混沌の廃墟にて -190-

現在の4つの顔

1992-12-08 (最終更新: 1996-02-14)

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あなたは、NIFTY-ServeのIDをいくつ持っているか。私の場合、SDI00344の他に 3つのIDを使い分けている。しかも、全部使っていて、仮眠IDはない。どういう使 い方をしているのかは、後で述べる。

最近、IDは一人に対して一つであるべきだという意見があると聞いた。なぜそ うなのか理由は知らない。しかし、この意見がIDの役割を部分的にしか把握して いないことは確実である。

根本から考えてみる。IDとは何かというと、identifyするためのもの、即ちネ ット上で参加者を識別するためのユニークな符号である。言い換えれば、人を確 実に識別するための、唯一の手段でもある。現実的には、ネット上で相手を特定 する場合にはIDではなくハンドル、または氏名によって判断することの方が圧倒 的に多い。ただ、ネットという社会は、従来の社会に比べて空間的な広がりがあ まりにも大きすぎるので、たちまちハンドルや名前が衝突する。同じハンドルの 人が複数いると、区別が面倒なだけではなく、思わぬ誤解の原因になることもあ る。当事者間にとってもまさにお互い迷惑である。

ハンドルが衝突した場合にどちらが保持する権利を持つか。経験的には、先取 得権、すなわち早い者勝ちという安易な解決方法が最も説得力があるようだ。

しかし、例外も考えられないわけではない。例えば、私が今まで全くアクセス したことのないフォーラムに入会したとする。さらに、そこには既にフィンロー ダというハンドルの誰かが(フィンローダが…)いたとする。この場合、先取得 権の原理に従うなら、私はフィンローダというハンドルを名乗る権利がないこと になる。もし、この原理を打ち砕く唯一の方法があるとすれば、知名度の差であ る。フィンローダなんて他に聞いたこともない、という感じの人が多いだろうか ら、この程度なら吹けば飛ぶ軽さで全然説得力がない。しかし本格的に知名度の ある人は別である。例えば誰かが貴花田というハンドルを使っている所へ、本物 の貴花田が後から現れた場合を考えてみれば、どちらが勝つか明白である。

ただ、実際は電子会議でハンドルが衝突するのはレアケースだ。後から参加す る人が遠慮するからである。しかし、それが本名であり、衝突した場合には、運 が悪かったとしか言いようがない。本名をどっちか変えろという訳にはいかない のだ。先の例でも、偶然貴花田という名前の人が先にいた場合なら、話はややこ しすぎる。

さて、人を特定するという観点でIDを解釈するならば、個人毎に唯一のIDを割 り当てるのが当然、という結論に達するかもしれない。1対1に対応させるので ある。確かに、誰でも戸籍に書かれている名前は一つしかない。ただ、この論理 は一つ大きな穴が開いている。なぜ「個人ごとに1IDの割り当てが当然なのだ」 と開き直られたら答えられないのである。戸籍に名前が一つしか書かれていない のが便宜上の都合だという主張に、どのような反論があるだろうか。

というのは、実際考えてみると、戸籍に書かれている以外の名前を持っている 人は、結構大勢いるのである。先程出てきた貴花田というのも四股名であって戸 籍名ではないのだ。しかし、そういうのはけしからんから、戸籍名で相撲しろ、 という人はいないし、ビートたけしに向かって毒舌を吐く時には実名で出てこい という人も多分いないのである。

このような第二の名前を観察すると、共通の特徴は、それらが世間に対してア ピールするという意味を持っていることである。この点において、ハンドルの存 在がいかに自然であるかを再認識できそうである。ハンドルというのは、既に今 までの社会の中でさえも、ごく当り前の手法だったのだ。もちろん、ハンドルと いう名称ではないのだが。

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仮にいくつかの名前を使い分けたい場合があるとすれば、その場合も、IDは共 通にすべきだろうか。その必要はない。むしろ、名前の使い分けに理由がある場 合には、必要に応じてIDを複数使い分けるのが正しい使い方である。さらに、名 前が仮に一つでも、場合によってはIDを使い分けるべきである。なぜなら、ネッ トにおけるIDというのは、単にそれが誰なのかを識別するためのものではないか らだ。

IDのもう一つの重要な役割は、各人がコミュニケーションするための宛先であ る。これをわかりやすく例えるなら、IDは電話番号と同じ役割を持つのである。 あるIDに対して電子メールを送るということは、ある番号に電話をかけるのに等 しい。

ニュースによると、最近は一人で複数の電話回線を持つ世帯が多くなってきた そうである。電話というメディアも、まだ発展の余地が十分ありそうだ。個人毎 に電話番号を持てないのは、加入の時にかなりの出費を強いられるからだと思う が、債権なしで電話が持てるようになると、各人一つの回線、という時代も遠か らずといった所かもしれない。さらに、各人が複数の回線、という可能性も高い。

電話番号を複数持つ一つの理由として、用途による分類がある。例えば、モデ ム用の回線、FAX用の回線を別に用意するような場合である。電子メールでそのよ うな使い方が有り得るだろうか。私はあるIDをニュース速報やデータベースのア クセスのためにのみ使っている。これは用途によるIDの使い分けの例である。な ぜ使い分ける必要があるかというと、当初の理由としては、会計を別にしたかっ たのである。ニフティはサービスの種類ごとには領収証を発行してくれない(と いうか、そもそも領収証そのものを発行してくれない!)。だいいち、サービス 毎に課金の明細が分かるようになったのは、ごく最近のことだ。

しかし、むしろもう一つの理由に注目してほしい。コミュニケーションの相手 によって窓口を分ける使い方があるのだ。なぜなら、おそらく殆どの人は、社会 のいろいろなシーンに応じた多くの顔を持っているからである。

今でも、特に自営業の方なら、プライベートな用途の番号と仕事に使う番号を 使い分けることは全然珍しくない。

例えば会社での顔があり、町内での顔もある。特に親しい人に対する顔もあれ ば、同窓会での顔もある。このような顔が同一人物に属するのは間違いないが、 それとともに、全く異なった役を演じていると考えるのも実に現実的である。会 社の仕事に関する連絡も、デートの約束も、一緒くたでは工夫がない。それぞれ の連絡口が分けられると便利である。実現不可能というのならまだしも、ネット の上では、現に別のIDを使い分けるという極めて簡単な方法で、生活の中での色 々な役割を区別することができるのである。

IDを複数持つという簡単な方法で、コミュニケーションの窓口を簡単に分類で きるのだから、この魅力的な応用を利用しない手はない。

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IDをSDI00344以外に3つ持っていると書いた。一つの用途は既に書いたように ニュース読み専用、これはFAX用に回線を用意したようなものだ。あと2つのIDの うち、一つはオフィシャルなIDであり、例えば仕事での連絡や、SDIでは入会した くないフォーラムに参加したりする時のために使っている。だから、こちらのID は、御存じの方も多いと思うし、その気になれば簡単に見つけることができる。 さて、もう一つのIDは、完全にプライベートなIDだ。よほど親しい関係にある人 にしか知らせていないし、電子会議などの表の場には全く出てこないから、殆ど 誰も知らないはずだ。

SYSOPは責任ある発言をするべきだと考える人もいるようだ。私はここではっき り宣言しておくが、「SYSOPは責任ある発言をするべきだ」などとは全く思ってい ない。なぜなら、ネットに参加して発言する以上は、誰であれ責任ある発言をす るべきだと考えるからである。SYSOPだから責任を持て、そうでない人はまあいい か、というのはおかしい。SYSOPであろうとなかろうと、発言者はどのような立場 であれ、オープンな場で何かを述べるのであるから、最大限の責任をもった発言 をしなければならないというのが私の考え方である。だから、SDIで入会したくな いフォーラムと書いたが、これはSYSOPとしての責任を回避するための行動ではな く、別に意味があるのである。

ところで、責任ある発言とは何だ、という疑問を持っている人もいるかもしれ ない。もちろん私はこの問題に対して明確な回答を持っている。でなければ「誰 であれ責任ある発言をするべき」などとは書かない。しかし、これについて意見 を書き始めると長くなりすぎるので、この問題はまたの機会に述べたい。

さて、こういう使い分けが便利であるのは経験的に明白である。だから、IDを 一つにすべきという人がいるということが、どうもよく分からない。

ここに別の意味で本質的な問題にも触れたい。プライバシーに対する考慮であ る。IDを一つにすることの最も大きな弊害は、その人のプライベートな情報が必 要以上に公開されるという危険である。例えば、ある人が会社の営業のためにID を使うとする。ならば、プロフィールに勤務先や電話番号を書いておきたいと思 うかもしれない。しかし、同じ人が深刻な悩みごとを相談したいと思った時、相 談相手には勤務先や電話番号を知られたくない、と思うかもしれない。人はいく つも顔を持っているのである。それらの情報がすべての立場に対してつつぬけに なる危険があって、それがどのような意味を持つか考慮しているかということは、 真剣に問いたいものである。

もう一つ、杞憂であって欲しいものだが、私が一番心配なのは、ネット上でプ ライベートな情報が広く出回る結果が、新たなる差別の温床とならないだろうか、 ということである。この問題はまだ具体的に議論する段階ではないと思うので、 今回は深入りはしないが。

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ある人達は、IDを複数取得すると悪用する危険があるから、と主張する。これ がまた分からない。一体、悪用というのはどのような行為を指すのだろうか?

このような説明を聞いたことがある。一つのIDでAだと主張する。そして、他 のIDでAであるわけがないと言う。こういうのはけしからんというわけだ。笑止 である。実際、一つのIDでAと書いた翌日にAではないと書くような人の方が多 いはずである。ちゃんと人格が分離するなら、かえってIDを分けてもらった方が 有り難いではないか。

もっと突っ込んで考えてもよい。一つのIDで、さっきはAといい、今はAでな いという。これは悪いことか? 別に構わないと思う。そういう人は相手にしな ければいいのである。実際誰にも相手にしてもらえないだろう。

これを、複数のIDで使い分けるとどうなるか。あるIDでは必ずAといい、ある IDでは必ずAでないという。これは両方が同一人物であることが分からない限り、 どちらか片方のIDと付き合っていれば、全く何も問題ないのである。もちろん、 両者が同一であることがばれれば、その時点で世界が破綻するが。

あるフォーラムで迷惑をかけまくったXさんがついに退会処分になった。しか し、Xさんはもう一つのIDを持っていたので、誰にも気付かれずにYさんとなり、 こっそりフォーラムの発言を読むことができた。このような場合ならどうか。こ れはずるい、許せないという人もいるだろう。モラルの点では同感できなくもな い。しかし、これでさえ悪用とは言えないと思う。なぜなら、行動上は、こっそ り発言を呼んでいるYさんは、もはや迷惑をかけまくったXさんではないからだ。

しかし、Yさんが「実は私はXだ」と言い出して迷惑行為を始めたらどうか。 これはある意味では悪用かもしれない。というのは、迷惑な奴だから退会してい ただいたのに、後からどんどん別のIDで復活してしまうからである。しかし、こ れもどんどん退会していただけばよい話である。確かに面倒かもしれないが、手 間から言えば、どんどんIDを取るのと退会していただくのとは雲泥の差でIDを取 る方が難しい。こんな不利な戦いはない。

しかし私はNIFTY-Serveでそのような人を未だ一人も見たことがない。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -190-
    1992-12-08, NIFTY-Serve FPROG mes(6)-280
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1992, 1996