混沌の廃墟にて -139-

シェアオピニオン

1991-01-03 (最終更新: 1996-02-15)

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むかし、とおいところに、金の鳥と銀の鳥が住んでいて、こどものころから、 いつもいっしょに遊んでいました。

金の鳥と銀の鳥は、すくすくと育ちました。

金の鳥は、少しでも美しいよう、毎日、おしゃればかりするようになりました。

銀の鳥は、少しでも速く飛べるよう、毎日、空を飛んでばかりいるようになり ました。

ある日、金の鳥と銀の鳥が、ならんで飛んでいると、おそろしい鷹がどんどん 近づいてくるのです。「このままではおいつかれる。ふたりともたべられてしま う。」ふたりは、おたがい逆の方向へ逃げることにしました。そうすれば、どち らか助かるかもしれません。

金の鳥がもたもたしているうちに、銀の鳥は、もうどこかへ飛んでいってしま いました。「こんなことなら、少しでも飛ぶ練習をしておけばよかった。」

    *
商用ネットワークの課金とは、提供されたメディアスペースに対する使用料だ と思う。

メディアとは、情報を伝達するための媒体である。情報そのものではない。メ ディアスペースとは、伝達すべき情報を、一定の時間格納するための場所のこと である。「スペース」と呼ぶのは、情報がある期間保存されていて(すなわち、 どこかの場所に置いてある)、一定の期間内であれば、いつでも自由に取り出せ るというイメージに基づいている。

例えば、電話そのものを考えれば、話した内容は相手に伝わると同時にリアル タイムで消滅するから、メディアスペースではない。単なる経路に過ぎない。

だが、伝言ダイアルは、登録した内容が保存され、一定期間誰でも参照できる から、メディアスペースである。電子メールも同様の理由でメディアスペースの 一種と考える。駅にある伝言板、喫茶店にさりげなく放置された落書きノート、 いずれもメディアスペースである。

すると、オンライン・コミュニケーションの大部分は、メディアスペースの利 用として実現されていると考えられる。

メディアスペースをどのように活用するか、これは利用者の工夫次第だ。BBS のような電子メディアは、今までにない用途が開拓できるかもしれない。私は、 今の段階では、使い方は利用者に完全にまかせるのがよく、提供者が関与する必 要はないと思う。

電子会議に発言する人もいる。読む人がいる。電子会議に発言された内容は、 情報の一種に違いないし、情報は原則として価値を伴うものであることは否定し ない。

だが、たとえば現在 FPRG に多数の発言が登録されているが、これらは「無料 で提供された情報」であると私は考えている。

すなわち、情報を提供する側は代価を要求しないし、受け取る側は、無料でそ れを手に入れるという解釈である。NIFTY-Serve には 1 分あたり 10 円を支払っ ているではないか? これは情報をやりとりする「場所」を使うことに対して課 金されている、と解釈してみる。つまり、場所代である。これなら発言する人も、 読む人も、時間あたり同じだけの料金を支払う理由が説明できる。

もし情報に対して課金されているのだとすれば、その何割かは情報の提供者に ペイバックするのが当然だが、現実にはそうなっていない。このことが、上の発 想にさらにリアリティを加える。ただで仕入れたものを高く売りつけるという行 為は、社会的とは言えないのだ。

    *
この発想が、フリーソフトウェアの商用ネットワーク是非問題に対して、重要 な解釈を与える。ある人達は、フリーソフトウェアを、限度以上の課金を行う商 用ネットワーク上に転載することを特別に禁止している。なぜか? 真剣に考え てみたが、私が想像できた、ただ一つの理由は(あくまで想像であるが)、「無 料で提供された情報をネタにして、ネットワーク運営会社が利益を得るのはけし からん」というものである。

商用ネットワークが、メディアスペースの利用料金のみ要求しているなら、こ れは実に的外れだ。メディアスペースの利用料金は、中身とは関係ないからだ。 フリーソフトウェアは、有料ネットワークに登録されても、やはり無料なのだ。

逆から考えてみよう。


A:「有料ネットワークを使わずに、どのようにしてフリーソフトウェアを配布すればよいか。」

B:「無料のネットワークを使えばよい。」

A:「無料ネットワークにアクセスする時にも電話回線は使うはずだから、電話代を支払うことになるだろう。では聞くが、無料で提供されるべきフリーソフトウェアをネタにして、電話会社が利益を得るのは、けしからんのではないのか?」

B:「ならば、電話で接続するから駄目なんだ、郵便などでフロッピーを送れば電話代は払わずにすむ。」

A:「では聞くが、無料で提供されているフリーソフトウェアをネタにして、郵便局や運送会社が利益を得るのは、けしからんことではないのか?」

B:「そこまでこだわるなら、直接手渡しするしかないだろう。」

A:「では聞くが、フリーソフトウェアを運ぶために交通機関に電車代やバス代を支払い、その結果交通会社が利益を得ても構わないのか?」

B:「無茶を言うな。なら、必ず相手の所まで、どんなに遠くても歩いてゆき、途中で夜になったらホテルに泊まらずに野宿する覚悟ならどうだ。」

A:「ところで、ディスケットの代金は…。」


これらは全て、「けしからん」ことではない。データを転送する手段を提供す ることに対して、それなりの料金を請求するのは当然だ。同様に、有料の商用ネ ットワークにフリーソフトウェアが登録されても、全く問題ではないのだ。デー タそのものに課金するのか、メディアスペースに対して課金するのか、という発 想の差がこれだけの解釈の相違となるのである。

もちろん、そういう理由でなく、例えば「私は **ネットは嫌いだ」という理由 でもあるなら、遠慮なく「**ネットへの登録は禁止する」と宣言してよい。それ は作者の自由だと信じる。

    *
噂によれば、シェアウェアの料金回収率は、2% だそうである(どうやって調べ たのだろう)。98% はシェアウェアをダウンロードしたが使っていない :-) こと になる。では、使わないソフトをダウンロードするのににかかった費用は無駄金 か? (ちなみに、私自身はシェアウェアに対してシェアするだけの経済力があ るかどうか疑問なので、最初からシェアウェアはダウンロードしない)

もしこれが無駄金だとしても、無駄なことがわかっているなら最初からダウン ロードしなければよい。ダウンロードするのは、「もしかしたら」と思う所が僅 かでもあったからだろう。98% のはずれ率というのは、かなり悪い数字で、おそ らく最初から「ダメだ」と諦めてよい確率だ。

提供者は脅迫しているのではない。ユーザーが、完全に選択権を持っているし、 無駄だと思うなら最初からダウンロードしないだけの自由は与えられている。シ ェアウェアに見向きもせずに市販ソフトを買うのは賢い選択かもしれない。なの に、シェアウェアの作者を責めるだけならまだしも、ネットワークでそれを配布 することが悪いという人がいる。これは電話でつまらない話を聞かされたといっ て、電話局を訴えるようなものである。

メディアスペースを活用する工夫として、シェアウェアの配布というのは、か なり面白い用途だと思う。

市販されているソフトウェアに比べ、シェアウェアの完成度は低いかもしれな いし、サポートも不十分かもしれないが、不満ならそれを使わないかわりに利用 者は「支払わない」という自由が与えられている。問答無用で金を取り、開けた ら契約完了、返品不可、契約書には損害について一切補償しないと書いてある市 販ソフトウェア(があるとすれば)と、どちらが人道的か。

シェアウェアは完成度が低いからけしからん、という人もいるのである。テス トするのは無料なのだ。完成度に不満があれば、使わなければよい、それがシェ アウェアである。「気に入ったら送金してくれ」という要求は、たとえそれが善 意からの寄付の要求であれ、経済行為としての支払要求であれ、実に合理的な方 法だと思う。

    *
商用ネットワークの課金はメディアスペースの利用に対するものであり、情報 に対するものではないと主張した。

しかし、私は、オンラインでは情報は無料であるべきだ、と主張したのではな い。情報に課金するために、サーチャージという制度がある。これを、メディア スペースにさらに付加価値を持たせたサービスへの代金と考えることもできる。 だが、この場合はむしろ、情報に対する代価として考えるのが、すっきりする。 例えば、データベースの中には、該当の項目が存在しなければ課金されないよう な種類のものがあるが、これはメディアスペースへの課金では説明できない。

基本的に、情報はタダではない。メディアスペースの利用代と情報に対する課 金とは別に考えると解釈すれば、サーチャージは、この意味で合理的だ。

「電子会議の発言は無料で提供されている」と書いたが、もちろん発言者が提 供した情報に対する代価を要求することも、理にかなっているのである。この場 合、その文章が読まれた量に比例して支払われると面白いと思う。

例えば、システムに発言が読まれた量をカウントする機能を準備して、アクセ スに比例させたペイバックを情報提供者(発言者)に支払うシステムにする。技 術的にはそれほど難しくないと思う。発言者が、自分の発言に対するサーチャー ジを決めることができないだろうか。これはシェアウェアではなく、シェアオピ ニオンである。

発言者が、「私の発言には一分間に 20 円課金されます」と宣言するのである。 メディアスペース代を含めると、実際に1分に支払うのはたとえば 30 円になる だろう。読者はそれを見て、「またこいつか、支払うだけの価値はないな」思え ば、スキップすればよいのだ。

逆に、フォーラムのアクセスが少なすぎて身の破滅を感じた SYSOP が、「フィ ンローダの発言は、現在 2 割引です」と宣伝して、分あたり -2 円のサーチャー ジにするというのも面白い(面白くない?)。この場合なら、メディアスペース 代の 10 円のうち、2 円を発言者が肩代わりすることにすればよいだろう。発言 者は、アクセスが増えれば増える程、地獄となるのだが…。

もし自分の発言に「読むと1分間に 500 円課金されます」といったコメントが 付いていたら、どうするか? 清水の舞台から飛び降りるつもりで読んでみると 「毎度ありがとうございます」なんて書いてあったら、どうする? (^_^)

情報は無料ではないという意見が今や常識であるにもかかわらず、電子会議と いうメディアスペースは、情報自体には課金されないという不思議な空間である。 電子会議が盛況なのを見て「ボランティアが多い」と解釈すべきではない。世の 中そう甘くはないのだ。情報を無料で提供するだけの価値のある、別のメリット があるから、発言者は後を絶たないのである。

では、アクティブネットワーカーは、一体どんな価値を手に入れているのか。 電子会議で発言した経験のない人が気付かない種類のものである。私は、あえて それが何かは議論しない。

    *
鷹は考えました。どちらを追いかけようか。あの金色の鳥は、いままでみたこ ともないほど美しいではないか。たべてしまうのは、もったいない。

銀の鳥は、がんばって逃げましたが、やはり鷹にはかないません。とうとう追 いつかれて、たべられてしまいました。


    COMPUTING AT CHAOS RUINS -139-
    1991-01-03, NIFTY-Serve FPROG mes(3)-381
    FPROG SYSOP / SDI00344   フィンローダ
    (C) Phinloda 1991, 1996