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脳内対談

イメージするイメージするイメージする。加速していく想像力。試されている記憶力。全ての行為には理由がある。同じように。全ての虚構には体験がある。相反する二つの概念。混ぜ合わせるのはあたしの指先。あたしの体。だからあたしはイメージするイメージするイメージする。そうそれは、降り注ぐような夜景のまぶしい西新宿の小さな居酒屋。朝方まで営業している店にしては割りとしっかりしたメニューが多く。不規則な生活を送る兄はその店を重宝していた。あたしはいつものように、いつかのように。兄の向かいの木の椅子に座り。灰皿を手繰り寄せ。二人のちょうど真ん中に置く。一杯目は瓶ビール。それを二人で仲良く半分こする。甘い会話があたしたちには確かに有ったはずだけど。あたしは知ってる。あたし達が2度とその時間を手にすることはないのだと。知ってる。知ってる知ってるよ。とあたしは煙草に火をつける。兄がまず口火を切る。その眼はまっすぐあたしを見ている。うちの猫にそっくりな眼差し。怖い怖い怖い。「君の最近の文章は全く面白くなくなっている。」あたしはその宣告にうなだれてみせる。「そんな事わかってるわ。」あたしは口答えを試みるけれど。兄の目は容赦ない。まっすぐまっすぐまっすぐ。晴れすぎた空を思い出す。こんなにはれて明るかったらあたしかくれる場所なんてないじゃない。悔しくて悔しくて唇ばかり噛んでいたのは幾つのときだっけ?18?そう、まだあたし海と山に囲まれている。郷里の人工島にいた。「君のいつもの癖が出てきているようだね。僕はあれほど君に言ったのに。君はいつもそうだ。」兄の言葉があたしを現実に引き戻す。鼻先を漂っていた懐かしい恋しい汐の香りがいきなり消えてあたしはちっぽけなプライドさえもてあましながら、肩をすくめて座っている。「いつもの癖ってなあに?」あたしはとボケて見せる。こんな事が通用する相手じゃないなんて事わかってるのに。あたしはそうしてしまう。ただ怖いから。何が?あたしはこっそり問い掛ける。そう多分それはきっと。「君はどうしていつも誰かに見られていることを意識すると閉じこもろうとしてしまうんだろう。どうして相手の意思に忠実な自分自身を演じて見せようとするんだろう。君にはまるで自分というものがない。君は本当に。希薄だ。1日1日。成り行き任せの自分自身の虚像に上手に自分を同一することしかしていない。それが。僕にはわかるんだよ。君は今の恋人の目をあまりに意識しすぎている。また聞き分けのいい子という君の得意分野に持っていこうとしている。自分自身を。言ったじゃないか。僕はあれほど。」あたしは兄の言葉をさえぎって、自分の声をそこにかぶせる。二人の声が重なる。それは少し耳障りのようだった。キィが根本的にあたし達は違ってしまっている。噛み合わない。噛み合わない。生まれながらに。永遠に?「自分を安売りするな。」あたしは悲しく笑って見せる。「そんな顔をしたって駄目だよ。」と兄は言う。あたしはそうと頷いて残り少ないビールを飲み干す。「君はどうしていつもそうなんだろう。本当の君がわからない。」あたしは言い返す。「馬鹿ねお兄ちゃん。本当に自分なんてもの。ないって。あたしいつも言ってるでしょう。本当の自分がわからない。何て言ってるのは馬鹿だ。クズだ。そんなものどこにもないんだ。人間は1枚の板で出来ているわけではない。臨機応変。カメレオン。くるくるくるくる色を変えて。生き残る為には。そうやって。」あたしはいつものようにまくしたてる。だって本当。あたしはそう思う。本当の自分?だれもわかってくれない?甘えるな。依存を調子の言い言葉で誤魔化すな。本当の自分なんて。そんなもの。誰だって持ってないんだ。そもそもそんなもの存在しやしない。考える事を放棄した馬鹿女が考えているふりをしたいが為に生み出した言葉にしかすぎない。机上の空論。絵に描いた餅。「僕が言いたいのはそんなことじゃない。」と兄は言う。幾分怒っているようだ。言葉尻がぶつぶつと切れる。あたしは大男の振り下ろすなたを思い出す。ぶちぶつぶつ。それは容赦なく絶対的な力で持って。「君は僕を馬鹿にしているのか。」「そんなとんでもない。」あたしは兄の前で掌をひらひら振ってみせる。兄は明らかに気分を害したようだった。「僕がいってるのはそんなくだらない言葉遊びの世界ではない。馬鹿なお前にだってわかるように。説明してあげよう。本当にお前は可哀相な子だ。わかっていることをわからないふりをすることばかり上手になって。僕がいいたいのはつまり『 意思』の問題なんだ。わかってるくせに。君は頭がいい子だから。君には何一つ意思というものがない。相手の思惑にしたがって漂うばかりだ。断言しよう。コマチ。よく聞くんだ。そうやって演じてばかりの君を誰しもが信じると思ったら大間違いだよ。君は確かに自分が思っている以上に頭はいい子だ。策士という意味でね。だけど世界は君が思って以上に。頭がいいんだよ。みんなおりこうさんなんだよ。本心を決して明かさない笑っている女に対してなんの興味も抱かなくなってしまうくらいにはね。」それは予言だ。とあたしは思う。経験を統計することの出来る兄の言う未来は恐らくもう既に決まっている事なのだ。そう、兄はいつだって絶対的に正しい。間違いがない。あたしは知ってる。そんな事気がついている。あたしは兄をにらみつける。「だからなに?だからなんだっていうのよ。そんな事あたしだってわかってる、わかっててもどうすることも出来ないあたし。好きな事も好きなものもない。やりたいこともいきたいところもない。それだけよ。ただあたしは誰かに守ってもらいたいだけ絶対的にあたしを肯定して欲しいだけ。その為には何が出来るというの?おとなしく笑うしかない。」あたしを兄は見下ろしている。見下している?兄は言う。「発展より現状維持」あたしも頷く。「そうよ発展より現状維持。」「君は恐らく幸せにはなれないだろう。」「予言はやめてよお兄ちゃん・あたしはただ誰にもあたしを嫌いになって欲しくないだけなの。」「だからそれが君が愛されない訳なんだよ。僕も含めて。君が頑なに自分の意思を見せないようにするのは。」あたしは泣いている。いつものようにいつかのように泣いてる。これではまた目が腫れてしまう。最近朝になるとどす黒いクマが浮かんでいてうんざりする。泣くもんか泣くもんか泣くもんか。「あんたの予言なんてあたしが粉々にして食べてやるんだから。」イメージするイメージするイメージする。君なしで。生きていこうと決めたあたしを保つ為に。イメージするイメージする。駆りたてる痛みの記憶。あたしは知ってる。全ての行為には理由がある。今こうして虚構を作り出すあたしにもまた。


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