混沌の廃墟にて -238-

ときめきメモリアル forever with you (1)

1995-10-25 (最終更新: 1996-02-06)

[↑一覧] [新着] [ホームページ]


 実はこれはCマガジンの1月号「フィンローダのあっぱれご意見番」に書くつも りで取っておいたのに、なんとビッグコミックスピリッツのホイチョイにネタが 出てしまったので、12月に出したのでは全然間に合わないような気がして、慌て て書きあげてというものである。こういう時はネットのリアルタイム性がありが たいものである。

FCGAMEMはその日爆発状態で、数日で千発言を突破してプッシュアウト。うっか り数日アクセスしないと未読999状態になっていて、読み損ねてしまうわけだ。毎 日アクセスするにしても、そこをメインに読まないと、読む速度が追いつかない。 連続コメント自粛の呼びかけまで出て、大変な状態である。幸いFPROGではこの種 の心配は無用なのだが。

 プログラムの納期遅れは業界においてスタンダードであり、業界においては慣 習として認められていると思われることさえある。もちろん世間一般ではそんな ことは認められないのが常だ。ただしゲームソフトというのはプログラムの一種 である以上に、ゲーマーが納期遅れを甘受することがあるという点でも特殊であ る。そういえば私がプリンセスメーカー(*)を買った時も、きっかけは広告に書い てあった発売延期のお詫びの言葉だった。遅れて気に入るというのは珍しいパター ンで、もちろん、殆どの人は遅れたら怒るわけである。中には、あまりに出る出 ると宣伝しつつ出ないので、もう買う気がないぞ、とネットに書かれてしまうよ うなゲームもある。

 遅れたにもかかわらず、出た途端に大変なことになっているゲームが、プレイ ステーションの“ときめきメモリアル”だ。

 最初に何本だったか忘れたが、10/13に、限定版というセットで売り出した。ど うも翌日の土曜の朝にはもう殆どの店で売り切れていたらしい。ゲームソフトの 感覚でいえば、単に本数が少なかったのかもしれないが、私の感覚としてはアプ リケーションソフトの先入観があって、何万本が一日で消えてしまうというのは どうもすごいものがある。店の前に朝に並んだ人がいたというのだ。、規模は違 うかもしれないが、ふとドラゴンクエストのことを思い出した。

 個人的には、限定版として本数を制限したものがたちまち売り切れる、という のはあまり気に入らない。限定する必然性が感じられないからだ。限定版と通常 版の違いは、マウスとマウスパッドがセットになっていて、割と恥ずかしい箱に 入っていて、通常版とCDの印刷が違っていて、買ってきて蓋を開けたらいきなり オルゴールが鳴るのであわてて蓋を閉めるか呆然としてしまう、という位の違い しかない。このオルゴール、そんなに大きな音で鳴る訳ではないが、狭いアパー トで真夜中に鳴らすと結構響く。

 しかし、ときめきメモリアルとドラクエを比べると、決定的に違うことが一つ ある。ネットに書かれたことを見た限りでは、一人で数セット買っている人がい るのだ。

 これがどんなに物凄いことなのかおわかりだろうか。もし自分が今まで担当し たソフトが一本でも店に並んだ経験のある人なら、理解できるのではないかと思 う。誰かに借りるとか、勝手にコピーするのが当然、なんて風潮のあるのがソフ トウェアの世界だ。同時に使うわけでもないのに、一人で何本も買ってしまうと いうソフトウェアが他に今までに一つでもあったか。しかも、このソフトは定価 9,800円である(限定版のみ、通常版は6,800円で、いずれも税抜き価格)。気軽に もう一本買える値段ではないだろう。それどころか、FCGAMEMの発言を見ると、プ レミア付で売っている店があるという情報まであるのだ。

 何も商売しようというのではないのである。プレイ用の一本と別に、もう一つ 買っておいて、大事に保存しておくということらしい。ドラクエの時は、そんな 現象はなかったと思うが、要するにこれはまさにマニアの発想である。限定版な のにそのような買い方をすると、入手できる人数がより少なくなってしまう。モ ラルという観点からは感心できないかもしれないが、マニアの心理にモラルは通 用しないのだ。

 実は、私の場合、とてもお気に入りの本があって、二冊買って片方を大事に取 っておく、というのをしたことがある。だから、その点で、気持はよくわかる。 ちなみに、そのような買い方をした本は、私の場合、その本の他にない。今まで の人生の中でだ。つまり、今の所、一生で一番気に入った本ということになる。 基本的に、同じものを二つ手に入れるというのは無駄なのだから、よほどの理由 がないと、そのような買い方はしない。しきい値がものすごく高いのである。も し、ときめきメモリアルを複数買ってしまうというファン心理がそれと同じだと すると、そのような買い方をされるソフトというのは、一体何なのだろうか。fj でも、「どこが面白いのですか」と質問する人が何人もいたが、回答は「とにか く買ってみれば分かります」というものばかりで、釈然としないのである。

 さて、私の場合、限定版を発売するという戦略がまず気に入らないわけだから、 そういう手で来るのだったら、もし限定版が売り切れていたら正式版も買わない ことにしよう(どうせ売り切れているだろうと見切った上でだ)、とひねくれた気 持でいた。後で気づいたが、全く同じように考えた人が他にもいて、同じことを ネットに書いていた。

 発売日の次の日夕方、やはり「売り切れ」と店頭に貼ってある店の次に、ふら っとある店…実は、カメラのさくらや渋谷店だが…に入ると、この限定版の箱が 平積みになっている。なぜか、この次の週(10/21)にも、ここには限定版がまだ置 いてあったが、10/23に、FCGAMEMで「穴場だ」という情報が出てしまったので、 今から慌てて買いに行っても、もうないかもしれない。

 で、「限定版がなかったら正式版も買わない」という命題が真でも「限定版が あったら買う」は必ずしも真ではないわけだから、別に買う必然性はないのだが、 たまたまこの日は暗いことがあった直後だったせいで、つい勢いで買ってしまう。 箱のデザインが恥ずかしいのでちょっと手が…という人もいるようだが、少女マ ンガを平気で買える私にはそんなことは通用しない。

    *
 というわけで、買ってきて箱を開けると先程書いたような顛末で、いきなりオ ルゴールである。なお、その時は勘弁してくれ、と思ったのだが、実はこれが何 の曲か分かれば評価が180度変わってしまうという仕組みになっている。

 このゲームはマウスで操作できる。fjではパッドの方が使いやすいという人が 多いようだ。私の場合、普段からマウスに慣れている。ただ、パッドは慣れてい ないかというと、リッジレーサー(*)でパッドで3分を切れる程度には慣れている から下手ではないと思う。で、結論としては、確かに画面上のボタンをクリック するという操作に限れば、マウスの方が圧倒的にスピーディである。折角マウス があるのだし、限定版にはこれも結構キているマウスパッドが付いているので、 それを使ってマウスでプレイすることにする。

 ところが残念なことに、マウスでは操作できないコマンドがあるのだ。そのシー ンになると、パッドを付けるように指示があるのだが、わざわざその時に入れ替 えるのは面倒である。深い理由があるのかもしれないが、単に開発パワーの問題 だというなら、もう一頑張りしてほしかった。

 最初に必要なプレイは、自分の名前を入れるという作業である。これが結構う ざったかった。漢字を画面から選択するのだが、今どき漢字を画面一杯に表示し てそこから選択してくれはないだろう。とは言っても、たかがゲームで名前を入 れるだけのために、かな漢字変換の処理を入れるというのも手間がかかりすぎ、 という気がしないでもないが。人名に使う位の漢字を分けておくとか、ありがち な名前だけ百個くらい入れておくとか、そういった工夫が欲しいものだ。

 この種のゲームでは、どんな名前を使うかによって、気分が割と変わると思う。 本名を入れる人が多分大半だと思うのだが、私の場合、何か名前を使うような状 況では、ほとんど、漫画に出てくる人物の名前を使うことにしていて(ネットのハ ンドルも全部そうだ)、その字がなかなか見つからないと結構ストレスがたまって しまう。

 なお、基本であるが、このゲームは本名でやるのがセオリーであるから、これ からプレイする人はそれを絶対に忘れないこと。

    *
 で、ゲームスタートである。やたら長いプロローグ画面だが、画面をぱっと見 た感じとしては、多分、今の人の感覚だとどうってことないのだろう。私がゲー ムソフトを作ってアルバイトしていた当時の感覚だと、この速度で動画が出ると いうことを空想することすらなかった。ただし、細かいことをいえば、fjで指摘 していた人がいたが、相手の科白は音声で入っているのだが、登録したプレイヤー の名前の所などは飛ばすようになっている。音声合成で指定した名前を出すとい うのは難しそうだが、研究の余地があるかもしれない。

 ただ、先程書いたように、百個程度の標準的な名前を用意するだけなら、難し くも何ともない話で、単に手間の問題になってしまう。漢字の組み合わせは膨大 かもしれないが、名前の読みだけなら、結構種類は少なくて済むから、読みだけ 別に入力するようにすればよいのだし、あ、でも、あだ名に対応すると割と膨大 かもしれない。あだ名だけ声が出ないというのも変だな。

 とか考えているうちに、プロローグが終わってプレイ画面である。ゲームの仕 様上、第一印象が「プリンセスメーカーに似ているな」になってしまうのは仕方 無いだろう。さて、以前、プリンセスメーカーのことを書いた時に、ゲームの方 がユーザーインターフェースがWindowsのようなOSや業務アプリに比べてよく出来 ていることを指摘したと思う。ボタンが押せる状態かどうかの判断がビジュアル アニメーションで分かるのである。例えば、ボタンの上にカーソルを持っていく と、ボタンが光るとか、そのような工夫である。

 もうすぐWindows95の日本語版が出荷されるようだが、Windows95のGUIは、基本 的に3.1とほぼ互換である。デザインは、立体感を使って割とよく考えているので はあるが、いまいち何処が押せるのか分からないこともある。UIの方面が専門だ と、どのような設計になっているかということをつい考えてしまって、落ち着い てプレイしていられないのだが、ときめきメモリアルのGUIは、Windowsレベルの 設計に比べれば、まさに驚愕すべきものである。まず、アイコンは、その上にカー ソルを持っていくと、直後の一瞬だけ拡大表示になるのだ。これはものすごくう まいアイデアだし、分かりやすい。ただ、非常にシビアな位置でクリックした時 に、思ったアイコンが押せないことが希にある。隣のアイコンを押したことは皆 無なので、これはこれで仕方無いかもしれない。

 それだけなら驚愕ということは無いというか、プリンセスメーカーと似た程度 かな、で済む話だが、何がすごいかというと、アイコンの中のグラフィックがア ニメーションとして動いているのである。言うまでもなく、静止しているものと 動いているものを比べると、動いているものの方が、はるかに目立つ。クリック 可能なアイコンがアニメーションになっているのは、この点、極めて合理的なの だ。特に、アイコンのような比較的小さい対象ならなおさらである。しかし、ア イコン内のグラフィックを動かそうという発想は、まさにGame User Interfaceた るGUIだと言えよう。

 その程度か、という人もあるだろう。もちろん、アイコンが動いていることに 感動するなどというのは私がよほど特別なのであって、普通にプレイしている人 にとっては、何てことはない、普通のことで気にも留めないだろう。そこがまた よいのだ。こういう当たり前のようであり、かつ極めて重要な意味のある設計、 というのは、なかなか作ろうとしても作れるものではないのである。

 さらに、話はそれで終わらない。アイコンをクリックすれば、必ずビジュアル フィードバックがあり、かつ、サウンドもフィードバックするのである。ボタン を押したということをユーザーが確実に認識できること。これがUIの設計の基本 中の基本だろう。この基本中の基本が、以前、FPROGでさんざん議論したように、 Windowsの場合、また、多くの現状のGUIを使ったウィンドウシステムについて、 全然出来ていないのである。つまり、Windowsのように巨額な開発費をかけた製品 でさえ、ボタンを押したつもりなのに、実は押されていなかった、ということが “よくある”のだ。これがどんなによくあることかは、最近は、Windowsを直接使 ってプレゼンテーションをする人も多いので、ショーや展示会に行けば分かる。 うっかり隣のメニューを選んだり、ボタンを押したつもりなのに何も起きないの で、しばらくしてもう一回押してみる、という光景がどんなにありふれているか、 体験することができるだろう。

 それが、ときめきメモリアルのGUIは、いとも簡単に、ほぼ完璧に解決している のである。それも、ユーザーにそれがどれほど凄いことかを感じさせない自然さ で、だ。

    *
 音がするとうるさい、ということもあるだろうけど。操作の結果がどうなった かをビジュアルだけでなくサウンドでフィードバックすることは、パソコン等の OSではあまり好まれないようだ。マウスボタンを押した途端に音がする、という のは見たことがある。これは“ボタンを押したつもりなのに…”の解決にはなら ない。なぜなら、そのボタンは結果として押されなかったかもしれないからだ。 押すという操作ではなく、プログラムを実行されるという判定の時にフィードバ ックしなければならないのである。

 ときめきメモリアルの場合、このフィードバックの仕方も尋常ではない。指定 したスケジュールに対して、その日の作業がうまくいけばベルがなり、よくなけ ればブザーがなる。しかも、それに付随しているビジュアルフィードバックは秀 逸だ。ちょっと言葉では説明しようがないので見てもらうしかない。しかも、遭 遇イベントの時には登場人物に全部テーマ曲が割りふってあるのでBGMだけで誰が 出てきたのか分かる。行動イベントだと場所毎にテーマ曲があるので、どこに来 たのか分かる。

 このような仕様の細かいノウハウは、何もGameUIだけではなく、業務用のUIに も取り入れるべきだと思うのだが、業務アプリを作っている人は、普段あまりゲー ムをしたことがないのだろうか。あるいは、ビジネスソフトにゲームソフトのノ ウハウを取り入れるという発想が、そもそもないのか。

(続く)


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -238-
    1995-10-25, NIFTY-Serve FPROG mes(6)-111
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1995, 1996