[Menu]


真っ黒い鼻血

さあさてみなさんこんにちは。こんにちはってなんだ。挨拶か?丁寧語か?丁寧に挨拶してなにしようっていうんだこら。ごめんなさいぼくがわるかったです。ところで挨拶といえばこんにちはからはじまりおやすみもうねるで一日がもう終わっちゃうわけですが一日終わって疲れたところにさらに寝るなんて作業が発生しちゃった日にはこれはもう大変ですよ。寝るしかないわけです。ぐっすりと。当然夢だってみちゃうんです。夢といってもあれですよ。ピンク色の毛布にくるまってうふーんとかあはーんとかそういうふわふわもこもこした心地よい夢ではなくて、真っ黒な鼻血が唇からだらだらととめどなく溢れ出すといった類の陰鬱で痛々しくてさりげないチャームポイントがさりげなく(二度目)さらにさりげなく(三度目)入ったようなファンシーな夢なわけですよ。たとえばこういう話です。僕はどうしてもデパートにいかなきゃならないのに、どうしてもあそこの千日前デパートで大切なものを買わなきゃいけないのに、そこにどうやったらたどり着けるのか分からないわけですよ。しかもなんでか僕裸なんですよ。いや性格には裸じゃないんですけれども、裸というよりはね、むしろね、半裸。そう。半裸ね。上着は着てるわけなんですけれども、ズボンはいてない。しかもパンツもはいてない。しかも僕もう家から出ちゃっててしかも家への帰り道も分からないんですよ。どうしたらいいですか。仕方ないので電信柱の蔭で股間を抑えてじっとしているわけなんですが、電信柱のそばのね、信号でね、ひっかかった車が止まっててね、中にいる校長先生がぼくのことをじっとみてるんですよ。しかも僕の股間じゃなくて僕の目をまっすぐと温かい目で見てるんです。僕はなんだかいたたまれなくなって涙を流しながらね、校長先生に言うんです。「違うんですよ校長先生。これは実は僕じゃなくって、僕のパンツが家にあるからそれをとってこなくてはいけないんです。だってパンツがないと校長先生だって困るでしょう?こんな生徒が小学校にいたらマスコミだって黙っていないし、PTAのお母さんだって、校長先生をみんなでよってったかってクビにしてしまうかもしれない。僕そんなのいやなんです。だから僕家にちゃんと帰ってパンツをとってこようと思うんです。もちろんパンツだけじゃありません。ズボンだってアイロンかけたてのすばらしいやつをちゃんとはいてくるつもりです。それに今僕はだしだけれども、靴だってぴかぴかのを家に用意してあるんです。だから僕もう家に帰ろうと思うんです」僕がそういうと校長先生は何故か涙を流しながらこういいました。「わかっているよ政利くん。キミのことはすべてちゃんとわかっている。だから私は今キミの家にお邪魔するところなんだよ。君の家にちゃんと挨拶をして上がらせてもらって、その上で君のご両親とちゃんとお話をするつもりだ。だから君はそのままでかまわないんだ。そうだ。なにか大切なものをデパートに買いに行く途中だったんだろう?よかったら私の車の後ろの車にのっている君の大切な友達のお父さんにデパートまでのせていってもらいなさい。うん。それがいいだろう」校長先生はそういって僕に千円札といいにおいのするハンカチをくれた。僕は涙を拭きながら校長先生の乗っている車の後ろにのっているひとのほうをみるのだけれども、僕にはどうしてもその人の顔が思い出せない。いや、思い出せないというよりは、その人の顔がよくみえないんだよね。きっとくるまのガラスに写る光の加減だろうと思うのだけれども、その車にのっている人の顔が僕にはよくみえないんだ。いったいだれが乗っているんだろう。校長先生は僕の大切な友達のお父さんが乗っているって言っていたけれども、ほんとうは一体誰がのっているんだろう。もしかしたら校長先生は嘘をついていて、その車にのっているのはきっと僕をどこかに連れて行ってしまう恐ろしい人なんだ。そうだ。だから校長先生だって泣いていたんだ。校長先生も無理やりそのひとに僕にそう言うように指図されたにちがいない。でも今僕が急に逃げ出してしまったらきっと校長先生はもっと泣いてしまうだろう。泣いて泣いて、そのおそろしいひとに酷い目にあってしまうだろう。僕はそんなかわいそうな校長先生を見るのはいやだ。ぜったいにいやだ。だから僕はこの車に乗り込んで、そこに乗っているひとの顔をたしかめなければいけない。なんとしても。そう思ってぼくはおもいきって校長先生の乗っている車のうしろの車のドアをあけようとした。でも、そのドアにはロックがかかっていて開かないんだ。なんであかないのだろう。だってこの車は僕を乗せるためにずっとこうしてここに止まっているのでしょう?校長先生?とおもってその車の前をみるともう校長先生の車はなかった。信号が青に変わって校長先生の車はもう僕の家にむかって走り去ってしまったにちがいなかった。じゃあ僕はどうすればいいの?僕は校長先生の名前を叫びながら後ろの車のドアをおもいっきりたたいた。車のガラスのなかがほんの少しみえた。誰かが乗っている。運転席のほかにもだれかが乗っている。僕と同じ子供だ。いやそれはきっと僕だ。なんのことはない。僕は最初からその車に乗っていたのだ。「着きましたよ」運転手が不意に言った。運転手は校長先生だった。校長先生にそんな丁寧な言葉をつかわれるとなんだか自分がえらくなったような気がしてはずかしかった。僕は車を降りてデパートの入り口に立った。そうだ僕はついにデパートについたのだった。僕はデパートの受付のおねえさんにかるく挨拶をしながら、一階の化粧品売り場の中を颯爽と歩いた。みんながこっちをみている。でもみんな怖い顔をしている。なんでだろう。僕がズボンとパンツをはいてないのがいけないんだろうか。きっとそうに違いない。そうだ。デパートではちゃんとみんなズボンとパンツ(おんなのひとはスカートとパンティ)をはかなくてはいけないきまりがあるのだ。僕は急にとんでもないくらいはずかしくなって、前かがみになって股間をかくした。顔がどんどん赤くなっていくのが分かった。「見ないで」そう叫んだ。でもみんなこっちをみている。いや、他の人からみたら他の方を向いているように見えるかもしれないが、隠れた目でみんながこっちを見ている。「見ないで!見ないで!」僕は叫んだ。そして僕は走った。走った。しかし走ったつもりになっただけだった。なぜなら僕のパンツとズボンは、はかれていなかったのではなく、足元にずり下ろされているだけだったのだ。僕は小股でちょこちょことデパートの中を歩き回った。見ないで!僕はエレベータのボタンを何回も何回も押してエレベータが来るのを待った。いったいこのエレベーターは今何階あたりにいるのだろう。このデパートはたしか8階立てだったはずだから、もし今エレベーターが8階にいたとしたら、合計64回はボタンを押さないと、この一階までおりてきてくれないにきまっている。そうこうしているうちにも僕が本当に買いたい大切なものが今の今にも売り切れてしまうかもしれないのだ。僕は指をできるかぎりの速さで痙攣させてエレベーターのボタンを押した。その時、僕が待っていたエレベーターから3つも向こうのエレベーターのドアがあいた!しめた!でも、むこうのエレベーターまであるいていく間、ボタンを押すのを止めてしまったら、エレベーターは下のほうまで降りていってしまって、二度と上がってこないかもしれない。どうしよう。ここでここのエレベーターが下りてくるまでまつしかないのか。でも、3つむこうのエレベーターのドアはさっきからずっと開いたままだ。どうしよう。指だけはここでボタンを押しつづけてなんとか向こうまで行けないだろうか?よし。やってみたらできた。ぼくは3つ向こうのエレベーターに無事乗った。そのエレベーターの中は立派なトイレになっていて、立派なタオルもかけてあった。僕はようやくの思いでその便座にすわり、心行くまで用を足すことができたのだった。しかし物語りはここで終わりではないのだ。本当の恐怖はここから始まったのだ。黒い鼻血が唇からとめどなくあふれるような恐怖がそこから始まったのだ。実際用を足していると鼻血が出てきた。腕で鼻をぬぐうを腕に真っ黒のぬめぬめした液体がこびりついた。「真っ黒の鼻血!」ぼくは叫んだ。エレベーターの中でひとりきり叫んだ。鼻血はあとからあとから出てくる。しかもその鼻血はどうやら唇から出ているようだった。僕はこんなものでも鼻血って言っていいんだな。と妙な感慨を覚えながら、エレベーターの階数表示板を眺めていた。階数表示の数がどんどん増えていく。鼻血もどんどん流れていく。階数表示の限界と、僕の中から黒い液体が最後まで流れ出てしまうのとどっちが早いだろうとかそんなことを考えながら僕は大切なものを買って家に帰った。


[Menu]