混沌の廃墟にて -147-

GUIの光と影(2)

1991-04-13 (最終更新: 1996-09-02)

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CompuServeでは、9600bpsのアクセスポイントを積極的に増設しているようだ。 オンライン・コミュニケーションの高速化は期待しているより早期に実現される かもしれない。PC-VANが9600bpsでアクセスできる環境を整えるというニュース もあった。ISDNを使うらしい。

PC-VANは入会していないので、会員数が日本一という以外、話題には疎いのだ が、まっ先にISDN対応を発表するというニュースは久々の興味を覚えた。もっと も、他のいくつかのネットでもISDNを実験的に使っているという噂を聞いている が、実験だけでは一般ユーザーにとっては無関係だから、公開することは一つの アドバンテージである。ASCII NET pcsは既に9600bpsのアクセスポイントを公開 している。9600bpsのモデムを持っている人はまだ希な存在だと思うのだが、なか なかつながらないという苦情もあるようだが。(*1)

FPRGは何とか3年持ちこたえたようだ。スタッフから何か資料を提供できるわけ でもないのに、よく持っている。今まで無関係だったAとBが、第三の要因を触媒 として関係を形成することを、専門用語ではトライアンギュレーションと呼ぶ。 プログラマーズフォーラムという媒体が第三の要因になれるかどうかが、勝負の ポイントになる。しかし、どうも意見を述べる側は常に固定化しがちな雰囲気が あるので、「相互」という意味では、FPRGは失敗していると思う。

    *
NECのMS Windows 3.0のボタンを押すと、ボタンの位置が右下にずれるように表 示される(*2)。これはどういう意味なのか考えてみた。多分、ボタンが押された ことを表現しようとしたのではないかと思う。あくまで想像である。しかし、ボ タンは右下にずれたように見えるのであって、私には、押されたようには決して 見えない。

ボタンが押されて右下にずれることを正当化する一つの方法は、実際に押すと 右下にずれるようなボタンを現実世界から見つけることである。残念なことに、 私はそのようなボタンを今までに押したことがないか、そのことを全く忘れてし まっているかのどちらかである。すなわち、普通、ボタンを押すと、まっすぐに 押し込んだ方向に移動するものである。どうしてこんな理不尽なデザインを採用 したのだろうか。

まだ正当化の方法は残っている。ボタンを斜め上から見ていると主張すればい い。ただし、そのためには、ボタンを斜め上から見たようなデザインにしておか なければならない。しかしNECのMS Windows 3.0のボタンのデザインは、真上から 見ているように見える。すなわち、ボタンの前面に対して、上下左右すべての方 向に向かってスロープがあるように見える。普通、斜めから立体をみると、どち らかの方向のスロープは隠れて見えない。これが斜めから見たデザインだとすれ ば、エッシャーもたじたじである。

残る説明は、マウスでボタンをポイントする操作が、ボタンを押すのではなく、 ボタンを右下にずらすことを意味すると主張することだ。これは既存のGUIと比 べるまでもなく不毛である。ボタンは普通押すようにできている。

このような立体的デザインは、やや古いが、ゼビウスに出てくるピラミッドを 想像してもらうとわかりやすい。あるいは、テトリスのブロックでもよい。「混 沌の廃墟にて-142- GUIの光と影」で指摘したように、立体を見た錯覚を感じさ せるためには、正面から見下ろしかつ左上から光が当たったような陰影を付ける 手法がポピュラーである。ここで、光の方向が極めて重要な意味を持っているこ とは、-142-を参考にしてほしい。

ボタンが立体であるように見せかけるのは、人間が突出したものを押そうとす る本能を応用したメタファであることも以前指摘した。すなわち、ボタンを押さ せるためには、立体的に見えなければ意味がない。上のようなデザインは、よく あるキーボードのキーのように、奥に向かって広がっているようなボタンの模倣 である。ボタンの中には、押す部分から奥に向かって広がっているのではなく、 直方体のものも多い。それをそのまま GUI のデザインに用いないのは、錯覚によ る立体感が少ないからだろう。

さて、ボタンが押された状態を表現するには、押し込んだことによって立体の 形状が変化したように見えればよい。立体的なデザインを採用した GUI の多くが、 ボタンを押すことにより、凸の影の状態を凹の影の状態に変化させるようなデザ インを採用している。次のように、中央の「押す部分」は移動しない。

凸ボタンへこんだ状態のボタン

例えば OpenLook や Motif がそのようにデザインされていたと思う。ただ、 Motifはあまり真剣に観察したことがないので、自信がない。いずれにしても、右 下にずれるというデザインは NEC Windows 3.0 で初めて経験したことだ。

ところで、本当にこういう形状のボタンがあったとして、押し込んだ時に右の ように見えるものだろうか? 見えないはずである。左上から光が当たっている という前提が生きているなら、ボタンの右と下の部分は、押し込んでも押し込ま なくても光は当たらないはずだからだ。どちらかというと、こんな感じになるだ ろう。

だから、OpenLook や Motif のデザインは大袈裟に、あるいはくどく感じさせ るかもしれない。仮に、本当に「押し込まれる」タイプのボタンだと、正面部分 の左と上の一部分には影がかかるだろう。実際は、押した状態の時にも、ボタン が配置されているパネルの面よりは突出していることが多い。この場合には影は できない。

いずれにせよ、押し込んだことを光と影を使って表現すれば、斜めに移動する 必要は全くなく、しかも正常な立体感を感じさせることができるはずだ。

そこで、Windows 3.0 に対しては、次の2点についてユーザーインターフェー スの観点から検討した批判的な評価を述べたい。

もちろん、これらは独断と偏見に基づくものである。これらの意見に対する反 論を歓迎する。

    *
さて、MS Windows という枠を離れて、私が常に疑問を感じていることが他にも ある。OpenLook にせよ、Motif にせよ、ボタンが押された状態の表現である。確 かにボタンが押されたことを凹むという表現で表わす方法は、ボタンを押した時 に飛び出すよりは合理的だ。だが、たいていのボタン…あなたの身の回りにある ボタン…は、押した時になお突出していると思う。

特殊な場合には、押すと凹んだ状態になるものがある。例えば、パーソナルコ ンピュータの電源スイッチのように、一旦押したボタンにうっかり触って解除す ると、致命的な結果になりかねない場合がそうである。このような場合には、押 した状態でなお突出しているより、平らになるか、または凹んでいた方が偶然の 事故を避けるために適している。この場合は、押されていない状態で、既に平ら な状態であることが多い。これはUIとしては常套手段である。

しかし、凹んだ状態でさえ、それが押されたということを十分表現したとは思 えない。経験では、もっともよいフィードバックの方法は、AV機器でよく採用さ れているように、ボタンそのものが発光できるようになっていて、選択されてい るボタンが点灯するというものである。見ることができる限り、このユーザーイ ンターフェースは殆ど完璧である。見えない人のために、発光したボタンが機械 的に押し込んだ状態になるようなデザインにすれば、さらに完璧に近づく。この ようなスイッチはコストがかかるかもしれないが、GUI がこれを模倣するのにコ ストはかからない点に注目してほしい。

私の提案はこうである。ボタンは押されていない状態で、突出しているべきで ある。押した状態で凹むのではなく、突出の度合を1/4程度に減らして、区別する。 押した状態のボタンは、高輝度にするか、他と区別できるような色にして区別で きるようにする。殆ど問題にされないが、もう一つの重要なフィードバックとし て、ボタンを押してオンになった時には、ユーザーにそれを知らせるために音を 出すべきである。しかし、静かな環境を好むユーザーのために、音をでないよう にするための手段も用意しなければならない。特に目立たせる必要のあるボタン は、点滅させたり、特別な色(例えば赤)、音で知らせなければならない。

私の提案は、「押されたボタンは目立つべきだ」という主張に基づく。これは、 OpenLook や Motif において、押されたボタンを目立たせるという観点で、デザ インの工夫が足りなくはないか、という疑問の裏返しである。凹んで影になった ボタンは目立たないものだ。どちらも GUI の主流を狙った標準を目指しているの だから、より真剣に GUI をデザインして欲しいと思う。Motif はあまり使ったこ とがないため評価できないが、私の評価では、少なくとも OpenLook の GUI は満 点の GUI とは言えない。使い易くできるのに手を付けていない要素はまだ他にも ある。


補足

(*1) NIFTY-Serveも追ってISDN回線対応を発表し、今も健在である。ところが、 この回線が9600bpsという速度であるため、会員から不評を得ているらしい。こ の当時、まさか通常回線で28.8Kbpsが実現できるとは思っていなかったかもし れない。

(*2) MS Windows全般にそうである。NECに限らない。この稿を書いていた時にた またまNECのWindowsを見ていたのである。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -147-
    1991-04-13, NIFTY-Serve FPROG mes(12)-064
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1991, 1996