混沌の廃墟にて -253-

引用禁止

1996-06-16 (最終更新: 1996-06-16)

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 最近、「ROM墓場からの声」で「ちゃんちゃかすちゃらか ちゃんちゃん」の作 曲者名は誰かという質問を書いた。これは明らかに冗談である。これだけで何の 曲か分かるわけがないからだ。音楽を構成する要素は、メロディ、リズム、強弱 である。質問にはどの要素も含まれていないので、音楽たり得ないのだ。もっと も、曲を識別するには音楽を直接示す必要はない。歌詞を示せば分かることもあ るし、時代背景、歌っている人とか、1992年のレコード大賞の曲、のように指定 してもよいのである。

 それだけでは話にならなかったはずなのだが、私にも理解できないことに、こ れが示す曲が何であるかが、極めて高い確率で認識されてしまったのである。恐 ろしいことだ。これは音楽著作権の侵害になるのだろうか。個人的には、これは 著作物の使用ではないと考える。元の曲のどこにも「ちゃんちゃかすちゃらか  ちゃんちゃん」という内容はないのだ。では、なぜここから曲が連想できるかと いえば、曲の特徴をイメージさせる何らかの他の情報を持っている、というのが 妥当な所ではないか。

 それにしても、これでなぜわかる? (^^;)

 歌詞の引用に関しては「混沌の廃墟にて -247-」“この歌なんだっけ”に書い た見解があるので、今回は省略するが、よく雑誌等に流行歌のフレーズが書かれ ていて、それに対してJASRACの承諾番号が書いてあるものがある。歌詞が引用で きるのなら、なぜJASRACに許可を得なければならないのだろうか?

 JASRACは歌詞の引用を認めない方向で解釈しているという噂がある。これは正 確ではない。今はサービス終了してしまった「銀河通信」でネット上の歌詞引用 が議論になった時、JASRACの見解は、まず引用が成立するかどうかについて検討 し、その上で「これは引用ではない」という結論になっていたのだ。無条件に引 用を認めないという解釈ではなかった。ただ、JASRACの言い分によれば、ネット の大部分の発言は著作物ですらないことになってしまうが。

 歌詞の引用を認めたがらない理由なのだが、全くの臆測だが(とはいえ、他にも 同様の意見を見たことがある)、この「雑誌における歌詞の使用」がキーになって いるのではないかと思う。つまり、歌詞を引用できるという見解を出してしまう と、漫画家は、この漫画自体が思想を表現した著作物であり、それを成立させる ための文化的背景を示す道具として、その時代を表現する流行歌を用いることは 引用の目的上正当である、と主張できるのではないか。すると、現在、雑誌に歌 詞を使う時に徴集している料金を取る理由がなくなってしまうのだ。

 ただ、現状において、雑誌社の立場としては、本当に引用でOKなのか、訴訟に なったらどうするのか、という話になってしまうから、とりあえず少し金を払っ ておけば問題ない、危うきに近寄らず、という考え方なのかもしれない。料金と いっても、全体の経費に比べるとほんの僅かなものなのだ。とはいえ、払う必要 のない金をとりあえず払ってうやむやで済ませるという発想は、総会屋に金を払 っておとなしくしていただく、というものと差のない話で、あまり良いことでは ないと思う。

 また、現状のように誰の歌かも分からないような使い方だと引用ではないかも しれない。殆どの場合、曲が何であるか書かれていないからだ。最近のマンガだ と、出てくる曲が何だか分からないことが多くて、ジェネレーションギャップを 感じてしまう。基本的には引用時には出所を明示する必要があるので、それを省 略した場合には引用とみなされない、という考え方もあると思う。その場合は JASRACに料金を払うのは当然の義務だろう。私見としては、何の曲か位は書いて おいて欲しいものだ。最近見た漫画に「神田川」の歌詞が使われていたが、これ って最近の若い衆:-)にも分かるの?

    *
 ところで、発言に「引用は禁止する」と書く人がいる。特に、議論が過熱して いる時によく見かけるようだ。例示してもいいのだが、法的権利はともかく本人 が嫌だというのだから、あえて引用はしない。しかし、もっとすごい場合は、例 えばフォーラムのローカルルールで引用が禁止されているような場合である。

 Microsoft STATIONのローカルルールは次のような趣旨になっている。なお、本 当は引用した方が正確であると思うのだが、次に述べるようにローカルルールが 引用を禁止しているために、引用はしない。

 ・著作権は発言者にある。
 これはさして言うことはない。
 ・発言に対する編集著作権は、ステーションの運営者とニフティ株式会社にあ る。
 NIFTY-Serveの決まり文句である。これについては後で考察する。さて、その次 が問題である。
 ・よって、Microsoft STATIONの発言は次の4者の承諾を全て得ていないと、引 用も含めて転載、掲載はできない。
  1. 発言者
  2. ステーションの運営者
  3. マイクロソフト株式会社
  4. ニフティ株式会社

 これは一体何だろうか? 何が「よって」なのか皆さんは分からないのではない か。ちなみに私も分からない。まず、最初に一言だけいいたい。最も分からない のは、「マイクロソフト株式会社」が一体何の権利があってここに出てくるのか、 ということである。権利の前提となっているのは、既に述べたように「発言者」 の著作権と、「ステーションの運営者」と「ニフティ株式会社」の編集著作権で ある。これを足し算すると「マイクロソフト株式会社」が出てくるというのであ る。どうやら恐ろしい権力を持った会社らしい。もしかすると神なのかもしれな い。

 マイクロソフト株式会社の神的性格に関する議論はこの程度にして、さて、も う一つの本質的問題を考えたい。引用が禁止されている、ということである。引 用というのは、法律によって認められており、著作権者の意志とは無関係に、公 表された著作物を使用者が行使することができるという権利だ。それを禁止する というのだ。単に「運営サイドの法的無知が原因」という見方もあるかもしれな いが、個人的には、法よりもマイクロソフトが優先するという高圧的態度の現れ であると解釈したい。また「法的には認められない可能性があっても、とりあえ ず契約条件に入れておく」というのは、企業の態度としては常套手段であるから、 別段珍しいことではないのかもしれない。

 まず、基本的な知識として、NIFTY-Serveでは、発言を書いた人の権利は次のよ うに扱われているかを示そう。これはマイクロフトステーションではなくGO RULES で表示されている内容なので、引用させていただく。

 >2.NIFTY-Serve上での著作権の関係
 >  NIFTY-Serveは、個々のメッセージ、それが集まった掲示板、また会議室や
 > 掲示板の集合体としてのフォーラム、そして各種のフォーラムやその他のサ
 > ービスの集合体である NIFTY-Serve全体といったように、いくつかの階層か
 > らなっています。これらの権利関係についてニフティはおおむね以下のよう
 > に考えています。
 >
 >1)個々のメッセージ
 >   個々のメッセージには著作権があり、このメッセージの著作権はその発言
 >   者が持っています。
    (GO RULES、著作権に関する権利関係/NIFTY-Serve上での著作権の関係)
 このように、個々の発言の著作権は発言者が持つのである。従って、発言者は その発言をどうしようと自由である。NIFTY-Serveの一般論として、フォーラムや ステーションがどう言おうが、個々の発言はその発言者が転載していいと言えば 転載していいのである。しかし、Microsoft STATIONの中では、その発言を“引用” すらできなくなってしまうのだ。個人の発言の著作権は一体どこに行ってしまっ たのか。

 何度かfjで「NIFTY-Serveに書いたら、著作権はニフティが持つので…」という ようなデマを書いている人を見かけたが、とんでもない話である。何か悪意があ って変な噂を広めようとしているのかもしれないが、簡単に反論できる内容なの であまり大きな問題にはなっていないようだ。

 ところで、今年3月までは、GO RULESの著作権に関する説明の項目中に「書いた 人の権利」というものがあって、もっと具体的な内容が示されていた。

 >  従って、著作者は自分の原稿を自分の判断により、雑誌原稿として利用した
 >  り、書込みを他のネットに再掲載したりすることが出来ます。これはプログ
 >  ラム、データベース、画像データ、音声データ等の著作物についても同様で
 >  す。
    (GO RULES、著作権に関する権利関係/基本的考え方/書いた人の権利)
 この掲示は4月の会員規約改正でカットされたのだが、「従って規約改正後は、 著作者がこのような利用ができなくなった」というわけではなく、著作権者が当 然行使できる内容だからわざわざ書かなくても自明、と解釈したと考えるのが妥 当だろう。ただ、具体的例というのはユーザーにとって極めてよい指針になるの だから、やはり削らないで欲しかったというのが個人的な感想である。
    *
 ところで、編集著作権とは何だろうか。ニフティの解釈は、NIFTY-Serveを階層 に分けて、それぞれに対して著作権を検討している。編集著作権については次の 通りである。これもMicrosoft STATIONではなくGO RULESの内容なので、引用は禁 止されていない。議論のポイントとなる箇所なので、少し長くなるが、引用させ ていただく。
 >3)フォーラム
 >  フォーラムは SYSOPの創意工夫で各種の会議室や掲示板を設けたり、テー
 >  マを設置して発言を促したりして、一つのテーマに対する表現の集合体が
 >  築きあげられています。また、ニフティは、このフォーラムの基本構成を
 >  用意したりしています。このように考えると、フォーラム自体は一つの雑
 >  誌のようなもので「編集著作物」と考えることができます。
 >
 >  この「編集著作物」としてのフォーラムの著作権は、その編集作業に関与
 >  した SYSOPとニフティが持っています。つまり、個々のメッセージの著作
 >  権は発言者が持っていますが、その集合体としての権利はニフティおよび
 >   SYSOPに帰属します。
    (GO RULES/ニフティからのお知らせ/著作権に関する権利関係「基本的考え方」)
 つまり、編集著作権というのは「フォーラム自体」に対して発生するのであり、 個々の著作物に影響するのではない。これが重要である。例えばNIFTY-Serveの内 容を全て草の根ネットに転載されるような場合を考えてみるとよい。同じものを 無料で読めるなら、NIFTY-Serveに課金を払ってアクセスする人はいない。課金で 食っているニフティは餓死することになる。困る。では、どういう権利でそれを 阻止できるか、という根拠がおそらくこの編集著作権なのだ。

 発言の転載にニフティとかSYSOPの許可がいるというのは、一般的には、例えば 議論のスレッドをごっそりと丸ごと転載するような場合なのである。あらかじめ、 著作権はフォーラムに帰属する、のようなルールになっていれば別だが、基本的 に、個々の発言を発言者がOKと言っているのにSYSOPが独断で禁止する権利はない。

 というわけで、Microsoft STATIONのローカルルールで引用を禁止しているとい う事実は、会員が法的に認められている権利を制限するという点で、全く根拠が 理解できない内容であると言わざるを得ないのだが、残念なことにNIFTY-Serve会 員規約13条によって、会員はローカルルールがある場合は遵守することになって いるので、やはり引用はできないと考えておく。

 なお、禁止されているため残念ながら引用はできないが、Microsoft STATIONの 規約によれば、マイクロソフト社からの公式アナウンスには公式であることが明 記されることになっていて、それ以外の内容については責任がないことになって いる。

 さて、Microsoft STATIONの規約だが、公式であることは明記されていない(1996 年6月16日現在)。従って、厳密に解釈すれば、Microsoft STATIONの規約はマイク ロソフト社の公式アナウンスではないことになる。しかし、マイクロソフトが委 託したステーションの方針を決定する重要な内容であること、会員の行動を制限 する性質を持つこと、この内容に関して長期に渡って黙認していることなどから、 マイクロソフトの方針であるとみなしても差し支えはないと考える。

    *
 というわけで、歌詞がテーマだった回に続いて:-)、引用を禁止された状態で書 くことになるのだが、最近、Microsoft STATIONで事件があったのだ。簡単に言う と、SYSOPが発言を勝手に削除したのである。そして、発言者だけでなく、そこに 参加している大勢の会員が、この削除は独裁的だということで運営サイドを強く 糾弾したのだ。

 理由に関しては、SYSOPから説明があった。もしこの会議室のログを持っていれ ば、SMSINFOの会議室20番、発言04758、あるいは05753である。この内容を引用で きれば正確なのだが、既に述べたように引用が禁止されているので、引用はしな いで私の言葉で書くと、要するに、次のような説明だったのだ。

 引用できれば、もう少し細かいニュアンスが出ると思われることが残念である。 「そんなことは書いてない」という人がいるかもしれないから念のため。もちろ ん、この通りの表現があったのではない(だったら引用になってしまう)。その意 味では、この通りの文字列は確かに書かれていない。しかし、内容を的確に意味 を損なわないように別の表現で示せば、こうなるはずだ。ただ、的確でないかど うかは主観の問題である。私としては、極めて的確な要約だと考える。引用でき れば皆さんに判断していただけるのだが、禁止されているので引用できないこと が残念である。

 さて、この内容では反発するのも当然だと思うのだが、もう少し細かい話があ る。実はMicrosoft STATIONでは、発言を削除する場合についても規定があって、 内容によって2通りの措置がある。即刻削除できる場合と、自主的に削除を促す場 合である。今回の事例に関しては、後者の「削除を促す」ケースであり、この場 合は発言者に対して削除してくれというメールを送ることになっている。ローカ ルルールを引用すれば一目瞭然なのだが、引用できないので仕方ない。ところが、 今回は事前の連絡がなかったことが判明しているのだ。

 もちろん、NIFTY-Serveの会員規約によれば、SYSOPはある種の条件に合致する と判断した場合に、発言者に通知しないで削除してもいい、ということになって いる。しかし、仮にも著作権法で認められている「引用」という行為すら否定し てしまう力を持っているMicrosoft STATIONのローカルルールなのである。これを 守らないというのはマズいのではないか。天罰が下るのではないか。というわけ で、これは運営サイドもマズいと思ったらしく、その後のフォローでマズかった という趣旨の釈明があった。この経緯も具体的に引用できれば雰囲気がよく伝わ ると思うのだが、残念ながら引用できないので、そのような趣旨だったとだけ紹 介させていただく。

 さて、これで会員が猛反発して、もうマイクロソフトの製品は買うのは嫌だと いう人まで出てきたりして、運営側も慌てたのかもしれないが、結局、削除は判 断ミスだったという態度変更の発言がSYSOPからあった。個人的にはこれもよく分 からないのである。

 仮に私がそこのSYSOPだとすれば、まず、これらの発言はマイクロソフトの利益 を損なう「おそれ」があると考えたので、とりあえず削除した、その後、関係者 との検討の結果、問題ないという判断になったので、原文を再掲載する、という 感じの措置としたい所である。

 ところで、些細かもしれないが、頭に入れておくべきことが一つある。Microsoft STATIONというのはベンダーが運営しているのだ。SYSOPの専制国家ではない。 「上の人」がいるのである。SYSOPが広報部長等で強い権限を持っていれば、独断 で発言削除というのもあるだろう。また、誰が見ても明らかな場合も問題ない。 しかし、おそらく、例えば批判的な発言があった時に、それを削除するかしない かを決めるのは、別の人になるだろうし、上から「これは消せ」と言われること も大いにあり得るのだ。企業という場では個人プレイは許されないことも多い。 「例の発言に関する措置を検討する会議」を開くための会議室を予約する所から 始めて、「あ、この日は出張があるので駄目です」などの関係者のスケジュール を調整して、相談した結果が、運営として反映されるのではないだろうか。

 「二日経ったけど反応がない」とか言って怒る人をよく見かける。エヴァンゲ リオンを見るまでもなく(*1)、企業のレスポンスというのは所謂「たらい回しプ ロトコル」をクリアしなければならないことがある。その場合には極端に非効率 的になるものだ。

    *
 さて、結局、この発言削除は不当だったということで、SYSOPは削除撤回(とい ってもシステムの制約上、一旦削除された発言は復活できないので、再度発言す るしかない)している。実際の文面は残念ながら引用できないが、削除が不適当で あったと考えを修正した理由はよく分からなかった。少なくとも、  という方針については撤回されていないので、今も同様のはずである。

 ところで、私見としては、これは妥当な方針だと思う。べつにMicrosoft STATION だけが「場」ではないのだ。例えばMS批判のWeb pageなどいくらでもある。NIFTY- Serveというローカルではなく、全世界に向けて情報発信:-)した方がインパクト があるのではないか。それに、NIFTY-Serve内でも、マイクロソフト製品に関して 議論できる場は、他にいくらでもあるのだ。


補足

(*1) 第七話「人の造りしもの」参照。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -253-
    1996-06-16, NIFTY-Serve FPROG mes(6)-146
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1996