*妹よ(決別編)
記憶の中からすっかり忘れ去られていた忌わしき思いでが、ふとしたきっかけで甦る…
ある出来事の中から何となく感じとったデジャブが、開けてはいけない筈の井戸の蓋をあけてしまう…
皆さん、そんな経験をしたことはありませんか?
きっかけは、とあるサイトの日記からでした。
そのお話は、小学校時代の体験談に基づいた「エロ妄想を書きなぐった紙を母親に発見されてしまった」
という内容のネタ日記で、普通だったらクスっと笑っておしまいのお話の筈でした。
しかし、私はこのお話に対してニコリともできませんでした。
それどころかこのお話は、私の脳内の奥底に沈められていた筈の「ある思いで」と強烈にシンクロし、
忌わしき古い記憶のそれをサルベージする引き金になってしまったのです。
それは確かなるトラウマ。まだ癒えぬ傷跡。決して呼び醒ましてはいけない眠り…
そう…もう7年前以上になるでしょうか。あれは確か社会人2年目を迎えた春のこと。
私はボスからいきなり長期海外出張を命じられました。
英語は全然喋れない、海外旅行にすら行ったこともない、黒人を見るだけでついつい尻を抑えてしまう。
そんなダメ人間の私に告げられた行き先はよりにもよってフロリダのボイントンビーチとかいう超辺境クソ田舎。
え?社内滞在日本人1名?そいつ日本語が不自由?必要な情報は現地で収集? 何だと、2日後には着いてろ!?
話しを聞いているうち、手に抱えていたキングファイルがブルブルと痙攣をはじめました。
「はじめての撲殺」 そんな言葉が頭に浮かんだ瞬間でした。
私は外資系企業の死ぬほど大雑把ないい加減さや、何やっても結果だせば許される系文化は大好きでしたが、
流石にこれにはビビりました。ホント何も考えてないにも程があります。
で、当然やらかしたあげく身も心もボロボロになって帰ってくるわけですが、それはまた別の物語。
今はとりあえずこのお話を続けたいと思います。
言葉が通じないことによる精神的ダメージ(むこうで英語喋れないイエローのオスはゴミ以下の扱い)、
アメリカ南部独特の閉鎖的環境で長時間暮らしたことによる強烈な望郷の念、食文化の違いによる体調不良。
そんな状態にあった私が、日本に帰ってきてその土を踏んだとき、どれだけ嬉しかったか…
久々の我が家へ帰って家族の顔を見た時、どれだけ嬉しかったことか…! 想像できますか、皆様!
私の疲れきった顔を見て何か胸に期するものがあったのか、普段とうってかわって妙に優しい母と妹。
「布団ね、フカフカにしてあるからね」
「あ、お兄ちゃんに頼まれてた雑誌、買っておいたよ」
「お前の大好きなイチゴも冷蔵庫に入っているよ、あとでお食べ」
「後ね、あと、部屋もちょっと、片付けておいたからね」
うんうん。 うんうん。
ありがとう。 ありがとう。
何気ない家族の優しさがこんなにも胸にしみるって…
普段の日常生活の中で、何気なくやってもらっていた洗濯や食事の支度。
いつのまにか「やってもらって当然」になってしまっていたことへのありがたさに改めて気づかされ。
「人は孤独になってこそ、始めて人となる資格を得るのだ」 〜サカイ〜
さ、名言を産み出したところで、久々のマイ・ルームでゆっくりとくつろぎますかね。
お、すげえ片付いてる。そいや部屋掃除してもらったことなんて生まれて始めてじゃないかなあ。
さてと、戸棚を開けて数々のマイ・コレクションを久々に確認と。
(長期間部屋を空けたオタクが、帰ってきて第一にすることは絶対コレです)
・・・ゲームよし! ・・・音楽CDよし! ・・・アニメビデオよし! ・・・漫画・雑誌等よし!
・・・エロ雑誌 及び エロゲームも問題なし!・・・・・・ってええええええええっ!?
ベッド下の収納箱の2重仕切りの奥のそのまた奥に完全に隠されていた筈の数々の秘蔵アイテムが、
これ以上ないというほどきっちり棚の中に並べられているその光景を見て、私は自分の目をくりぬこうかと思いました。
その後、頭の中が見事なほど真っ白になり…
誤解なきよう言っておきますが、私は別に普通のエロ本ごときを親や妹に見られたって何とも思いません。
でも…でもですよ!
なんとか制服パラダイスとか処女宮とかいうもろ趣味嗜好がまるわかりなエロビデオの山とか(これはまだいい)
SMスナイパーとかマニア倶楽部とかいうもろにそれ系の雑誌とか!(この辺でかなりキツい)
見るもおぞましい鬼畜系エロゲーの山とか! ドラゴンナイト!ランス!SEEK!!(自殺もん)
明らかに人様にみせてはいけない尋常ならざる何かという匂いをパッケージから強烈に放っているブツが!
10や20じゃ利かないその山々が…!
これでもかこれでもか、とばかりに眼前に積み上げられているその様を、まざまざと見せつけられたら?
ましてやその作業を行っていた筈の母や妹のその様子を想像したら!?
(穴があったら入りたいのその穴はたぶんアルゼンチンまで突き抜ける、絶対)
其のとき脳裏に浮かんだ、とある違和感。 妙に優しい母と妹の仕草の中に感じたある種の不自然さ。
あれは優しい…というよりも、むしろ優しすぎた? その奥に潜む思い、その中にある真実とは?
あれは何かを恐れているような、同時に何かを憐れむような、あれは本当に気の毒な何かを見つめた時の…!
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
ものすごい勢いで階段を駆けおり、鬼のごとき表情で妹と母の前に立つ私。
「こ…こおおおおおおお………」
(ホントこんなセリフしかでなかったような気がする)
一瞬で私が言いたい何かを感じとったのでしょう。
私が人としての言語を発するその前に、母が怯えた顔で言いました。
「わ、わたしも悪いとは思ったのよ、で、ホラ、少しでも何かお前の役に立てたらと、そう思って…」
「ふ…ふううううううううう……」
(一歩にじりよる)
「別にあたしは何も見てないよ! 別にあたしは何も気にしてないよ!」
「く……おおおおおおおおおおお……」
(さらに一歩にじりよる)
「息子がやることだもの! 今更あんなの気にしてどうだって言うんだい!ええ!」
(決定的な一言。そしてボクは生まれてはじめて親を手にかけようと…… その時!)
「やめてっお兄ちゃん! 私が悪いの! 私にも何か出来ることないかなって!考えたら!考えたら!
わあああああああああああああああああ!」
目の前で母と抱きあって、ただただ号泣する妹の姿を私は呆然と見つめていました。
そう、母と妹は何も悪くない… 分かってる、分かってるンだ… しかし…しかし…!
この胸を締めつける哀しみは… もっていきどころのない怒りは… 自分に対しての…! すべて何もかもが!
膨張しきった感情がいきどころを失い、体の中で爆発したその瞬間。
この世の生き物が放ったとは思えない地獄のような哀しみの咆哮が、周囲3キロに響きわたったと言います。
#3日後、私は家を出た。