混沌の廃墟にて -255-

依然公開前

1996-06-28 (最終更新: 1996-07-01)

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 最近何度か、メールのやりとりをした後で「この内容を他の人に回送してもい いか」という問い合わせがあった。こういうことは珍しくないのだが、複数名か ら同様のことがあるというのは珍しい。もしここを読んでいるなら、心当たりの ある人は何人かいるはずである。別に責めているわけではないので念のため。一 応、このような問い合わせはマナーとしては正しいとされている。

 基本的に、メールを送る時には、それが誰に回送されても不都合ないように考 えて書いた方がいい。もちろん、住所とか連絡先のやりとりなどのメールが回送 されると洒落にならないが、相手を選べばそういうことはあまりないはずだと楽 観的に考えるわけである。

 誰に回送しても構わないのなら、最初から会議室で発言すればいいのでは。と いう考え方もあると思うが、メールというのは相手がいるわけで、相手の都合も <ある。それに、私の場合は、メールの文章は会議室に比べればラフで推敲も不十 分なことが多い。メールを何度かやりとりすると、相手にどの程度のコミュニケー ション技術があるか分かってくる。その結果、「こう書いておけばこう読んでく れるだろう」と想定して割と安心して表現を手抜きできるのである。会議室の場 合は、不特定多数が読むため、どんな曲解が出てくるか分からない。極力誤解・ 曲解がないように何度も推敲することが必要になってくる。

 ただし、メールの場合は、会議室に比べると敬語や挨拶の使い方が丁寧になる ように配慮している。

    *
 ところで、メールを発信者に無断で他の人に回送すると、どういう問題が発生 するのだろうか。NIFTY-Serveでは、電子メールは信書として使うことになってい るが、信書を他の人に見せるとどうなるか。信頼関係が壊れる? そりゃそうかも しれないが、法的問題はどうか。

 GO RULESにはニフティの見解が書かれている。

 >  「電子メールの文章も著作物であるから、著作権者は公開前の著作物につい
 >  て公開しない権利を持つ。そして私信として電子メールが当事者間でやりと
 >  りされている限りは、依然公開前という状態が継続しているのだから、書い
 >  た人の承諾を得ず、これを無断で公表することは著作権法上問題がある」

  (GO RULES/著作権に関する権利関係「サービス内の著作権」/1.電子メール)
 「公開」と「公表」という二つの表現が出てくる。著作権法には「公表」は定 義が書かれていて、その上で「公表権」として公表されていない著作物を公表す る権利を著作者に保証している。「引用は著作権法で認められている」といわれ ることがあるが、法律で許されているのは「公表された著作物の引用」である。 公表されていない場合は許可なく引用することはできない。だから、電子メール の内容が未公表状態なら電子会議に引用してはいけない。

NIFTY-Serveにはもう一つ面白いサービスがある。ホームパーティーという私設 掲示板サービスである。

 >  ホームパーティーは電子メールと同様、私信として扱います。
  (同、5.ホームパーティー)
 ホームパーティーはごく身近な特定少数が使うことを想定した内輪向けのサー ビスである。従って、私信とみなしており、そこに掲示したとしても公開された とは考えないのだろう。このことは掲示文章にも書かれている。
 >  掲載されたことでそのメッセージが公開されたとは言えません。(以下略)
 「公開」となっているが、公表したこともならない、とみなせよう。では特定 少数というのはどういう意味があるのか。 <>  「公表」は著作権法第四条によれば、次のような場合を意味する。
 1)発行された場合
 2)第二十二条から第二十六条までに規定する権利を有する者若しくはその許諾   を得た者によつて上演、演奏、放送、有線送信、口述、展示若しくは上映の   方法で公衆に提示された場合
 3)建築の著作物が第二十一条に規定する権利を有する者又はその許諾を得た者   によつて建設された場合
 「発行」の定義は、第三条において、その性質に応じ公衆の要求を満たすこと ができる相当程度の部数の複製物が作成され、頒布された場合となっている。た だし、権利を有する者がこれを行った場合に限る。ということは、3)は建築の著 作物の話だから除外することにして、1)と2)に共通するポイントは「公衆」に示 すということになる。「公衆」は俗には世間一般の人々という意味に使われるが、 著作権法では第ニ条で次のように解釈することになっている。
 >  5  この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。
 一般には「公衆」には特定の集団の場合を含まないと思うのだが、著作権法の 解釈としては法律用語としてそれも含めるというわけで、例えばFPROGの会員、と いうのは公衆とみなすのであろう。

 というわけで、特定のメンバーであっても多数なら著作権法では「公衆」とみ なす、ということになるため、人数という条件は重要な意味を持つのである。

 もしNIFTY-Serve会員170万人にメールを回送したら、いくら「電子メールは私 信」といっても「公衆に提示した」とみなされて、公表したとみなされるかもし れない。FPROGの入会者には、入会時に案内のメールを発送している。これは電子 メールだから建前は私信である。しかし、既に数万通発送しているのである。こ の程度でも公表されたというべきだろう。(*1)

    *
 ということは、つまり、AさんがBさんに送ったメールを、Bさんが勝手にCさん に見せてしまったり、メールを回送したり、ホームパーティーに掲示した場合を 考えてみる。マナーとかモラルの問題はさておき、とりあえずBさんは「メールを 勝手に公開した」のか? NIFTY-Serveの慣習としては「公開したことにはならな い」のである。なぜなら、電子メールの場合は「依然公開前という状態が継続し ている」のであり、ホームパーティの場合は「そのメッセージが公開されたとは 言えません」という状態だからだ。

 そもそも、公開というのは「観覧・傍聴などを、一般の人に許すこと」(小学館、 新選国語辞典)であるから、ごくわずかの特定の人に見せる程度では公開と言わな いのである。では、公表としてはどうか。著作権法では「公衆」に提示すること を公表というのだから、電子メールの内容を他の人に回送しただけでは少なくと も著作権法における公表権の侵害には該当しないと考えるべきだろう。

 では、他人から来たメールを勝手に他人に回送したら何が問題になるのかとい うと、結局、著作権法に関して考えるなら、可能性としては、複製権の侵害、と いうことはあるかもしれない。自動回送機能などを使ったら、話はややこしくな るが。

 全く別の観点から考えると、また違った話が出てくる。例えば、プライバシー の侵害ではないかという意見もある。こちらは、なんとなく納得できるような気 がする。しかし、私はプライバシーの侵害を平気でしそうな人にはプライバシー は知らせないのだが。他の人には知らせたくないことを「ここだけの話で」とメー ルで送ったりしたら、「ここだけの話だけど、Aさんからこんなメールが来た」と いうメールが世界中をかけ巡りそうで恐いのだ。

 また、業務に関する内容を含むメールの場合はどうか。秘密を漏らすことは別 の法律に抵触するかもしれない。

    *
 しかし、生半可な法律知識は危険である。本当にメールを回送しても問題ない かどうかは皆さんご自身で、あるいは弁護士の方と相談して判断していただきた い。私に責任を問われても関知しません。

 ところで、以前、確かfj.net.providersあたりで見かけたと思うのだが、メー ルを勝手に回送したら電気通信事業者法に違反するのではないか、とか、憲法の 「通信の秘密」に反するのではないか、という意見があった。この意見はNIFTY- Serveでも複数の場所で何度か見かけた記憶がある。これは、反論を書いたことが あったので覚えているのだ。

 その時の結論は次の通りである。通信の秘密とか検閲というのは、AがBに送っ たメールの内容を、その伝達途中における業務を行うXが、勝手に見て、それを第 三者に送ったり、内容によってBに送らないようにする、ということを意味する。 従って、AがBに送ったメールをBがどうしようと、それは通信の秘密とは何の関係 もない。

 電気通信事業者法には、条文に、まさにこのことが「電気通信事業者の取扱中 に係る通信」という表現で示されている。これは、メールを届ける人に対する束 縛なのである。例えば、NIFTY-Serveでいえば、Bさんに送ったはずのメールをニ フティの社員が勝手に読んだりすると問題だということである。NIFTY-Serveは会 員規約第11条(電子メール)で次のように規定している。

 >  2. 会員の通信の秘密は保障されます。ニフティは法律の定め又は手続に拠ら
 >     ずして電子メールの内容を見たり又は第三者にこれを開示することはあり
 >     ません。
 法律の定め又は手続きに拠った場合は電子メールの内容を見るというのである が、そういうことは殆どの会員には関係ない話だと思うので、通信の秘密は保証 されている、ということだろう。いやがらせやセクハラメール、脅迫メールが来 た場合、ニフティに何とかしろと言うだけでは何もできない。ニフティはAからB に送られたメールの内容を見ることはできないからだ。このような場合は、受け 取ったメールの内容をニフティに送るとよい。

 ところで、インターネットのメールの場合、postmasterだとかシステム管理者 が都合上メールの一部を見なければならないことがある。また、その気になれば、 そのシステムで扱っているメールを勝手に読むことはそれほど難しい話ではない。 こうなってくると、通信の秘密の話になってくる。

 もし管理者に悪意があれば、途中で内容を見られることは避けるのが難しい。 どうしても相手にだけしか内容を知られたくないなら、メールそのものを暗号化 する、というのは、現時点ではかなり効果的なアイデアである。電話線が盗聴さ れていなければ、直接電話をかける、というのもいいかもしれない。

    *
 では、メールではなくてNetnewsだとどうか。最近、fj.binaries.miscで大量の 市販ソフトがそのまま流れるという事件があった。配布したのは事故ではなく確 信犯である。このように配布された海賊版のソフトのことをWarezと呼ぶらしい (あるいはそれを配布する行為、配布する人のこと?)。

Warezに対しては、普段あまり流量のないnewsgroupに一気にMBのデータが出て きたため、スプールの小さいサイトでは配送に支障が出るといったトラブルも出 たが、やはりここは市販ソフトがこういう所で配られるという本質的な違法行為 が問題であることには違いない。これについては議論の余地はないと思うが、投 稿が著作権法の及ばない所からだったらどうなるのか、といった意表をついた視 点がないわけではない。

 さて、このようなデータがfj.binaries.miscに配布された時に、おそらく多く のサイトではデータをキャンセルしたり、スプールから削除したであろう。これ は検閲行為とならないのか、という意見がある。Netnewsにおける通信経路を、情 報発信者から実際に読む人までの間と考えれば、newsの管理者が投稿された内容 によって一部を削除したりしてよいのか、という話が出てくるわけである。

 これが検閲になるかどうかというのは、実際私にはよく分からない。もちろん、 一般論としては検閲というのは国家とか政治的権力によって行うことを意味する ので、その意味では検閲には該当しないはずだが。

 また、外部に向けて、Warezを削除するためのキャンセルメッセージを発行する サイト(個人? ロボット? よくわからない)もあるらしい。これは検閲ではない のか? こちらは別の解釈があるらしい。つまり、キャンセルメッセージというの は、該当メッセージを削除して欲しいという依頼に過ぎない、というのが通例な のである。キャンセルを受けたサイトは、その通りにメッセージを消す義務はな いのだ。無視しても構わないのである。従って、これは検閲とは言えない…と解 釈するのが通例らしい。

 ところが、これも最近の話だが、ある特定の人の投稿のキャンセルを、全く別 の誰かが送るという事件があった。何かの事故という可能性もないわけではない が、客観的に見ても、誰かがその人に対して攻撃行為に出たというような感じで ある。

 では、他人の投稿をキャンセルするのは、どのような法的問題があるのか? も し問題があるとすれば、Warezをキャンセルするのはなぜ問題がないのか? SPAM をキャンセルするのはどうか。混乱するネタは、まだまだいくらでもありそうだ。 廃墟も次回で0x100回。


補足

(*1) NIFTY-Serve会員数は、1996年5月末で177万人である。FPROGの会員は2万人弱。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -255-
    1996-06-28, NIFTY-Serve FPROG mes(6)-149
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1996