混沌の廃墟にて -185-

緊急非難

1992-09-06 (最終更新: 1996-02-10)

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ネットピア9月号に「罵倒の勧め」というコラム記事があった。

著者は萩原真弓氏で、PC-VAN では有名な方らしい。記事はなかなか凄い内容で、 文面通りに解釈するととんでもない目に合うかもしれないが、

ルールというか自分なりのモラルを立てて、その上でゲームとしてやるのな ら罵倒は楽しい
という発想は、なかなかすごいと思った。私の主張は、一言でいいきると「罵 倒はルール違反、だから観客が集まる」というものだ。これについて考えてみた い。
    *
ネットは不特定多数の参加者がいるという点では、ミニ社会と解釈できる。「こ の社会には従来の社会のルールをそのまま当てはめるべきではない」という考え 方がある。社会といっても特徴的な差異はあるのだから、そのまま当てはめては いけないという考え方はもっともだ。しかし、全部当てはまらないか、というと そうでもない。当てはまるものもあるのだ。0か1か、という発想にしがみつい ている人もいるようだが。

中でも、基本的なマナーやモラルというものは、従来の社会の中で長年の経験 とともに熟成されてきたものである。例えば、他人に迷惑をかけない。己の欲せ ざる所を他人に為すなかれ。この種のマナー、モラルは、複数の参加者が場を共 有するという性質から出ていて、従ってこれはネット社会にも同様に当てはまる のである。このルールを放棄すると、どこかが破綻する仕組みになっているのだ。

罵倒がマナー、モラル違反なのは、読者を不愉快にさせるからである。従って、 「罵倒してはいけない」というのは暗黙のルールとなる。もし暴言を見てすっき りした、という場合があるとすれば、それが読者の代弁になっているという特殊 なケースであろう。その場合も別の立場の第三者に対しては不愉快な思いをさせ ると考えるべきである。

    *
だが、実際に電子会議を見ていると、バトルの時ほど聴衆が多い。それどころ か電子バトルがあると、わざわざ見にいく奴…私のことだ…までいる。これはど ういうことか?

昔から、火事と喧嘩は江戸の花(華?)と言うのだが、もちろん火事も喧嘩も 望ましいことではない。人それぞれだから、中には「俺は喧嘩するのが好きなん だ」という方もいるかもしれないが、「私は自宅が火事になるのが好きだ」とい う人は変だ。多くの人は喧嘩の当事者となるよりは、喧嘩を傍観する方を選択し、 火事の被害に合うのではなく他人の家が燃えているのを見物したいのである。な ぜか?

喧嘩は「してはいけないこと」であり、火事は「あってはならないこと」であ る。特に喧嘩について注目すれば、それを傍観するという状況を考えるとき、観 客と喧嘩をしている人との間に断層が存在する点が重要である。観客は、他の人 が「してはいけないこと」をしている、という現象を傍観する立場に立つのであ る。「してはいけないこと」は普段は禁じられている行為であるために、実際に 起こってしまうと珍しく、それゆえ好奇心も高まる。同時に、「自分は悪いこと はしていないが、奴等は悪いことをしている」という優越感的感情が生じないだ ろうか、これが理解のためのポイントのような気がする。

火事の場合は少し違った観点(例えば火に対する好奇心)からの解釈が必要だ と思うが、ここでは深入りしないことにする。

暴言で荒れている会議室は、読んで気持ちよいものでもない。それをわざわざ 読みにいくのは、「あの人達はこんなに無茶苦茶をやっているが、私にはあんな 悪いことは出来ないなあ」という再確認をすることにより得られる安心感を期待 しているからではないだろうか。

罵倒主義者の皆さんは、ここを勘違いしてはいけない。観客が多いのは人気の 証拠ではない。観客は「悪いことをしているひどい奴」に対して反感を持つ結果、 「私は悪い人とは違うカテゴリーに属している」という安堵感を期待しているだ けなのだ。

萩原氏いわく、

罵倒する人間は、その行為によって馬鹿にされないように細心の注意が必要 であろう。
とのことだが、私に言わせれば、罵倒する人間は、その時点でもはや評価は決 定的なのだ。悪役は、所詮悪なのです。そのように言うと「罵倒といってもいろ いろあるじゃないか、さっき0か1かという発想にしがみつくことを批判したの に自己矛盾している」という指摘が予想されるので、補足しておく。「罵=よく ない行為」というのは定義のようなもので、これは大原則なのである。このよう な場合は、0か1か以前の問題であり、はっきりと確定してしまっていいのだ。

では、万一この種のバトルに巻き込まれたらどうすればよいか。よくある失敗 は、目には目を、罵倒には罵倒を、である。以上の議論をよく理解していれば対 処の方法は明白である。相手に罵倒させればよいのだ。幸いなことに、多くの罵 倒主義者達は、正論で対抗すればするほど罵倒のエナジーレベルが上がる傾向が ある。注意して応対すれば簡単に実行できると思われる。

ただし、0か1かという点にこだわれば、もしかすれば、ごく限られた場合に は罵倒が許されることもあるかもしれない。

    *
「あなたが運転している車が、車線を超えてきたトラックと正面衝突しそう になったので、それを避けようとしたら民家に突っ込んでしまった。これ は緊急避難であるから、刑事責任は問われない。しかし民事上の問題は残 るので、民家の所有者から損害賠償を請求されたら、あなたは支払う義務 がある。」
というような主旨のメッセージを見た時、しばしの間、石になった。

これは、緊急避難に関する某所での論争である。当事者にとっては全く不可思 議でも何でもないのかもしれないが、私にとって実に不可思議だった。

この話がどういう文脈で出てきたか を最初から説明しようとするとビッグバンから始めなければならない。 それには時間が足りない。そこで、大幅に省略して、緊急避難に関する所だけ思 い出しつつ書いたのが最初の文章である。記憶を頼りに書いているので、記憶に エラーがあるかもしれない。この点はご容赦いただきたい。

このメッセージに対する反応は、「なるほど、よく分かりました」という流れ で、特に反論はなかったような気がした。だから、他の読者もおおむね「よく分 かった」と思われるのだが…、(実は、(大笑)と書いた人が一名、誰とは言わ なくても、わかる人にはわかる)。

緊急避難という言葉は聞き馴れないかもしれない。法律用語である。私は法律 には疎い。著作権法や、労働基準法のように、自分で入力してファイルを作った ものなら、あらましは雰囲気としてわかるのだが。もっとも、法律の条文は著作 権が及ばないので、最近はその手の情報は各所からテキストデータで入手できる ようだ。

    *
さて、何が不可思議だったかというと、私は今までは次のように理解していた からである。

「物を壊したりした時に、どうしてもそうするしかない理由があったと認めら れれば、損害賠償する義務から解放される、これを緊急避難といいます。」

つまり「損害賠償しなくていい=緊急避難」と思っていたのだ。この解釈なら、 最初の文章が不可思議だと感じた 理由は明らかだと思う。私の解釈だと、民家に突っ 込んでも賠償しなくていいことを緊急避難と言うのだから、「緊急避難だが損害 賠償しないとダメ」というのもアリか? となってしまうのである。思考は停止 する。

くどいが、私は法律は詳しくないので、当方の誤解である可能性が高い。しか しそれでは話の種にならないから、誤解承知で書いてしまう。誤りを見つけた方 は罵倒で構いませんから (^^) 反論を期待したい。だいいち、私よりも法律に詳 しそうな人達が「緊急避難だが民事上の損害賠償の責を負う」と主張しているの だから、そうに決まっていると考える方が合理的だ。

しかし、もっと感情的に考えてみたいとも思うのである。

不可避な場合に損害賠償の責任を負うというのは、ちとひどいのではないかと 思うのだ。とっさに「ここでハンドルを切ったら緊急避難だ、でも損害賠償は嫌 だ、払う金がない」と判断し、ハンドルを切れずに、正面衝突して即死する、と いうのは全然面白くない。こんな場合、どうすれば幸せになれるのでしょうか?

ところで、私の「緊急避難」の解釈がどこから出てきたのか、わからないので ある。とりあえず、どうも釈然としないので、民法を調べてみた。第720条に、 次のように書いてある。

民法第七二〇条 他人ノ不法行為ニ対シ自己又ハ第三者ノ権利ヲ防衛スル為 メ已ムコトヲ得スシテ加害行為ヲ為シタル者ハ損害賠償ノ責ニ任セス但被害 者ヨリ不法行為ヲ為シタル者ニ対スル損害賠償ノ請求ヲ妨ケス
これが民事上の緊急避難らしい。刑事の緊急避難と民事の緊急避難は何が違う のかって? そんなの私がわかる訳ないじゃない。(開き直りモード)

なお、出典は有斐閣「ポケット六法」である。WX2+でこの文章を入力する のには苦労した。著作権法は平仮名だからまだいいが、民法ときたら…。カタカ ナモードで入力すると、漢字の読みとみなしてくれないので、変換できないのだ。 平仮名で入力しておき、後で何かフィルタでも使って片仮名に変換するのがよい 位だ。とどめは、この文語体である。入力中は発狂寸前である。

自分勝手でいいからこれを解釈してみろと言われたら、「不法行為に対抗する ために仕方なく害を行なった場合は、損害賠償しなくてもいいですよ。ただしそ れでは被害者の立場がないので、被害者は元々の不法行為を行なった人に損害賠 償請求できます。」と書いてあるような気がするのだが? この解釈なら民家の 持ち主はトラックの運転手に損害賠償請求することになって、釈然とする。しか し、元の議論とは結論が違う。さて、バグはどこにあるのか。とにかく、法解釈 というのは、どうも素人にはわからん。

なお、刑事の緊急避難という言葉が出てきたので、ついでに刑法も調べてみた。

刑法第三七条 自己又ハ他人ノ生命、身体、自由若クハ財産ニ対スル現在ノ 危難ヲ避クル為メ已ムコトヲ得サルニ出テタル行為ハ其行為ヨリ生シタル害 其避ケントシタル害ノ程度ヲ超エサル場合ニ限リ之ヲ罰セス但其程度ヲ超エ タル行為ハ情状ニ因リ其刑ヲ減軽又ハ免除スルコトヲ得
えーと、…もう考えるだけでも面倒くさいので、これで捨て置く。

ここで話が元に戻るのだが、ちょっと思い付いたのだが、ネットで罵倒された 時に誹謗中傷し返すというのは、どうだろうか。心情としてやむを得ずというか、 もうそこでやりかえさないと発狂してしまう、というような場合には正当とみな されるのだろうか。だとすればこれは緊急非難とでもいおうか。

(参考文献: 萩原真弓、「罵倒の勧め」、ネットピア9月号、Gakken p.65)


補足

その後、刑法が改正され、読みやすくなった。
第三十七条(緊急避難)
 自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

    COMPUTING AT CHAOS RUINS -185-
    1992-09-06, NIFTY-Serve FPROG mes(6)-118
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