線虫による病気


リクガメを飼育することになると、ほとんどの飼育者が一度は直面することになる寄生虫に線虫類 がいます。線虫類は約50万種が知られています。そのうちの多くは自然界の土壌中などにいて、自由 生活を営んでいますが、自由生活と寄生生活の両方の生活環をもつ種や寄生生活のみ行う種など、 様々です。原虫類との相違は、まず多細胞の生物であることです。肉眼で観察できるものも多く、 名前のように成体は細い線型をしています。雌雄も異体であり、雌虫と雄虫がいて有性生殖し、雌虫 が卵を産みます。ただ産みだされる卵は鳥の卵のようなイメージとは少し異なり、単細胞のものや 多細胞のもの、内部に幼虫がいる状態のもの、すでに幼虫の状態で産まれるものなど様々です。 ここでは、リクガメに的をしぼって話をすすめることに致します。
線虫類にも直接発育をするものと間接発育をするものがいます。間接発育を行い、中間宿主が必要な 種類の線虫がリクガメに感染するには、寄生している中間宿主がリクガメに食べられたりする必要が あります。飼育下のリクガメにおいては、ある種を除いてそれほど問題になることはないでしょう。 一方直接発育をする種類の線虫は少し話しが違います。複数飼育している場合、かなり気を使って糞 便の始末を心掛けていても、他の個体に感染してしまう可能性がきわめて高いと言えます。


爬虫類に寄生する線虫類としては500種程が知られています。多くは胃腸管、胆管、膵臓管に寄生 します。形態は雌雄異体であって、細長い円筒形をしています。線虫というと大きいイメージを お持ちの方が多いかもしれませんが、むしろ成体を肉眼で観察できるものは、非常に少ないと言え ます。
体壁の話を少し致しますと、最外層の非細胞性のキューティクル(角皮)、その下部の角皮下層、 そのさらに下の筋層から成ります。この角皮は、種類によって特有の構造をしており、さらに筋層 の筋細胞の配列とともに虫体同定の指標となります。 線虫に感染していてもこれといって他に病気のないリクガメの場合、しばらくはこれといった症状 は見られないのが普通です。しばらくして線虫が体内で発育し、また感染数が多い場合、症状が 出てきます。また、他の病気などにかかって、体力が弱っているリクガメの場合も症状が見られる ようになります。また、症状が見られるようになる大きな要因の一つとしてストレスがあげられます。 線虫は場合によっては成虫に発育すると、リクガメが摂取する有効な栄養素の40%以上を吸い取って しまうためリクガメは栄養失調になってきます。いくら食べても成長が遅い個体や、複数のリクガメ を飼育している中で、他と比較してかなり成長が遅い個体は線虫の寄生の可能性があります。 多くの場合、糞に混じって線虫が排泄されるまで感染していることに気が付かないのが普通でしょう。 リクガメで多く見られる線虫について具体的に見ていきます。


蛔虫について

リクガメに寄生する線虫のなかで、成体がもっ とも大きい線虫です。蛔虫といっても1種類ではありません。爬虫類に寄生する蛔虫(Roundworm) でも
Ophiascaris,Polydelphis sp.などヘビに寄生するもの、Sulcascaris&Anqusticaecumなどカメ類に寄生 するものなどいろいろです。ヌマガメ類を飼育していて、海水魚のサシミなどを与えている場合 には、Anisakis ,Pseudoterranovaなどの感染も考えられるでしょう。
リクガメに寄生する蛔虫は直接発育しますので、飼育しているリクガメの中に1匹でも感染してい る個体がいると、他の個体に蔓延していく可能性が高いといえます。蛔虫は1/2インチから4〜6 インチといった大きさです。糞便とともに排泄されるのが虫体としてはほとんどですが、時には 口から吐き出されることもあります。排泄された直後はクネクネ

(動画が見れます232K) とかなり活発な動きを示します。 太さは0.5ミリから1〜2ミリ程のものがリクガメでは見られます。蛔虫は人間に寄生するものも 含めて、体内で様々な部位に成長過程で移動するため、いろいろな症状が見られます。 生活史を見てみると、外界に出た虫卵は温度が22度から30度程度ならば9〜13日程で第1期幼虫が 形成されてさらに1週間で卵内で1回目の脱皮をして第2期幼虫となり、この地点で感染性を有する ようになります。しかし外界では孵化しません。この状態の卵を成熟卵といっています。感染幼虫 包蔵卵ともいいます。この虫卵が野菜などに付いてリクガメの体内に入ると腸内で孵化して腸壁内 に入り、静脈やリンパ流に乗って肺に達します。多くは肺胞内で第2回目の脱皮をして第3期幼虫と なって気管、などから食道に出て再び腸管にもどりさらに数回脱皮して成虫となります。
非固有宿主に寄生があったとしてもこの過程は必ずみられます。しかし腸管に帰ってからの発育が 行なわれずに排泄されてしまいます。固有宿主の場合成熟卵を摂取してから成虫になるまで8〜14 週間程かかるようです。成虫の寿命は12〜18カ月といわれています。1匹の雌虫は1日20〜25万個 もの卵を産み続けます。
このような生活史を持っているため、幼虫に よる障害と成虫による障害で異なった症状がおきてきます。少数寄生のケースではほとんど症状はみ られませんが、多数寄生の場合幼虫による障害のほうが時には厄介です。 肺に幼虫がいるため、呼吸困難などの症状がでます。寝ている間に口を開けて開口呼吸していたりす る幼体のリクガメはかなり蛔虫の寄生を受けている可能性が高いといえます。わが家のギリシャリク ガメにもその症状が見られました。まれに幼虫が、脳や脊髄、眼球などに迷入してしまい、異所寄生 することもありこの場合は大変危険なことになります。2番目の蛔虫の写真は、わが家のギリシャリク ガメの”草薙”(当時家に来てから4カ月半)が口から吐き出した虫体です。連れてきてすぐに便を 調べたところ、線虫卵は確認されておりましたので、寄生をうけていることは分かっておりましたが、 飼育環境に慣れるまで駆虫を控えていました。

ただ、いっしょに家に連れてきたこれもギリシャリクガメの”すみれ”と比べて、成長に差が確認さ れはじめた頃、寝ている間に口を開けて呼吸をする動作が見られ始め、しばらくすると吐き出すよう な仕草を時々するのも観察されました。輸入時に虫卵の寄生があったとすると、ちょうど4カ月程で 写真の大きさの蛔虫に育ったことになります。早期に蛔虫の寄生を受けていることがはっきりしてい れば、上記のように糞便の始末をまめに行うことによって、他の個体への感染は防ぐことが可能です。 写真は蛔虫卵です。”草薙”も”すみれ”も原虫に関しては早期に駆虫を施しました。しかし線虫に 関しては、しばらく様子を見ていました。一方の”すみれ”も線虫の寄生を受けていることは確認し ておりましたが、観察しておりましても何の症状もみられずにいました。食べるものも同じで生活の ペースも同じ状態でしたので、その個体の性格よりくるストレスが原因で、”草薙”に症状が現れた と見ることもできます。
また成虫による障害をみてみますとこれも少数寄生の場合にはなんら症状を示さないのが普通です。 多数寄生の場合栄養障害、嘔吐、下痢などの消化器障害が見られるようですが、他の疾病と区別す るのはそれだけでは難しいと思われます。むしろ多数の虫体の栓塞性の腸閉塞が怖いと言えます。 また稀にですが、蛔虫には小孔へ移動する性質があるため各種臓器への迷入が認められることも あります。

蛔虫の駆虫について

蛔虫はリクガメにおいては、多数寄生しているケースでなければその個体に限ってはそれほど怖い 寄生虫ではありませんが、何らかの症状が認められるか、複数のリクガメを飼育しており、他の個体 への感染を考慮する場合は、やはり駆虫すべきでしょう。 まず、新しくリクガメを購入してきた場合には、蛔虫に限らず、何らかの線虫の寄生を受けていると 考えたほうがよいでしょう。よって、糞便を獣医さんにたのんで顕微鏡で検査してもらうことをお 薦めします。蛔虫は糞便中の虫卵検出によって診断できます。蛔虫は1匹の産卵数が多いため、 厚層塗抹法という顕鏡法で3枚検査すれば98%の検出が可能です。 もし虫卵が多数検出されれば、すでに成虫となった蛔虫が寄生していると思われますので、早めに 駆虫をしましょう。虫卵が少数の場合には感染して間もないか、不受精卵と思われますので、少し 様子を見て、飼育環境に慣れた地点で駆虫してもよいでしょう。 駆虫には フェンベンダゾール(fenbendazole)商品名Panacurという薬が現在は一番有効です。 50mg/kg を2週間に1回、経口投与 を 2から3回繰り返します。 わが家の”草薙”は上記の経口投与を2回行い駆虫は成功しました。薬の投与後2日程で写真と同様の 虫体をさらに2匹排泄しました。以後成長も正常です。

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蟯虫について

蛔虫とならんでリクガメによく見られる線虫 として蟯虫(pinworm、Oxyurids)があげられます。pinwormのなかにも幾つかの種がいます。爬虫類 への寄生としては12種類が報告されています。リクガメと小型のトカゲ類に、爬虫類の中では、よく みられる線虫です。小型の線虫で、白っぽい色をしています。体前端に3個の口唇をもつ口があり、 頭部には頭帽と呼ばれる部分がありpinwormの名前の由来になっています。体両側方には側翼 (lateral alae)と呼ばれる部分があり横断像(横に切って見た面)において、lateral expansionと呼ばれ る形態を呈します。側翼が小さい三角形状にとんがったように見えます。これが同定の基準になって います。雄は体長2〜5mm、雌は8〜13mmくらいです。雄の尾部は腹面に巻き込んでいて、雌よりも すんぐりして見えます。雌は尾端が細長く針状にのびています。卵は産卵時には感染幼虫までは発育 していませんが、発育は非常に速やかで産卵後6〜7時間で卵内に感染幼虫が形成されます。この卵が 経口摂取されると成虫になるまで約45日程かかります。
摂取された卵は小腸上部で孵化寄生し、やがて大腸に移動します。多数の虫体が結腸付近に集まる ため、寄生された宿主は1カ月程すると、糞便といっしょに虫体を排泄するようになります。そこで 飼育者はそれと気が付くと思います。ときには糞の表面がこの虫で覆われているような糞をすること もあります。リクガメではかなりの頻度で見られるため、多くの飼育者が目にする線虫でしょう。 写真は、わが家のギリシャリクガメのこれも”草薙”に寄生していたpinwormです。長さ2.0cm程の 1回で排泄された糞の中に約50匹程が含まれていた時のものです。虫体のみフィルムケースの蓋に 取りだして撮影したものです。糞にもぐりこんでいる状態では曲がりくねっているものがほとんど で、写真のようにピンと伸びている訳ではありません。糞と分離して水中などに入れると伸びてき ます。

症状として明確に分かるものは少ないですが、栄養障害が出て、成長が遅くなります。しかし これも、同じ程の大きさのリクガメを複数飼育しているのでないかぎり、比較ができませんから、 糞を顕微鏡で検査して虫卵を確認するか、虫体が排泄されるまで、気が付かないことが多いでしょう。 糞に虫体が含まれて出てくるようになったら、駆虫する必要があります。また早めに糞便の検査を 行い、虫卵が確認された地点で駆虫するほうが好ましいでしょう。
pinwormの生活史は直接発育ですし、卵が感染力を持つようになるまでの時間が早いため、複数の リクガメを飼育している場合には、まず他の個体にも感染してしまいます。よって、この線虫が確認 された場合には、同じ環境で飼育している他のリクガメにも感染していると考えた方が適切です。 (写真は雌のpinwormの体の一部ですが、体内に大量の卵を持っているのが確認できます。) 同じ飼育環境にいるリクガメは皆一斉に駆虫するのが好ましいでしょう。なおリクガメに寄生する 蟯虫はもちろんヒトに寄生する蟯虫(Enterobius vermicularis)とは違いますが、一昔前は朝起床直後 に蟯虫試験紙を肛門に貼り付けて虫卵の検査をした経験をお持ちの方も多いでしょう。 駆虫は蛔虫と同様に行います。フェンベンダゾール(fenbendazole)商品名Panacur50mg/kg を2週間に1回、経口投与 を 2から3回繰り返します。

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その他の線虫について

その他の線虫についてはリクガメに感染するおそれのある線虫として簡単に紹介しておきます。
Hookworms
Hookwormも爬虫類に寄生するものが数種類確認されています。ヘビ類に多く寄生するKalicephalus sp. 小型のトカゲ類に多く寄生するOswalsocruzia sp.ヌマガメ類に多く寄生するCamallanus sp.や Spineoxys contorus sp.などです。直接発育をします。リクガメではあまり感染報告はありませんが、 爬虫類ではかなり頻繁にみられます。Hookworm類は宿主特異性が非常によわいため、いろいろな 宿主に寄生できるため、リクガメにおいても注意が必要です。経口感染に加えて、感染幼虫による 経皮感染もします。成虫は小腸粘膜に咬着して寄生し吸血するのが特徴です。そのため出血障害、 貧血、などの症状があると考えられます。ヒトに寄生するAncylostoma duodenale(ズビニ鉤虫)は かなり大きく、肉眼で観察できますし、成虫1匹の1日の吸血量は約0.2mlといわれています。爬虫類 に寄生するものは肉眼では観察できません。検査方法としては糞便の直接塗抹法による虫卵の検出 ですが、虫卵では種類まで鑑定することはできません。培養して幼虫による鑑定となります。
駆虫は蛔虫と同様に行います。フェンベンダゾール(fenbendazole)商品名Panacur50mg/kg を2週間に1回、経口投与 を 2から3回繰り返します。
Strongyloides(糞線虫)
胃腸管に寄生する線虫の一つです。蛔虫ににて直接発育し、幼虫の時に肺に移動するため、時に 呼吸障害をおこします。主として爬虫類ではヘビに寄生します。リクガメは固有宿主ではないよう です。自由世代と寄生世代にわたって色々な形態がみられます。寄生世代ではフィラリア型の雌しか 見られません。大きさは2〜2.5mmと小さい線虫です。自由世代は土壌中などで自由生活を送ります が大きさは0.7〜0.04mmほどです。リクガメにおいてはあまり見られた報告がないようです。
駆虫は蛔虫と同様に行います。フェンベンダゾール(fenbendazole)商品名Panacur50mg/kg を2週間に1回、経口投与 を 2から3回繰り返します。

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線虫の駆虫の注意点

リクガメにおける駆虫について注意すべき事があります。上記のように大抵の線虫の駆虫にはフェン ベンダゾール(fenbendazole)という薬が有効ですし、安全です。ただ、獣医さんによっては、爬虫類 の特にリクガメに詳しくない方もおいでになります。獣医さんで糞の検査をしていただいて、虫卵 が認められ、または虫体が認められ、駆虫しましょうという場合に、ぜひ獣医さんに確認していただ きたいことがあります。犬の有名な寄生虫に犬糸状虫(いわゆるフィラリア)という線虫がいます。 この寄生虫の駆虫薬としてイベルメクチンという薬が、広く使用されています。イベルメクチンは非 常に広範囲の奇生虫に対して有効なので、ときには犬糸状虫以外の線虫やダニの駆除にも使われます。 爬虫類に対してもへビやトカゲに使われることがあるようです。しかし、この薬はリクガメには使う ことができません。使用したことによる死亡報告があるためです。この他、イベルメクチンと同様の 作用で働くと考えられている薬にミルベマイシン・オキシムとモキシデクチンという薬があります が、これらの薬は、カメに対する毒性がはっきりとわかっていないため、イベルメクチンと同タイプ の薬ということで、やはりリクガメへの使用は避けるべきだと考えられます。

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寄生虫の有効性について

少し余談となりますが、最近寄生虫は少し注目されている点があります。ヒトのアレルギーに関係 することでの話です。ヒトの花粉症などの研究をすすめていくうえで、アレルギーと寄生虫の関係 で注目すべき研究がされています。ひじょうに清潔な生活環境になった日本において、花粉症やア トピーといったアレルギー症が急増していますが、このアレルギーを寄生虫に感染することによって 予防できるというものです。アレルギーはIgEという抗体が粘膜や皮膚の肥満細胞と呼ばれる特殊な 細胞と結合した状態のところにスギ花粉などの抗原が入ってきて、IgEと結合すると肥満細胞から ヒスタミンなどの化学物質が放出されることによっておこります。しかし寄生虫に感染すると、花粉 やダニなどの抗原とはまったく結合しない非特異的IgEがつくられ、肥満細胞の結合部位をすべてお おってしまうためヒスタミンなどの化学物質が放出されなくなり、アレルギーがおこらないという ものです。寄生虫の感染がつねに80%以上である日本のサルには花粉症が少ないことが知られている そうです。またドイツで花粉症と寄生虫感染の関係を調べた結果、寄生虫感染がアレルギーの発症を おさえていることがわかったそうです。 カメさんに話をもどしますと、カリフォルニアの飼育下のリクガメにRNSの症状が多いという報告が あります。RNSについては別のページで詳しく紹介いたしますが、要因の一つにアレルギーがありま す。飼育下のリクガメは駆虫してしまうケースが多く、そのため自然界のリクガメに比べて、寄生虫 に感染している個体数が非常に少ないのは事実でしょう。そのためRNSの症状が出やすいということ も考えられるかもしれません。もしこの関係の研究がすすむと、完全にリクガメの寄生虫を駆虫して しまうことの善し悪しが話題にのぼることも出てくるかもしれません。

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