなり痩せてきます。脱水状態にもなってくるでしょう。他の
原虫症でも症状は似ているため、診断はやはり顕微鏡を使って新鮮な糞便中からオーシストを検出す
ることによって行います。
リクガメ用の詳しい薬の処方ははっきりしませんが爬虫類に対しての処方の資料がありますので、
参考にして下さい。薬については獣医さんと相談の上で与えるようにして下さい。
sulfadimethoxine(商品名Albon) 50mg/kg を1日1回を3日間
その後3日間の間をおいてさらに50mg/kg を1日1回を3日間 経口投与します。
マラリア原虫
マラリアはヒトの寄生虫としてよく知られています。蚊が伝搬します。ヒトの体内では無性生殖し、
伝搬蚊の体内では有性生殖を行いますので、蚊が終宿主です。その生活史も前赤血球期、赤血球型、
蚊の体内での発育と様々な生活史を持ちます。赤血球に寄生するといっても、血球表面の特異なレセ
プターを介して取り込まれるため血球の細胞質に直接接しているのではなく、血球膜に包まれた空胞
中に寄生しています。やがて被寄生赤血球は破壊され、娘虫体(メロゾイト)は血中に出て新たな赤
血球に侵入し発育増殖を繰り返して行きます。爬虫類に寄生する種も何十種類かが知られていて、小
型のトカゲ類に寄生が多く見られます。マラリア原虫に限らず、住血性の胞子虫は様々な爬虫類にも
寄生することが知られていますので、リクガメにとっても注意すべきです。
マラリア症の症状と治療
マラリアの寄生を受けたとしてもリクガメが何か症状を示すとは限りません。増殖時に赤血球が破壊
されるため重度の場合は貧血状態になってしまいます。そうなると元気がなくなり、食欲も落ちるの
で当然痩せてきます。リクガメでマラリアの重度の症状はほとんど報告がないようです。診断には
血液検査によって顕微鏡で1000倍程度の倍率で観察することになります。爬虫類のマラリアの治療は
あまり研究がすすんでいないのが現状です。ヒト用の薬としてはクロロキン塩基、ファンシダール、
プリマキンなど様々なものがありますが、治療用、予防用など様々ですし、ヒトに使用するにしても
副作用にかなり問題がある薬品が多いため、リクガメにそれらの薬品を使用するについては疑問があ
ります。よほど重症な場合を除いては自然治癒を待つほうがよいかもしれません。
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