混沌の廃墟にて -223-

ニュースグループのひみつ (1)

1994-10-15 (最終更新: 1996-07-12)

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 まずいことに、たった今「恨ミシュラン2」を爆読した所だ。西原理恵子+神 足祐司の名コンビで週間朝日連載中、マズいほど評価の星が増えるというアレの 単行本2冊目である。これはまずい。きっと文体に影響するに違いない。という わけで、思わず過激な表現が出てしまうかもしれないが、御容赦などという言い 訳はしない。思った通りに書く。心臓の弱い人はここで読み飛ばしていただけれ ば幸いである。

 なにはともあれ、NIFTY-Serveでもインターネットのニュースグループを読んだ り投稿できるようになった。

 早速NIFTY-Serveから投稿した人もいるようだが、 すかさず"RE:Re"に突っ込ま れていた。ほれみろ言わんこっちゃない。ニフティの技術担当者が恥をかく前に 直すだろうかと思っていたが、どうも恥とも思っていないようである。全世界に この仕様が知れわたってしまった。もう開き直るしかないだろう。今後どうなる か楽しみだ。とにかく私が担当者でなくてよかった。本当によかった。

 さて、ニュースの使い方の詳細はGO FINETNEWSで説明を読めばよい。この説明 がまた面白いので、論評してみよう。なお、引用はすべてnetnewsの「1. ご案内 /利用方法」からである。内容は10/13現在のものだ。

 ところで、先に書いておく。go INETNEWSだぞ。

 >  >go inetnews

 >  netnews    INETNEWS
 >   1. ご案内/利用方法         2. fjニュースグループ
 !! GO NETNEWSではないぞ !!

サービス名はnetnewsでGOコマンドがINETNEWSというのもユーザーをなめている が、とどめはgo netnewsを実行してしまうと全然違う所に来てしまって大ぱにっ く。

 >  >go netnews

 >  情報産業ホットライン    NETNEWS
 >  本サービスは基本料金の他に80円/分の追加料金が必要です。
 >   1. ご案内     2. サービスに入る (\)
 ニフティの辞書にユーザーインターフェースという言葉がないことは大昔から 知っていたが、「使い易さ」位は分かってくれないものだろうか。お願いのメー ルでも出してみようか。

 まだ始まったばかりだから、300行を超える記事はどう表示されるのだとか、 Referenceの処理はどうなっているとか、クロスポストはどうなるかとか、NIFTY- Serveから投稿した発言のMessage-IDはどうなるのかとか、謎は動かざること山の ごとくあるが、まあそのうち分かると思う。(*1)

Message-IDは、<INETNEWS-x-y-z.nnnnn@niftyserve.or.jp> となるようだ。 x,y,zは、GO INETNEWSのサービスから該当NGに入る時のメニュー番号。 nnnnnは発言番号。さて、発言の一意性は保たれるか?
    *
 >  1   netnews とは

 >  netnews はインターネット上で利用されている電子掲示板に似たシステムで
 >  す。配信される記事はニュースグループという仮想的な分類によって提供され
 >  ます。
 電子掲示板に似たというのが乙な表現である。確かに他に言い様がない。しか し、この文章はどう見ても典型的な悪文である。なぜなら「インターネット上で は電子掲示板というものが利用されていて、netnewsはそれに似たシステムだ」と 読めてしまうからだ。つまり、おそらくこの文章を書いた人は、netnewsについて ある程度の知識を持っていたのだと想像できる。つまり「読者は当然こう読むだ ろう」という先入観がミエミエである。説明文なのに、無意識に読者がその知識 を持っていることを前提にしているわけで、これは説明のようで説明でない。先 入観が邪魔しているから、本人は曖昧な書き方に気付かないのだ。話が逸れるが 市販アプリのマニュアルの類にも、この種の記述は山ほどある。なんとかならん のか。(*2)

 ご存じない方のために。こういう意味である。「netnews は電子掲示板に似た システムで、インターネット上で利用されているものです。」

 揚げ足を取るためにこんなことを批判しているのではない。実は、このような 態度や書き方がnetnewsの多くのflame warを引き起こしているのだと私は思うの である。すなわち、読者も自分と同じように考えるだろう、解釈するだろう、と いう思い込みである。

 そういう貴様もflame warっていきなり使ったじゃないか、一体何なのだ、と突 っ込まれたら、それもそうだ。とにかく、flame warというのは読んでいればその うち嫌でも分かる性質のものだから、あえて解説はしない。(*3)

 もう一つ注意すべきは「記事」という表現である。「記事」というと新聞記事 のようなイメージがあるかもしれないが、netnewsの「記事」はNIFTY-Serveのフ ォーラムにおける「発言」にほぼ対応する概念である。新聞記事のようなイメー ジは捨てて、単にそう名付けられているのだと考えた方が分かりやすい。

    NIFTY-Serve     netnews

    フォーラム      ニュースグループ
    発言            記事
    発言を書く      投稿する
 >  netnews とニフティサーブなど一般のパソコン通信における電子掲示板との
 >  違いは、システム的にある特定のホストコンピュータがあり、その中に情報
 >  が蓄積されているのではなく、電子メールと同様に投稿した記事がその配信
 >  を受けているすべてのコンピュータにバケツリレー式に届けられる点です。
 これも書いた人が「実に分かりやすいだろう」と得意になっているかもしれな いし、かなりいい出来だとは思う。惜しいのは「電子メールと同様に」の所だ。 NIFTY-Serveしか使ったことのない人は、これを読んでも「一体どこが電子メール と同様なのだろう」と思うのではないか。とにかく、「バケツリレー式に届けら れる」ということが重要なので、このことは頭に入れておかなければならない。
 >  netnews は電子メールと同様に多くの人とコミュニケーションを行える手段
 >  の一つです。
 私は、一体何がいいたくてこの文章がわざわざここに書かれているのかを、全 く理解できなかった。誰か教えてくれ。
    *
 >  2   netnews 利用の際の注意事項
 いきなりだが、失礼ながらこれは笑った。
 >  参加している多くの人々のそれぞれの善意や好意によって円滑なコミュニケ
 >  ーションがおこなわれており、…
 「え、円滑なコミュニケーション…??」 :-)。

 あえて深入りはしない。笑いの原因はこの文章を書いた人とは無関係とだけい っておく。

 >  ●参加にあたっての心得
 >  ・ニュースグループ内で行われている活動、話し合い等は全て有志による好
 >    意と相互の協力によるものです。常にこのことを念頭において積極的な参
 >    加意識と協力意識をもって参加するよう心掛けてください。
 ここでよく分からないのは、積極的な参加意識と強力意識をもって参加する、 ということである。具体的にはどういうことなのだろうか。ま、細かいことは気 にせずに次いってみよう。
 >  ・投稿された記事は全て参加している個人の責任において行われているもの
 >    ですので、それら意見は全て投稿した人個人に帰属し、その人の所属組織
 >    とは無関係です。
 ここが極めて重要である。現実はそんな甘いものではないことも頭に叩き込ん でおくべし。
 今でこそ、商用ネット経由で個人参加できるようになったが、伝統的にNetnews
への投稿は、企業サイトから行われることが多い。少なくとも現状においては。
ということは、投稿者のアドレスには"某@A社.co.jp"のような形で社
名が付くか
ら、A社の誰々さん、という感じで相手を特定することがよくあるわけだ。(*4)

 例えば、A社の某さんが、かなり過激なことを書いたとしよう。「所属組織とは 無関係」というのは、これは某さん個人の責任であって、A社とは何のかかわりも ありませんよ、ということを言っているのである。これは実に当たり前だという 人もいるかもしれない。

 そこに落とし穴がある。そうでないという人もいるからだ。

 誰がどう言おうと、「でも某はA社の社員じゃないか、A社は某のような社員を 雇っているのだから信用できない」という人は出て来るのである。本人やその他 大勢がどう考えていようと、A社という肩書きを背負っている以上、それを読んだ 人がその内容をA社に関連付けて考えてしまう危険はあり得るし、実際そのような 印象を感じた内容の投稿も見た記憶がある。これは読む人がそう感じてしまった ら、もうどうしようもないのだ。日本のような企業がまずあり個人はその後とい う社会では、特にその傾向は強いのではないか。

 例えば、某氏が仏教を痛烈に批判するような記事を書いたとする。これを仏教 徒である取引先のB社の担当者が見ていて、某氏の記事が気に入らないから取引は 止めようと思った、というようなケースがないと誰が断言できるだろうか。それ を防ぐことは難しい。そもそも、防ぐ云々の問題以前に「そんなことは当たり前 だ、なぜ防ぐ必要がある」と言われそうな気がする。強いて策があるかもしれな いと思われるのは、その担当者が取引停止の理由に「某氏がnetnewsでこういうこ とを書いていたから」と表明し、それが不公正な取引であると第三者からクレー ムが付いた時くらいのものだろう。実際はこのような理由は表に出ない。担当者 は不満を頭の中にしまっておき、笑顔で「もっとよい条件の所と取引することに しましたから」と言うだろう。それでおしまいである。

 それがたとえ良くないことだとしても、日本はまだまだ個人という存在は社会 的には現に認められていない存在である。そのことは忘れてはならない。もちろ ん、理想的な姿に向かって戦うのも一つの生き方である。場合によっては悲惨な 結果になることも覚悟で望むのであればよい。そうではなく、もし後で「こんな はずはなかった」ということになりかねないのであれば、その前に、少し考えて みる方がよくはないか、ということだ。

 >  共通の資源を無駄遣いするだけでなく、
 「共通の資源って、何?」と思う人も多いのではなかろうか。何なのか一言の 説明もないのだ。もしかして、書いた人もよく分かっていないんじゃないか。
 >  例えパソコン通信上では何気ないことであったとしても、インターネットの
 >  世界では「非常識」だと思われてしまう可能性があります。
 有り難い忠告だ。しかし、そこまで親切に言っていただけるのなら、具体的に どういうことをすればそうなるのか書いて欲しかった。ちょっと私には思い付か ないのだ。あ、今思い付いた。タイトルに "RE:Re:Re:…"と書く事とか。
    *
 >  ・原則として、他人に対する思いやりをもって参加して下さい。自分がされ
 >    ていやなことは他人も同様におもうということを忘れないで下さい。
 これを読んで当たり前だと思う人が殆どだと思う。貴方もそう思っただろうか。 だとしたら危ない。私は大いに異義がある。そして、まさにここに引用したよう な考え方こそが、flame warの一つの大きな原因だと思う。

 「他人に対する思いやりをもって参加する」という心掛けは、個人がそう思う という範囲においてはよいと思う。しかし、それを他者に強制する権利があるか、 というあたりから話が怪しくなってくる。思想の自由は憲法に保証されているじ ゃないか、誰がどんな考えで参加しても構わないではないか、という意見へ反論 するにはどうすればよいだろうか。私自身は、「思いやり」という表現そのもの が気に入らない。この言葉を、心に秘めているうちはよい。だが、こうやって公 に出してしまった途端に、途方もなく傲慢な響きを感じてしまうのだ。もちろん、 これは個人的な語感に過ぎない。別にそんなこと書くなと主張しているわけでは ない。

 で、「原則として」というのは何だ。一般論としては「原則として」というの は、そうでない場合もあり得ることを意味するはずだ。どういう場合には思いや りをもたずに参加してよいのだろうか。そういうことは、はっきり書いておくべ きである。

 そして「思いやりをもって参加する」というのが、具体的にどうすることなの か、何も書かれていないのだが、「思いやり」の解釈は、各人でかなり違うだろ う。これがこの文章のポイントである。「解釈は各人さまざま」なのだ。

 後半部分には、もっと大きな問題が控えている。もちろん、私個人としては、 “自分がされていやなことは、他の人も嫌だと思うかもしれない”ということに は同意する。しかし、引用した文章にはそう書かれていない。

 >  自分がされていやなことは他人も同様におもう
 と、はっきり断定しているのである。fj.news.usageあたりでこの通り主張する と、ではお尋ねするが、必ず他人も同様に思うという根拠はどこにあるんですか。 あなたはそういう決め付けをするんですね、いやはや。…といった感じの反撃が 出るんじゃないかなと思ったりするのだが:-)。(*5)

 世の中にはいろんな人がいるのだ。

 例えば、自分がされていやなことでも、かえって他人に喜ばれるということも あるのだ。そして、より重要なのは、「自分がされると有り難いと思うのに、他 人には嫌だと思うこともある」ということだ。個人的希望としては、「忘れない で下さい」と書くのなら、それを書いて欲しかった。

 FPROGでは「馬鹿」「卑怯者」「弱虫」は禁句だが、説明のためにあえて使わせ ていただく。

 例えば、「馬鹿」といわれても全然平気だよ、という人がいるのである。いる かもしれない、ではなくて実際にいる。私自身そうだから間違いない。ちなみに 私の場合なぜ平気かというと、実際かなり馬鹿だからである。さらに、むしろ 「よく指摘してくださった」とありがたく思うことの方が多い。

 では、「私は馬鹿と言われても平気だから、他人に対してもどんどん馬鹿呼ば わりしよう」というのは正当化されるのか。「馬鹿と指摘してくださるのはあり がたいから、私も他の人をどんどん馬鹿呼ばわりします」というのは思いやりが ある態度だろうか。

 インターネットは様々な考えの人が同じ場に立たざるを得ないという平面的な 空間である。だから私のように「馬鹿と言われても平気」という人と、花岡ちゃ ん※のように「馬鹿」と言われたら放心状態になるほどのショックを受ける人も いるのだ。それが人それぞれ感じ方が違うで済ませれる問題だろうか。もちろん、 「自分」は自己の行動を決める時の基準にならざるを得ない。しかし、インター ネットのような世界では、安易に「自分」を“全体の基準”にすることこそが危 険である。「自分がされていやなこと」ではいけないのである。

 ※清原なつの作「花岡ちゃんの夏休み」に出て来る主人公。

 だから、こうあるべきではないか、と“私は”思う。

 !  あなたがされても何とも思わないことでも、人によっては嫌だと思うかもし
 !  れません。また、誰かがされていやなことは他にも同様に思う人がいるかも
 !  しれません。
 あなたがどう思うかは私は知らないし、「だからどうしろと言うのだ」といわ れても、私の知ったことではない。自分の責任で考えてくれ。…というのがイン ターネットの流儀だと思う。

(つづく)


補足

この回は、NIFTY-Serveでnetnewsを始めて読んだり書いたりする人のために書い ているのである。残念ながらというか、ほっとしたと言うか、NIFTY-Serveから 投稿する人はあまりいないようだ。

(*1) 300行を超えても大丈夫である。Referenseが複数ある場合はどうしようも ない。NIFTY-Serveの場合、コメントが一つというのが大原則だから。クロスポス トは無視。NIFTY-Serveから読むとマルチポストと同じ。

(*2) これってどうしても直らない、というか、新たにどんどん出てくる表現が軒 並み分かりにくいのである。それも、いわゆる「文章の書き方」に出てくる典型 的悪文なのだ。なぜなのだろうか。

(*3) warってのは余計だな。

(*4) 建前では、投稿は個人によるもので、所属企業と関係ないことになってい る。もちろん、自由が建前のnetnewsである。どう解釈するかも読む人の自由。

(*5) 思うなんてものではない。絶対でると断言したい所である。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -223-
    1994-10-15, NIFTY-Serve FPROG mes(6)-032
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1994, 1996